「パスポート」の取得費用が1万6千円かかるなぜ
10年有効なパスポートを取得するには1万6000円かかります。その費用の内訳はどうなっているのでしょうか?(写真:freeangle/PIXTA)
海外旅行が特別なものではなく、私たちの日常的なレジャーとなって久しい。2018年の日本人出国者数は法務省「出国管理統計」によれば、1895万人に達した(1964年以降最多)。多数の外国人観光客が日本に訪れているのと同時に、多くの日本人も海外を訪れている。
とくにこの10年ほどでLCC(Low Cost Carrier、格安航空会社)が数多く登場し、東アジア諸国の主要都市なら片道5000円以下の航空券まである。費用の面でも、海外旅行は特別なものではなくなった。
パスポートの取得費用が高いという声も
しかし、問題が1つある。海外に行くためには必ずパスポート(旅券)を取得しなければならない。渡航費が安くなる一方で、パスポート手数料の高さが旅行者の間で話題になることも多い。
筆者自身も先日、所持しているパスポートの有効期限が近づいたので、切替申請に行った(パスポートの「更新」は「切替」と言う。車の運転免許証のように今までの番号を引き継ぐのではなく、新しいパスポートが新たな番号で発行されるため)。5年有効か10年有効が選べるが、10年有効パスポートの切替申請をしたら手数料が1万6000円だった。
この手数料は決して安くはない。なぜ証明書を発行するのにこれだけの費用がかかるのかという疑問は多くの国民が思っているようで、ネット上でもそうした意見が散見される。
これは、自動車の運転免許との比較において高いと感じる人が多いようだ。運転免許更新の場合、更新手数料2500円で、優良運転者講習であれば講習手数料が別途500円の計3000円だ。パスポートの発給手数料は以下のとおりだ。
5年有効と10年有効を選べるようになっている。ただし、10年有効は20歳以上のみで、未成年は5年有効となる。5年有効は12歳以上か未満で料金に差がある。また、この表により手数料のうち2000円が実際に窓口手続きをしている自治体の手数料でその他が国の手数料(収入印紙代)であることがわかる。
もし家族旅行で全員がパスポートを取るとしたらいくらになるか。夫婦と成人の大学生の子ども2人で全員10年有効パスポートを取ると6万4000円になる。夫婦と12歳以上の子ども2人で全員5年有効パスポートだと4万4000円、夫婦と12歳未満の子ども2人で全員5年有効パスポートだと3万4000円だ。
なぜパスポートの手数料はこのような値段になっているのか? また、10年有効と5年有効で5000円の差があるのはなぜか。有効期間が長い分、国民にメリットがあるのは事実だが、発行費用は同じのはずだからだ。
行政レビューで内訳は見えるようになっている
行政事業レビューという言葉をご存じだろうか。民主党(当時)政権の頃、「事業仕分け」が話題になったが、自公政権になって行われているもので、各省庁が各事業について事業の自己点検を外部有識者を交えて行い、各省庁が公表した行政事業レビューを内閣官房行政改革推進本部で点検の内容・結果の妥当性を検証する制度だ。実はパスポート発行事業についてもこれが行われており、手数料の内訳や課題が明らかにされている。
2016年11月12日にパスポート発行業務について行革推進本部で外務省の行政事業レビューの検証が行われた。会議には参考人としてエイチ・アイ・エス代表取締役会長兼社長(CEO)の澤田秀雄氏、日本・エストニア/EUデジタルソサエティ推進協議会代表理事前田陽二氏の2人が出席した。
そこで、外務省は10年有効パスポートの手数料1万6000円のうち、自治体の手数料2000円を引いた1万4000円の内訳は、4000円が冊子作成やシステム開発費などの直接行政経費で、残りの1万円は在外公館での邦人保護活動などの間接行政経費と説明し、この1万円は1年当たり1000円として計算されたものであるとした。5年有効パスポートが5000円安い1万1000円であるのは、この間接経費が5年分の5000円安いためだということだ。
【パスポート手数料内訳】
