村山 昇 / キャリア・ポートレート コンサルティング

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「年をとるにつれて誰でも自分らしくなるのだ。
年とともによくなるとか、悪くなるとか、ではない」。
───ロバート・アンソニー


◆能力と配属の齟齬は「小さなミスマッチ」
働くモチベーションを低下させる原因として、いわゆる「能力適性と配属のミスマッチ」があげられます。私は入社3年目から5年目の20代従業員に向けたキャリア開発研修を多く手がけていますが、そこで受講者に対して発するメッセージは2つです。

 1)ミスマッチを言い訳にしない。それはむしろチャンスになりうる
 2)小さなミスマッチより大きなミスマッチを怖れよ

まず、1つめに関して。自分はこういう能力適性や資質がある(と思っている)のに、会社はそれとは無関係の部署に自分を配属した。だから自分はやる気が出ない。会社の人事が許せない……という心理モードになる若手社員は多いものです。

しかし、本人が考えている能力適性や資質は、どれだけ本当のものなのでしょう。就活のときにいろいろ自己分析ツールを使ってみて、それで「あなたはこれこれこういうタイプの人間である」といった診断結果を信じ込んでいるのでしょうか。はたして自分は、そういった30分ほどのペーパー上の分析ツールによって、すべてが診断されてしまうほど中身の単純な存在でしょうか。

想定外の部署に放り込まれ、想定外の仕事を任されることで、想定外の自分が開発されることが多くの人たちに起こっています。あるいは、振られた環境は確かに自分にとって違和感だらけのものだったが、自分の努力で環境を馴染むように変えていった例もまた多くあります。そうやって人は深い成長と自信を獲得していきます。ですから、ミスマッチ配属はむしろチャンスになりえるのです。若いうちからいたずらに自己を狭く限定することは才能を殺すことにつながります。ミスマッチ配属を言い訳にして、一人勝手にやる気をなくしている状態はほんとうにもったいないと思います。

◆留意すべきは「大きなミスマッチ」
そして2つめ。自分の能力適性と仕事内容がマッチしないというのは、実は「小さなミスマッチ」です。中長期のキャリアで気にかけるべきは、「大きなミスマッチ」です。

「大きなミスマッチ」というのは、年齢とともに強くなってくる自分本来の性分(しょうぶん)と仕事内容・仕事環境とのミスマッチです。あるいは、自分の根底にある価値観と雇用会社が持っている価値観のミスマッチです。この次元の違和感・齟齬こそ、自分を重く苦しめるものになります。しかもそれが顕著になってくるのはたいてい30代後半から40代にかけてのことで、その時点では、すでに私生活で守るべきものが大きくなっていたり、簡単に転職もできなかったりで、その違和感を簡単には解消できない状況になっています。仮に能力的にはその仕事がこなせても、心の奥では拒否エネルギーが溜まり、心身に悪い影響が出はじめます。しかし、生活のために仕事は継続しなければならない……。こういう不整合が、だれにも起こる可能性があります。

私は仕事柄、いろいろなところでキャリアの相談を受けます。大きなミスマッチに悩む人も少なからず知っています。

〇「とにかく売れ筋の競合他社品を真似て開発し、そこより安くして売ればいいという戦略。コストを下げるためには身体に悪い素材を使ってもよしとする組織の風潮。私はそうした企業体質にいつしかアレルギーを感じるようになった。そして自社製品を一生活者、一親として買いたくない気持ちになっていた。でもその方針の下で開発業務はしなくてはならない」(食品メーカー・商品開発担当・30代女性)。

〇「パソコン画面の数字を一日中ながめ、キーボードで売買の指示を出すだけ。多額のカネが動く。商品を生産する現場の音も臭いも、人間の様子も全くないディーリングルームで、胃をキリキリさせながら日々の仕事を一種のゲームとして繰り返してゆく。若いころはそれが刺激的で面白いと感じていたときもあったが、いまでは自分が正常な人間でなくなると思いはじめた」(商社・資源トレーディング担当・30代男性)。

〇「女性マネジャーになって、女性のしなやかな発想や柔和な理念をビジネスに生かしたいと思ったが、結局、ビジネスは戦争の世界なんだなということをいやというほど知った。駆け引きやら政治的根回しやらに長けることが重要だったり、モノやカネを集める画策を四六時中考えないといけない。そうしたことは、私個人の資質、一女性の特性と、根本的に違っているように感じた。有能な女性でも管理職になりたらがないのは、意志の問題ではなく、そういう根本的な違和に気づいているからなんだろう」(金融会社・マネジャー・40代)。


