シャープの「ロボホン」は、普及するのか?/金森 努
■久々に「目の付け所がシャープ」なロボホン!
シャープは、9月28日には大阪市阿倍野区の本社ビルなどの資産をニトリに売却し2016年1〜3月期に約148億円の売却益を特別利益として計上すると発表し話題になった。しかし、10月26日に2015年9月中間決算の営業損益を、5月時点の100億円の黒字から一転、260億円の赤字に下方修正するなど苦境が続いている。
そんな同社が10月7日〜10日にかけて開催された、IT・エレクトロニクスの総合展示会「CEATEC JAPAN 2015」で久々に「目の付け所がシャープ」と展示ブースを黒山の人だかりにした商品がある。ロボット電話「ロボホン」だ。
ロボホンは二足歩行が可能な愛らしい身長20センチ弱の人形ロボットで、ニュースリリースによれば、<モバイル通信(LTE/3G)に対応し、音声通話をはじめ、メールやカメラ、液晶タッチパネルなど携帯電話の基本機能を搭載しているほか、新たに開発したフォーカスフリーの小型プロジェクターも搭載しているので、写真や映像、地図などを壁や机などに投影することも可能です。また、各機能は“RoBoHoN”(ロボホン)との音声対話で簡単に操作できます。ロボットとして様々なコミュニケーション動作やキャラクター性によって自然な対話を実現しているので、愛着を持って使用していただけます>とある。
プロモーションサイトの映像を見ると、その使い方などが一目で分かる。
https://robohon.com/special/
また、東洋経済オンラインの記事では<ロボホンは、ユーザーとのやりとりから学ぶようにプログラムされているので、使うたびに同社のクラウドシステムにデータが蓄積されていく。また、カメラの顔認識機能で人の顔を識別し、個人秘書にもなる>とある。ただの何でも付いているオモチャ的なロボット電話ではないのだ。
■ロボホン普及のカギは価格と販売台数
筆者的には物欲メーターが上がる気がするのだが、問題はその価格だ。市販人形ロボットとして2015年6月に先行して販売を行ったソフトバンクの「ペッパー」は、本体価格は20万円程度だが、通信サービスや保証パックに加入すると支払い総額が100万円を超えると言われている。毎月1000台の一般販売枠は1分で完売する人気ぶりだというが、企業の宣伝用やよほどのマニアでなければ手が出ないだろう。
その価格に関しては興味深い考察が日経MJ・10月19日号コラム「ウェブワールド」の記述にある。<「初年度5万台出荷が第一関門」コアなロボットファンだけでは1万台がせいぜい。だがもし5万台売れたらロボットファン関連アプリなど周辺ビジネスが立ち上がる。ロボホンを前提とした新たなコミュニケーションサービスも生まれ、大きな市場に育つ可能性が出てくる><5万台のハードルを越えるには、価格がポイントになる。価格は未公表だがロボット関係者の多くは20万円前後と予想する>
5万台というハードルを高いとみるかどうかだが、価格対も商材も全く違うが、2015年の今年、10年目にして高級車「レクサス」の累積販売台数が5万台を超えたことで話題になった。
同じく価格対が違うが、ハイテク製品という意味では、東京ガスの家庭用燃料電池「エネファーム」は5万台普及に6年間を要した。
時代が違うが同じロボットなら、今となっては懐かしいソニーの犬型ロボット「AIBO(アイボ)」の例が挙げられる。1999年に20万円弱で発売開始されて以来、徐々に値段を下げてファンの裾野を広げていったが2006年にソニーのロボット事業撤退を受けて生産を終えた。 7年間の累計販売台数は15万台であった。
恐らくコラム「ウェブワールド」の言う「5万台のハードル」は時間をかけて越えるのでは意味が無い。一気に販売して市場を盛り上げると共に、生産現場でも規模の経済を効かせて価格低減を図るという意味もあるのだろう。とすると、過去の事例から考えても簡単に越えられるハードルではなさそうだ。
■ユーザーとなるのはどんな人?
普及のカギをにぎるのは5万人がどういう人なのかが問題だ。「普及論」のE・M・ロジャースのいう、イノベーターだけだとコラムにある「コアなロボットファンだけでは1万台がせいぜい」ということになるのだろう。加えて、ロジャースはイノベーターを「冒険者」とも呼び、新しいモノにすぐ飛びつきはするが、その行動原理は専ら自らの探求心を充足させるために向いており、他者との関わりはあまり意識していない。つまり、伝播しないのである。ロジャースが指摘する次に市場で動く層は、アーリーアダプターだ。彼らは「目利き」であり、新しいモノの価値を吟味し、徹底評価したて採用する。その上で、未採用者に伝達するという行動もとる。そのため、ロジャースは「尊敬される人々」という呼び方もしている。尊敬するのは、新しいモノに比較的早く興味を持つ一般大衆であるアーリーマジョリティー(初期大衆)である。アーリーマジョリティーは、目利きであるアーリーアダプターの採用によって、「ああいう、判っている人が買ったなら安心だ」と採用を決める。故に、アーリーアダプターの採用により一般大衆に伝播するため、導入期から成長期に入って市場が一気に拡大するのだ。ロボホンにおいては、アーリーアダプター(目利き)からアーリーマジョリティー(初期大衆)に伝播する閾値が5万台なのだと解釈できる。
■5万台売れるには?
イノベーターの採用とアーリーアダプターが採用するか否かを分けるものは何だろうか。それには、フィリップ・コトラーの製品特性分析とプロダクトライフサイクルを組み合わせたフレームワークで解釈できる。
製品普及の初期段階(導入期)では、製品を手に入れることで実現する「中核価値」=その製品を手に入れることによって実現する中核的な便益だけで購入される。つまり、ロボホンで考えれば、「よくできたパーソナルロボット」であり、「携帯機能付き」という物理的価値そのものだ。イノベーターたちは、そのロボットの動きや、連動するケータイの機能だけで十分楽しみを見出して購入する。それが成長期になると、中核価値を実現するめに欠かせない、かつ、どのように実現できるかが分かる「実体価値」が示されることが求められるつまり、「自分にとってどう使えるか・どんな価値をもたらすか」だ。ロボホンの場合は、単にロボットと携帯がもたらすだけではない、両者が融合した価値が必要となるだろう。先に挙げたように、より楽しめたり便利になったりするアプリや、ユーザー間がロボホンを通じて独自のコミュニケーションを行えるようなコミュニティーが開設されるなどがカギではないかと思われる。それによってアーリーアダプター(目利き)が採用し、それを見たアーリーマジョリティー(初期大衆)もやがてその輪にも加わって、成長期に入って普及が加速するというわけだ。
苦境の続くシャープだが、ロボホンには「久々にシャープらしさを見た」などという賛辞の声が集まっている。ロボホンが1人でシャープを立て直すようなスーパーロボットには見えないが、シャープの意地と根性がその背後に見える気がする。普及の壁が5万台だとするなら、そのハードルを軽やかな二足歩行で飛び越えてほしいものだと思う。