東京実業高等学校(東京)「スピードを誇り続けるための『走塁改革』」【前編】
1922年創立、2017年には創立95年を迎える伝統校・東京実業高等学校。野球部も近年は2013年夏に東東京大会ベスト4、2015年夏にも東東京大会ベスト8など上位進出の常連校。2016年秋の都大会でも成立学園・修徳を撃破して3回戦に駒を進めた。
そんな東京実が長らく持ち味としているものが「スピード」。では、彼らはどのようにしてこの伝統を育んでいるのか?今回はその取り組みとスピードを誇り続けるための「走塁改革」に迫った。前編では「走塁改革」に至った理由と、そのキーマンから私たちにも役立つ「走り方」の考えを聞いた。
山下 秀徳監督(東京実業高等学校)
東急電鉄多摩川線・鵜の木駅から500メートルほど歩いた多摩川河川敷。ここがお笑いコンビ「品川庄司」の庄司 智春もかつて汗を流した場所。今秋、都大会ベスト16入りし、来春都大会シードを獲得した東京実業高等学校野球部グラウンドである。
そんなグラウンドの隅々まで知るのが「若い時の指導した教え子が父母会長になったり、教え子の子供が東京実に来る時代になってきました」と笑う山下 秀徳監督。東京実での指導歴も35年を超え、全国でも屈指のベテラン監督の指導方針は、一点のブレもない。「メンタル、打撃、守備、足の中で、スランプがないのは守備、走塁。本当は心も安定していてほしいのですが、高校生は心が一番スランプになる(笑)。だから ウチの場合、走塁と守備を重点的に鍛えますね」
特にランニングは重要視。ただし練習メニューは時代とともに変化をしてきた。「今も昔も走る重要性は変わりありませんが、変わったのは走る質です。昔は長距離を延々と走ったりしていました。ただ、いろいろと知識が入ってくるうちに『長距離メニューはそれほど効果がない』と気づくようになったんですよね」
恵まれた環境を利用し、昔は河川敷の周りをぐるっと回ったり、グラウンドから二子玉川までを往復するなど、1日15キロ以上も走ることがあった。しかし現在では「足首に負担をかける」見地から長距離の量は劇的に減っている。代わりに増えたのは……。
「今は瞬発力を身に付けるために中距離走、短距離走をすることが多くなりました。うまい選手は、みんな走り方がきれいじゃないですか。ですからウチでは走るフォームにこだわりますし、走るメニューも季節ごと、また試合前後でも変化はつけるようになっています」(山下監督)すなわち「走るフォーム」と「質」に重視したランメニュー。そのエキスパート役が山下監督の教え子である高見 直樹コーチである。
パフォーマンスアップへの「タイム設定」高見 直樹コーチ(東京実業高等学校)
高見コーチは東京実時代控え選手。ただ、指揮官も「とても野球に対して勉強熱心な選手でした」と評するように、野球への探究心は人一倍だった。日体大ではトレーナーの資格なかりでなく、鍼灸師の免許も取得。卒業後はスポーツジムで働きながら母校の外部コーチを務めている。
そこで「メニューは彼に任せていますので、どうぞ聞いてください」と山下監督からも全幅の信頼を得る高見コーチに、ランメニューで重要視していることを聞いた。コーチは「設定タイムを切ること」とまずは結論を述べた後、その理由を教えてくれた。
「かつては私も多くの本数をこなすことが大事だと思っているところがありました。だけどそうではないと気づかされたのは、一流のサッカー選手のトレーナーを務めている方と付き合いがあって、その一流選手のトレーニングを見させていただく機会を得てからです。その際にトレーナーは10メートルダッシュからすべて設定タイムを切らせるトレーニングをしていた。そのとき、『数字』を使って取り組ませることが意味のある練習になることを知りました。
そのあと、東京実の選手たちが走っている姿を見ながら、こっそりとタイムを計っていたのです。そうすると遅いタイムのまま多くの本数を走っている選手も少なくないことに気が付いたんですよ。じゃあ、そのランメニューに意味があるかといえば……ないでしょう?」
私たちにとっても身につまされる話である。よって、東京実の主なランメニューは以下の通り、これが全てタイムの中で管理される。
1.150メートル×20本2.塁間×20本3.300メートル×20本 設定タイム一本あたり45秒4.7キロ走 設定タイム23分5.2キロ走×8本 設定タイム11分6.ポール間ダッシュ ×20本7.坂道ダッシュ 1本あたり設定タイム15秒
たとえば、東京実における名物ランメニューの1つ「坂ダッシュ」。グラウンド近くの土手に100メートルほどの坂があるが、これを15秒ないし14秒以内で設定し、一気に走り切ることを意識させる。「今では15本ぐらいに少なく設定していますが、それでもバテバテになりますよ」と高野コーチも語るように、その効果はてきめん。東京都で警戒される「爆発的ダッシュ力」はこの坂道ダッシュをはじめとする短中距離走の蓄積なくして語れない。
「一生懸命=前のめり」姿勢は「速く走る」の敵一直線のスタートを切る高橋 智浩選手(東京実業高等学校)
このようなメニューに加え、「速く走る」には正しいフォームが大事となる。では、高見コーチが考える「正しいフォーム」というのは何だろうか?ヒントはスクワットやデッドリフトの姿勢にある。「自分が重いものを持ち上げる時を想像してみてください。体が折れた状態で持ち上げること、あるいは地面の力を強くけり出すことはできるでしょうか?できません。『真っすぐ立つこと』が大事になる。走ることもそれと同じです」
特に野球選手の場合、体をプレー中に折る機会が多いこともあってか「想像以上に体が折れた状態で走っている」と高野コーチは指摘する。
「一生懸命走ろうと思って前のめりになってしまうんでしょうね。それで一生懸命走ってもあまり効果は出ません。瞬発力を身に付けるためには短距離走もこなすことが大事だと知っている方も多いですが、東京実の場合は走る前提にあるフォームを一番重要視しています。今、フォームについて教えていることは『背筋を伸ばして、姿勢が低すぎず、高すぎず、楽な姿勢で、スタートを切ったときに真っすぐ走れる』走り方です」
よって、東京実のアップは常にショートダッシュ。かつフォームを常に確認して走る。一塁から二塁までのベースランニングでも選手同士が指摘する。「体が折れているよ、真っすぐになっていないよ」取材日のベースランニング練習でもフォームを指摘する声が多摩川の水面に響いた。
後編では「走塁改革」へ必要なトレーニングと「走塁改革」によって生まれた「代走スペシャリスト」に話を聞く。そして東京実が考える正しい走り方も映像で解説します!
(取材=河嶋 宗一)
注目記事・【12月特集】ランドリル2016