これらの人たちは、みな能力のある方たちです。「できること」をどんどんこなしてきて、周囲からの評価も高くなってき、成長もしてきた。しかし、その仕事内容は必ずしも、心の奥底から湧いてくる「したいこと」ではない。そして、組織のやり方・考え方は、自分が根っこに持っている仕事観や事業観、人生観とますます乖離してくる。そして中には、そうした大きなミスマッチによるストレスを穴埋めするかのようにボランティア活動に走る人も出てきます。

30代以降、大きなミスマッチに陥りやすいのは、有能で真面目で、働く目的にセンシティブな人です。その人たちは「できること」がたくさんあるので、会社の要求に応じて、ついつい「できること」を第一にして仕事をこなしていくわけです。しかし、歳とともに、自分の内にある地金(じがね)ともいうべき性分・根っこにある価値観が出てきます。その地金が組織の命じる仕事内容や価値観と親和性があればハッピーですが、そうでなかったときには深い苦悩が生じることになります。

◆大きなミスマッチへの処方箋〜「アントレプレナビリティ」を養う
こうした大きなミスマッチによる苦悩が生じはじめたときどうすればよいでしょう? 一つの対処は鈍感になることです。すなわち、大きな齟齬に鈍感になって、現職の中に小さな喜びを見つけるようにし、その仕事を継続させていくという消極策です。いわゆる「生きていくためにはガマンも必要。だましだましやっていくさ」という選択で、現実、ほとんどの人がこうしています。そして晴れて定年後に、セカンドライフとして、ほんとうにやりたかったことをやる。

もう一つの対処は、心の叫びどおりに職・環境を変えてしまう積極策です。リスクの低い選択肢としては社内の異動があるでしょう。リスクの高いものとしては社外への転職、起業などです。ここで留意したいのは、社内の異動や社外への転職は、あくまで “雇われる生き方”の継続だということです。会社員というのはどこまでいっても雇用組織の支配下に置かれ、その意味で組織の価値観との整合性の問題は残ります。ある会社を外側からながめてみて「この会社なら価値観は合う」と思って転職したとしても、いざ入社してみるとまったくの予想外で、ミスマッチが解消されなかったということも起こります。

その観点から言えば、起業というのは“雇われない生き方”(実質的には自分で自分を雇う形になりますが)を選択するもので、ほぼ100%自分の意図で事業ができますから、ミスマッチからは完全に解放されます。私自身も起業の道を選びました。身の丈サイズの事業を回し、都心と田舎での2拠点生活を実現する理想像を描いていたことも一つの理由です。自営独立して丸12年が経ち、つねにハイリスクを抱えるスモールビジネスではありますが、十分なリターン(それは必ずしも金銭的なリターンではなく、心身ともに健やかに過ごせるということ)を得ています。

結論として言えば、長いキャリアの途上でやがて来るかもしれない大きなミスマッチに対する根本的な処方箋は何か?―――それは「アントレプレナビリティ」(起業しうる力:本稿だけの造語です)を若いうちから養っておく、です。

「エンプロイアビリティ」(雇用されうる力)では不十分です。なぜなら「エンプロイアビリティ」は、自分が永遠に雇われるということを前提にする考え方だからです。先にも述べたとおり、雇われる生き方はどこまでいっても雇用主の価値観に自分を紐づけなければなりません。それはどこまでいってもミスマッチの問題を抱えることを意味します。だからこそ、「アントレプレナビリティ」(起業しうる力)を養うレベルまで自分を持っていくことが必要なわけです

もちろん「アントレプレナビリティ」を養うといっても、雇われる生き方を否定するわけではありません。ある会社組織の中で、多少の不満はありつつ定年までキャリアを全うできるならそれはよいことです。私が言いたいのは、「アントレプレナビリティ」を養っておき、状況によっては、勇気を持って起業するときがあるかもしれないし、結果的に起業せずに終えるときがあるかもしれない。いずれの結果になるかは天のみぞ知るですが、両方の選択肢がとれるようにしておくことこそ、最大の防御にして、最大の攻撃になるということです。「この会社をいつやめてもいいように、自分は起業できる能力と意志を養っておく」という準備は、いろいろな意味であなたの仕事・キャリア・生き方を強靱にすることはまちがいありません。

会社組織の中で「できること」をこなすだけの日々を送るのではなく、職業人としての自分が「したいことは何か?」「満たしたい価値は何か?」を最上位に置いて考えてみる。そのもとで「できることは何か?」を考えてみる。そして、「起業できるか?」「起業するには何が足りないか?」を考えてみる。こうした思考シミュレーションをつねにやってみてください。そして会社勤めの脇で、考えたことのいくつかを行動に起こしてみてください。こういう習慣が、将来の自分を守り、前途を切り開いてくれることになるでしょう。