「漢字」、一文字一文字には、先人たちのどんな想いが込められているのか。時空を超えて、その成り立ちを探るTOKYO FMの「感じて、漢字の世界」。今回の漢字は「薫る」、「薫陶」「薫香」の「薫」。すがすがしい若葉の香りに包まれる「薫風の候」にひもときたい漢字です。今回は「薫」に込められた物語を紹介します。



「薫」という漢字のもとの字(熏)は袋の形を表しています。

下に添えた四つの点は「れんが」と呼ばれる部首で、火が燃え上がる様子をかたどったもの。

袋の中のものを火であぶり、くゆらす様子を示しているのが「薫」という漢字。

袋に入っているのは、よい香りのする草。

そこから「よいかおりがする」「香をたく」といった意味をもつようになりました。

涼しげな香り、なまめかしい香り、上品な趣の深い香り。

薫りの文化が花開いた平安の世に記された文学には、様々な薫りの風景が描き出されています。

たとえば、薫り作りを競い合う「薫物(たきもの)合わせ」。

作り手は、季節や用途にあわせて香料を調合するだけでなく、自らの教養や置かれた立場、繊細な心模様を表現します。

「薫る物」と書いて「薫物」と呼ばれた当時のお香は、室内や衣服に薫りを焚き染めるため、火を使ってくゆらすものでした。

それは、そこはかとなくただよう、ゆかしい薫り。

だからこそ、薫りの聞き手は感覚を研ぎ澄ますことになります。

作り手の想いを探り当て、じっくりと味わおうとすればするほど、その薫りは心の奥深くにまで染み込んで、忘れがたい記憶として刻まれるのです。

ではここで、もう一度「薫」という字を感じてみてください。

いにしえの夜は、あたり一面、漆黒の闇に包まれます。

真っ暗で物音ひとつしない静けさの中、閉ざされる感覚。

かわりに新たな感覚の回路がつながって、残り香がふいに色濃くたちこめます。

そのひととき、闇夜の孤独を忘れ、心をなごませたいにしえの人たち。

「薫り」は目にみえない世界と触れあう喜びと、思いがけない気づきを連れてきます。

「薫る」に「陶器」の「陶」と書いて「薫陶」。

徳や品格によって人を感化する、という意味の言葉です。

一方的で声高な主張からは、何も伝わりません。

節度をわきまえ品性を保ち、相手を慮りつつ、おだやかに。

深く染み込む薫りのような言葉が人を動かし、心の目を開くのです。

漢字は、三千年以上前の人々からのメッセージ。

その想いを受けとって、感じてみたら……、

ほら、今日一日が違って見えるはず。

*参考文献

『常用字解 第二版』(白川静/著 平凡社)

『日本の香り物語 ──心に寄り添う香りのレシピ 』(渡辺敏子/著 八坂書房)

『香と香道 第四版』(香道文化研究会/編 雄山閣)

5月21日の放送では「緑」に込められた物語を紹介します。お楽しみに。

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<番組概要>

番組名:「感じて、漢字の世界」

放送エリア:TOKYO FMをはじめとする、JFN全国38局ネット

放送日時 :TOKYO FMは毎週土曜7:20〜7:30(JFN各局の放送時間は番組Webサイトでご確認ください)

パーソナリティ:山根基世

番組Webサイト:http://www.tfm.co.jp/kanji/