【エンタがビタミン♪】長渕剛、歌い方を変えた理由や日の丸への思い明かした『金スマ』に「ダークな部分」を期待する声も
ネット上でも以前から「長渕剛は途中から歌い方が変わった」と話題になっていたが、このたびの『金スマ』で彼がその件に触れた。
デビューした頃には若い女性ファンが多く、ライブでギターを弾きながら歌えば「剛ーー!」と声援が飛んだ。最初こそ嬉しくて「客が満杯になった、もっと頑張ろう」と思えたが、ある時から女の子たちが立ち上がって紙テープを投げ始めた。彼はその現象をどう受け止めてよいか分からず、「何でこの歌で立ち上がってキャーキャー言うんだ?」と違和感を覚えたそうだ。それを機に「こんな歌を歌ってちゃダメだ」と路線変更して「男の世界の歌を歌い始めた」という。
スタジオでその話をした長渕は「今、考えると後悔しているね」と口にして笑わせたが、1980年当時『ザ・ベストテン』で『順子』を歌い出したところ、観客が手拍子を入れたので「これは失恋の歌だから手拍子はちょっと勘弁して」と呼びかけて最初から歌い直したエピソードは有名である。
そんな長渕だが、末期の大腸がんだった母が手術を受けた後、病室のベッドでお腹にたまった血を抜くためのチューブからぽたぽたと滴る血を見ながら、手術で切るよりも先にもっと早く「どこが痛いんだ母ちゃん」とお腹をさすって手当てをたくさんすればよかったと後悔した。
13枚目のアルバム『JAPAN』(1991年)のリード曲『JAPAN』では日本という国に対して「何をしているのか、何処へ向かおうとしているのか」と訴えた。また15枚目のアルバム『家族』(1996年)に収録された『家族』(作詞:長渕剛、高山文彦)には「白地に赤い日の丸」という歌詞がある。ライブでも日の丸を掲げたり、ファンが日の丸を振ったりする光景が見られるように、長渕は「日の丸」に特別な思いがあるようだ。
