『孫正義の参謀』嶋聡著 東洋経済新報社

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■「ケータイ三分の計」を進言!

やはり、著者の経歴は“華麗”と書くしかないだろう。名古屋大学卒。松下政経塾を経て、1996年に衆議院議員に初当選。以来、3期9年にわたって議席を維持し、この間、民主党では菅直人、鳩山由紀夫、岡田克也の代表補佐を務めた。しかし、あの05年の小泉郵政選挙で落選。当然、捲土重来を期すという選択肢もあっただろうが、ビジネスの世界へと転身する。

みずから選んだのが、ソフトバンクである。当時、グループ全体の売上高は約1兆円。民主党のシャドウキャビネット(次の内閣)では総務大臣に擬され、政界ではIT通として知られていた嶋氏は、国政での経験を、この世界で活かしてみようと考えたという。彼を迎えた孫正義社長が「一緒にやりましょう。嶋さんが来てくれたら万人力だ」と手を差し出したところから、社長室長3000日の物語がはじまった。

孫社長が総大将だとすれば、嶋氏に求められたのは軍師としての役割といっていい。その最初の場面が06年3月、嶋氏の入社直後に持ち上がったボーダフォン買収劇である。業界3位の携帯電話会社を買うには約2兆円が必要だった。そこで、嶋氏が提案したのが“ケータイ三分の計”である。その頃、6つのキャリアがあったのだが、嶋氏は最終的に生き残れるのは3社と判断。NTTドコモKDDI、そしてソフトバンクのボーダフォンで市場をシェアするという戦略だ。

それはまさしく『三国志』のなかで主君の劉備に天下三分の計を進言した諸葛孔明に通じる。嶋氏は「魏は歴史があり強大なNTT。呉は新しい強みを持つKDDI、そこに玄徳率いる蜀が入っていく(笑)。豊富な人材と活力、ソフトバンクはまさに蜀の国のようです」と書いている。この狙いは、時間を買うということでもあった。ゼロからビジネスを構築するのではなく、1520万人のユーザーと人口カバー率99.93%のネットワークを一気に手に入れたのである。

■「これは日本経済を一段発展させる」

その直後、ボーダフォン販売代理店との会合で孫社長は「10年以内にNTTドコモさんを抜きます」と発言している。周囲が孫社長一流の大風呂敷ととらえるなかで、嶋氏は違った。この思いを、自分の覚悟として受け止め、日記にこう記したという。

「NTTのような国営から出発した企業ではなく、純粋な民間企業がナンバーワンになる。これは日本経済を一段発展させることになる」

この買収がソフトバンクのジャンピングボードになったことは間違いない。当初から日本の高い携帯電話料金を下げるといっていた孫社長は、価格破壊的な通話・メール料金を打ち出した。しかも、そのCMでは犬のお父さんを登場させるといった奇抜な発想で高い好感度を得ている。そして08年、アップルから得た日本市場における「iPhone」の独占販売権によって、モバイルインターネットの市場を切り拓いていく。

その後も嶋氏は、15年までに光ファイバーを中心とした超高速ブロードバンド「光の道」で政府との折衝を担った。さらに、記憶に新しいところでは、東日本大震災後の被災地訪問に随行。そこからスタートした太陽光発電への取り組みでも、再生エネルギー特別措置法の立法に奔走する。嶋氏は「自分自身の正史」と、この本を位置づけているが、それはまさに怒涛の8年史である。

(ジャーナリスト 岡村繁雄=文)