「こわい話というより、不思議だったことなんだけど」
前回お話を伺ったセイさんから、こんな話を聞いた。

彼女が、日帰りのバス旅行で、北の方面に行った時の事だ。
夕日が沈みつつあり、空が本格的に暗くなった頃。
彼女が乗ったバスは、山沿いの高速道路を走っていた。
ところが、バスは途中で、渋滞に巻き込まれてしまった。しょうがないから、なんとなしに車窓を眺めていると、小さな神社が見えた。
いきなり、視野にポッと現れたようだった。バスを降りて、ガードレールを乗り越えたら、すぐに着きそうな距離だ。
「今でもはっきり覚えてる。それとね......」

ガードレールの向こう側には、鎮守の森が広がっていた。
静かな木々が、そっと佇んでいる。
その中央を、石段がまっすぐに伸びていた。真ん中まで行くと踊り場があって、そこからまた石段が続いていた。
すべての石段は、蜜柑色の灯りで彩られていた。
その頂上には、お宮さんがあった。
「神社のことをね、私たちの世代はそう呼ぶの」
だが、鳥居は見当たらない。
小さな社が、ひとつあるだけ。

社の周りには、紅提灯が、木々の枝からいくつも釣り下がっていた。
「お祭りでもやっているのかなぁって、その時は思ったわ」
心が幸せになるような、優しい景色だったという。
「もういちど、見てみたいの」
「それから、どうなったんです」
「何にも。それきりよ」
バスは、再び走り出した。
神社との遭遇は、二分ほどで終わった。
セイさんは、話を続ける。
「明かりがね、蝋燭だったのよ」
神社の付近には、電線も電灯も電柱も無かった。
「あったかい光だったのよ。華やいだ感じで、ほわぁんとして。でも、わざわざ、一段ごとに蝋燭を灯す意味が、あったのかな。ちょっと疑問ね」
左右両サイドに、きっちりとだった。
そして、お祭りだったとしても、人っ子ひとり見かけなかった。
「そういうことも、あるかもしれませんね」
そんな言葉を使う人は、心の中では別の事を考えていることがある。
彼女は、続けた。
「......小さかったのよ」
石段の横幅は、人がひとり歩くのもやっとのサイズだった。社も、ミニチュアのように小さかった。
彼女は、身振り手振りで、幅を伝えてくれた。このサイズがほんとうに正しければ、子供が通るぐらいが精一杯である。
「子供向けの神社だったとか」
そんな神社が、本当にあるものか。
だいたい、高速道路に車を止めて、ガードレールを乗り越えないと参拝できない神社なんて、わたしは知らない。
「どうかしら。それだけなんだけど」
彼女は、ひととおり話し終えると、団子を焼き始めた。
わたしが知らないだけで、不思議なことは、あちこちで起きているのかもしれない。
まだ、何も知らないだけで。
セイさんが、ぽつりと言った。
「もし、あの神社を見た人がいたら、あれがなんだったのか教えてほしいわ」

photo by ogajud, from Flickr

わたしは、もうひとつの「光」にまつわる話を聞くことができた。
またいずれ。

筆者:前田雄大怪談団体「クロイ匣(ハコ)」の主宰者。関西を中心として、マイペースに怪談活動を行っている。https://twitter.com/kaidan_night