●10 年有効パスポート発給
(国の直接行政経費) 4000 円
(国の間接行政経費) 10000 円(1000 円/年×10 年)
(都道府県の経費) 2000 円
合計 16000 円
●5 年有効パスポート発給
(国の直接行政経費) 4000 円
(国の間接行政経費) 5000 円(1000 円/年×5 年)
(都道府県の経費) 2000 円
合計 11000 円
前出の澤田氏は、手数料を値下げし手続きの煩雑さを解消すれば、取得率が高まって結果的に1冊当たりのコストが下がるとの考えを示した。また、前田氏は電子政府化が進んでいるエストニアを例として、マイナンバーカードと戸籍情報を連携し活用することでコストや手間を削減できると提案した。
公認会計士や大学教員を中心とした有識者(評価者)からは、邦人援護費用をパスポート取得者のみに支払わせる受益者負担の妥当性への疑問や、コスト削減の取り組み不足などの意見が出され、政府に対し、どんな費用がかかっているのか国民に情報を公開するよう求めるとともに、マイナンバー制度を活用した手続きの効率化を検討し、コスト削減に努力するよう要請した。
当時のレビューでは、大学教員の評価者から、LCCでの韓国旅行を検討したものの、航空券よりも高い手数料を前に断念した学生がいるとの事例も紹介された。さらに澤田氏は申請と受け取りで2度足を運ばなければならない手間と書類の多さも問題点として指摘した。
外務省は情報開示を行っており、最新のものが2019年7月8日に「旅券手数料収入と発給コストの比較について」として公表されている。
なお、子どもの手数料については、1995年度に子の併記制度(親の旅券に子の名を記載する制度)が廃止されたことに伴い、12歳未満の年少者の手数料を当時の5年有効旅券の発給手数料の半額(5000円)としたが、2005年度のIC旅券導入時にICシート実費分が加算され、現在は6000円となったと説明されている。
外務省の2018年の「旅券統計」によると、国内在住者のパスポート保有率は23.4%となり、国民の4人に1人がパスポートを持っている時代だ。その手数料の水準や取得の手間は国民にとって大きな問題だろう。LCCの登場によって航空運賃が格安になったがゆえに、パスポート手数料の高さが一段と目立つ結果となっている。航空業界ではコスト削減ができて、旅券発給業務ではできないでは国民は納得しないだろう。
それでも全体の収支は赤字になっている
それでも、最新の資料にある国の収支の比較・検証のところを見れば、2014年度〜2016年度においては、赤字(歳出超過)だった。国の旅券手数料収入(歳入)と旅券発給にかかる経費および邦人保護関連経費(歳出)を決算ベースで比べてみると、パスポート1冊当たり平均1710円の差額(赤字)が生じているという。
外務省によれば、パスポート1冊当たりの経費については毎年、旅券発給件数の増減やシステム改修、機器の更新のタイミングなどにより若干の増減があるが、赤字の傾向は2017年度以降も変わらないようだ(資料は未発表)。
赤字解消のためには手数料を引き上げるか、コストを削減する必要があるが、秋の消費税増税のときも含めて、値上げの方針はないという(手数料自体は消費税の対象外だが、直接経費は増大する可能性がある)。
コストについては、現在、政府がデジタル・ガバメントの取り組みを進めており、パスポート発給業務においても電子申請の導入、手数料納付のキャッシュレス化などによる利便性の向上、事務の効率化・コスト削減を目指しているというが、値下げの予定も今のところない。手数料は旅券法で規定されており、手数料の変更には法改正が必要となるため簡単ではないといえる。
なお、パスポート発給は特別会計ではなく、一般会計の中で行われており、受益者負担という考え方に基づき手数料を定めているので、手数料のみを歳入として扱っている現状の赤字は国民全体で負担しているということである。
パスポート発給には、出入国管理、テロ防止、邦人の保護活動などおろそかにできない目的があり、一定の費用をパスポート取得者に求めることは理解できる。コストの開示と経費削減努力は引き続き求められるといえるだろう。