川口 雅裕 / 組織人事コンサルタント

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将棋のプロ棋士の指し盛りは、30歳代と言われます。深く読み進める力は、20歳代でピークとなるそうですが、20歳代はまだまだ経験不足で、戦いの知恵や全体を見通す大局観などが十分ではありません。読む力と知恵のバランスが取れてくるのが30歳代で、この時期に高い勝率を上げる棋士が多くなります。40歳代になると、だんだんと読む力や思考のスタミナが落ちてきて勝率が下がってきます。もちろん、40歳を超えてもなおタイトルを保持している羽生世代や、60歳になってもA級で戦っていた故大山康晴永世名人ら例外はありますが、おおむねこのような傾向にあると言ってよいでしょう。

では将棋の棋士と同様、私達の頭脳は年とともに衰えていく一方なのでしょうか。これは当たっていません。将棋と、私たちの生活・仕事では、決定的に異なる点があるからです。将棋では「棋譜」がしっかりと残されています。ここ数十年の対局はもちろん、すべてではないものの江戸時代の対局まで、誰がどんな手を指したのかが記録されています。最近では棋譜が全てデータベース化され、容易に検索が可能になっており、同一局面が過去に何局あり、そこから誰がどう指したか、勝敗がどうなったかまで瞬時に分かる状態になりました。これによって若手は、経験不足を補うことができます。将棋において20歳代、30歳代が中高年の棋士に勝てるのは、過去の棋譜を記憶・研究することによって、経験不足という弱みを小さくすることができるからです。

私たちの現実の生活・仕事では、そうはいきません。中高年に比べて20歳代、30歳代は圧倒的に経験が不足していますが、将棋の「棋譜」に相当する記録が分かりやすく残されていませんし、それを補う方法はほとんどありません。年数や場数を重ねる以外にないと言ってよいでしょう。また、思考は言葉を使って行うので語彙の豊富さは重要なのですが、その点においても年齢を重ね、勉強をしてきた人のほうが優位です。

年をとると頭脳が衰えると思っている人が多いようですが、そうではありません。衰えるのは、記憶力と情報処理能力くらいで、経験がモノを言う、先々の展開を予想する力、相手の感情や周囲の状況を見通す力、アイデアを出す力、歴史や全体像から俯瞰する力といった能力は衰えるどころか、かなりの年齢まで成長することが各種の研究でも分かってきています。

それに、記憶力と情報処理能力が若い人に劣るといっても、大した問題ではありません。ITが補ってくれるからです。忘れたことは検索すればよい、覚えられなければ保存すればよい、計算が遅ければパソコンにやらせればいいわけです。そういう意味では、ITは中高年やシニア世代にとって、衰える部分を補ってくれるありがたいツールだと言えるでしょう。

私は、中高年世代が「もう、頭が固くなっているから」と言ったり、若手世代が「中高年は思考力が低下している」と決めつけたりしているのを見ると違和感を覚えます。受験勉強やクイズ大会では勝てませんが、そんなものは日ごろの生活にはまったく関係がなく、ほとんどの場合は経験のある人のほうが優位です。経験に縛られて思考停止してしまう場合もあるので、それだけに注意しておけば、考える力に優る中高年やシニア世代は、まだまだ大きな成果を残すことができますし、逆に言えば、なお成長を続ける能力を活かし、貢献するという役割を担っているはずです。