二松学舎大学附属高等学校 永井 敦士選手「潜在能力は鈴木 誠也級!?最終学年は勝負強い4番を目指す」
二松学舎大附が誇る高校通算33本塁打のスラッガー・永井 敦士。東京都屈指の長打力を持つ逸材だ。同校を率いる市原 勝人監督は高い可能性を持った逸材だと評する。
「長打力はもちろんですが、足も50メートル5秒8だったかな。とにかく足がとても速い選手なんです。中学時代は投手もやっていて、肩も強い。うまくいけば鈴木 誠也クラスの逸材になるかもしれません。ただ見た目がスラッガーっぽいから、足が遅く見えてしまうのかもしれません。誠也のようにすらっとした感じではないですから。ただ打つだけの選手じゃないということは事実です」
確かに永井は177センチ91キロのがっしりとした体形なので、そう思うのも無理がない。今回は来年、走攻守すべてにおいて同世代の選手に負けたくないと意気込む永井のここまでの道のりを振り返る。
1年秋から4番打者に座る!永井 敦士選手(二松学舎大学附属高等学校)
草加ボーイズ時代、飛ばす力には自信を持っていた永井。2014世界少年野球大会(ハワイ)の日本代表にも選ばれた永井が、二松学舎大附に進んだきっかけは、2014年の東東京大会決勝を観戦したことであった。「知人に誘われて行ったのですが、その試合で、二松学舎大附が勝利した姿を見まして、自分も二松学舎大附に行きたいと思うようになりました」
その中でも憧れだった選手は、海星戦(試合レポート)でホームランを放ち、高校通算57号本塁打を放った秦 匠太朗(現・専修大)だ。「秦さんの打撃は憧れです!ここでは秦さんのような打者になることを目指しました」
秦を目指して入学した永井は、1年の時からAチームに帯同するなど期待されていたが、1年夏はベンチ入りできなかった。ベンチ入りできなかった理由を永井は「取り組みが甘かったから」と振り返る。「ベンチ入りできなかったのは自分の行動や取り組みが良くなかったからであり、新チームがスタートをしてからは、市原監督の話を聞いて、取り組みを改めていきました」
常に全力疾走ができるか、そして掃除や学校生活をしっかりと取り組んでいるのか。それを積み重ねることで、土壇場での強さが生まれると二松学舎大附は考えている。永井は取り組みを改めた結果、少しずつ調子を上げていき、夏場の練習試合では本塁打を量産。1年秋ではいきなりスタメンの座を獲得するだけではなく、4番打者として座ることになった。
「二松学舎大附は本当に競争が厳しいです。Aチームの人数が一番多いのは新チームスタート直後で、だんだん人数を絞るんです。もちろんその後の取り組みで、Aチームに上がることはできますけど、それは本当に難しくて、まずは最初のアピールが肝心なんです。だから夏場の試合で本塁打を多く打てたのは、本当に幸運だったなと思います」
そして永井は秋季都大会決勝の関東一戦で逆方向に特大本塁打を放つ。大事な決勝戦で本塁打を打ち、試合後に「持ってますね!」と言われると、「自分でもそう思います!」と笑顔を見せた。ポイントごとに自慢の打撃を見せる永井の評価は日増しに上がっていった。
秋季大会後、永井が真っ先に取り組んだのが外野守備だった。中学から外野手をしていたが守備は大の苦手で、特に苦しんだのは打球判断だった。「自分はレフトなのですが、左打者が放つ打球が嫌でした。何が嫌といえば、打球が切れてファール方向に流れていくんです。それが対応できなくていつも落としていて、チームに迷惑をかけていました」
冬場は外野練習に明け暮れた永井。一冬超えて少しずつ、守備への不安も払拭していった。
重圧に打ち克ち、夏に大爆発を誓う永井 敦士選手(二松学舎大学附属高等学校)
そして2年生となって迎えた夏、永井は主力打者として活躍を見せる。初戦(3回戦)の足立学園戦では7番レフトで出場し、3打数3安打1打点の活躍。さらに、都立広尾戦(試合レポート)では4打数2安打2打点の活躍。そして左中間へ本塁打を放ち、夏の公式戦で初めて本塁打を放った。5回戦の都立小山台戦からは6番レフトと1つ打順が上がった永井は、再び左中間に豪快な3ランを放ち、3打数1安打3打点の活躍でチームの勝利に貢献。さらに準々決勝の都立江戸川戦でも4打数1安打。
そして準決勝の東亜学園戦では5番レフトとして出場し、チームは敗れたものの、4打数3安打2打点の活躍。全5試合で10安打、本塁打2、打点8と活躍を見せた。東東京大会準決勝敗退には、「自慢の打撃を甲子園で魅せることができなくて残念です」と肩を落としたが、それでも秋の東京都を引っ張っていくだろうと思わせるパフォーマンスであった。
新チームがスタートし、永井は4番打者として出場。一次予選では2試合で8打数4安打を放ったが、都大会1回戦の日大二戦では無安打。2回戦の帝京戦では、帝京の1年生右腕・松澤 海渡のチェンジアップを捉えて先制適時打を放ったが、その後、快音響かず5打数1安打で終わり、チームも敗れてしまい、選抜は厳しくなった。
秋の大会を振り返り、永井は次のように語った。「4番打者の重圧もあり、自分の力を出すことができなかった。1年生の時も4番を打っていましたが、まだ上級生がいたからそれほど重圧を感じませんでした。今大会は最上級生としての責任がのしかかっていて、全く違いましたね。帝京戦も終盤に打つことができずに負けてしまって、自分の勝負弱さが出た大会だったと思います」
高校通算33本塁打の長打力、そして夏の東東京大会で10安打を打ったように、ミート力にも自信がある。あとは4番打者として文句なしの活躍を見せるために、秋季大会後の練習試合ではいかに勝負強い打撃ができるかをテーマに打席に入ってきた。「なかなか上手くいっていないですが」と語るように我慢の日々が続いているが、市原監督が「鈴木 誠也級の逸材」と期待を込めているように、首脳陣は走攻守すべてに花開くことを願っている。
この世代は、清宮 幸太郎(関連記事)を筆頭にスラッガーが多い。もちろん永井もライバルたちに負けたくないという思いは強い。甲子園に導く活躍を見せた憧れの秦先輩のように今度は自分が3年ぶりの甲子園に導く一打を見せ、世代を代表するスラッガーを目指していく。
(文=河嶋 宗一)