天皇陛下が乗られる「お召し列車」。警備は厳しく、運転に際しては細心の注意が払われます。一般の列車とは異なる特別な決まりも多数。お召し列車で使用することを考慮した特別な車両で運転されることもあります。

詳細な運行時刻は公表されない

 天皇皇后両陛下は2019年4月17日(水)から19日(金)まで、伊勢神宮(三重県伊勢市)などを訪問されました。これは退位に向けた儀式「神宮親謁(しんえつ)の儀」に臨まれたもの。これに伴い「お召し列車」が運転され、両陛下が乗車されました。


お召し列車での使用を考慮して製造されたJR東日本のE655系電車(2010年9月、伊藤真悟撮影)。

 お召し列車は、天皇、皇后、皇太后陛下が乗られる特別な列車。植樹祭や国民体育大会(国体)などの公式行事、御用邸での静養などで移動される際、必要に応じて運転されます。なお、天皇、皇后、皇太后陛下以外の皇族が乗られる列車は「御乗用列車」といい、お召し列車と区別されます。

 日本で本格的な鉄道が開業した1872(明治5)年から運転されており、かつては1年間の運転距離が数千kmに及ぶこともありました。しかし、飛行機や自動車などほかの交通機関の発達もあり、お召し列車の運転回数や運転距離は減少傾向にあります。

 お召し列車の運転時は、細心の注意が払われます。もちろん警備は厳しく、お召し列車の詳細な運行時刻が事前に明らかにされることもありません。

 ほかにも特別な決まりごとが多数。たとえば、線路が立体交差している場所で下の線路をお召し列車が通るときは、上の線路に列車を走らせないようにしています。国鉄の部内報(1964年1月31日付け東京鉄道管理局報)によると、1964(昭和39)年2月3日に鶴見線で運転する列車について、鶴見駅(横浜市鶴見区)の駅長に対し「お召し電車列車の(中略)通過を確かめ、出発合図指示を行うこと」と指示しています。

 これは、鶴見線が東海道本線の線路をまたぐ立体交差になっているため。下の線路をお召し列車が走っているときに、上の線路を鶴見線の列車が走らないよう、このような指示が出されたのです。

特別車両には乗れないが…

 2019年4月のお召し列車では、東海道新幹線のN700Aと近鉄特急「しまかぜ」用の50000系電車が使われました。これらは一般の列車で使われている車両を貸し切ったものですが、JR東日本のE655系電車「和(なごみ)」のように、お召し列車や御乗用列車で使うことをおもな目的に製造された車両もあります。


E655系の特別車両は窓が大きい(2011年11月、伊藤真悟撮影)。

 E655系は2007(平成19)年に製造されました。車体の色は紫がかった褐色(茶色)をベースに金色の帯が巻かれており、荘厳な雰囲気。編成ほぼ中央の1両が皇族の乗る「特別車両」で、その前後に連結されている車両はグリーン車です。

 特別車両の詳細は公表されていませんが、車体の中央に皇族が乗られる「特別室」があり、菊柄の絹の織物を使ったソファや、高級スギを使ったテーブルなどを設置。車体側面の中央にくぼみがり、お召し列車として運転するときは菊の御紋が取り付けられます。

 特別室の窓(片側3枚)は天地、左右ともに大きく、特に中央の窓は幅が2.2mもあります。天皇陛下はお召し列車に乗られているあいだ、沿線で列車の通過を見守っている人に対して手を振られることが多く、外からも陛下が手を振られる姿をはっきりと見ることができます。

 お召し列車に乗車できるのは、先に述べた天皇、皇后、皇太后陛下と、警備員など同行する関係者だけ。ほかに外国の賓客が乗ることはあるものの、一般の人は乗れません。ただ、E655系に乗ることはできます。

 E655系は一般列車での使用を考慮して製造されており、その際は特別車両を外したグリーン車5両編成の団体列車として運転されます。「E655系『和(なごみ)』で行く○○の旅」といった名前の旅行商品が販売されることも多く、比較的簡単に見つかります。

 グリーン車の内装は木目調で、座席は横1列に3席(1+2席)と、ゆったりした配置。電動リクライニングやタッチパネル式大型モニターも備えています。特別車両ではありませんが、お召し列車に乗った気分になれるかもしれません。