ロシアW杯へと続くアジアの戦いが始まった。日本代表は初戦でシンガポールと対戦し、0-0の引き分け。ホーム開催であること、またグループ1位にならねば突破が保証されないレギュレーションを思えば、痛恨の結果にも思える。今週のJ論は?6月のハリルジャパン?を評価し、今後のあるべき施策とは何かを考えたい。まずは練習からつぶさに代表を観察してきた情熱の分析家・河治良幸が代表の今を語り尽くす。

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▼快勝を期待してしまう空気の中で
 負けたわけではないが、シンガポールにホームで引き分け。試合後には一斉にブーイングが起こり、さまざまな書き手がそれぞれの視点から不甲斐ないチームや選手を批判した。読んでみると視点はもちろん試合で起きた現象の認識までバラバラなのだが、共通するのは内容と結果の双方に満足していないということだ。

 もちろん、予選最初の試合が簡単であるはずがない。終わってみたら大差が付いたような試合ですら、その入りはとてもジリジリした展開になるものだ。そもそも、シンガポールは何の苦労もなく大勝できるような相手でもない。それでも直近3試合の試合が脳内にこびりついていて、快勝を期待する自分がいたことも否定できない。

 シンガポール代表の粘り強さは確かにあったし、GKのイズワン・マフブトのプレーは文句なく素晴らしかった。また守備の統率が90分にわたって切れることなく、人数が限られていた攻撃も日本の攻勢を削ぐ効果は出ていた。総じて相手の守備はタイトだった。だが、日本代表にとってこの試合が難しくなった最大の理由は、「攻守の切り替わり」というものがほとんど起こらなかったことにある。

▼起きなかった攻守の切り替え
 日本の攻撃が終わればシンガポールの攻撃が始まり、シンガポールの攻撃が終われば日本の攻撃が始まる。そういう意味では攻撃と守備は交互に変わるわけだが、シンガポールが攻撃時にも守備のバランスを維持し、リスクを最小限にしたことで、日本がマイボールにした時点で攻めの起点にできる明らかなスペースはないに等しく、常にビルドアップをやり直す形での攻撃を強いられた。

 引いた相手を崩すのは難しいとよく言うが、どれだけ守備から入るチームでも、攻撃に転じれば多少なりバランスが変わるので、ボールを失った瞬間には背後のリスクが生じるもの。それを素早く修正して守るのがネガティブ・トランジション(守備への切り替え)というものだが、シンガポールはトランジションそのものが存在しないに等しい戦い方を展開してきた。

 こうなると日本代表はハリルホジッチ監督が就任してから掲げていたディフェンスラインの背後を積極的に狙う攻撃というものができなくなる。その中で序盤は練習の通りにクサビからリターン、ワンツーで入っていく仕掛けにトライしていたが、見事に決まったのは前半30分に岡崎慎司がフリーでラストパスを受けたシーンくらいのもの。あとはDFのどこかで引っかかるか、受け手と出し手の呼吸が合わずに終わった。

 そうした状況でも左MFの宇佐美貴史がサイドを強引に突破してマイナスクロスを上げたり、右SBの酒井宏樹が本田圭佑を追い越してクロスにつなげたり、柴崎岳が技巧的なターンから宇佐美貴史にスルーパスを出したり、長谷部誠がちょっとした隙を突いてドリブルでバイタルまで侵入したりと、局面の仕掛けやアイディアでチャンスを作るシーンは確かに多かった。またハリルホジッチ監督が悔やむとおり、前半38分に太田宏介のCKに槙野智章が合わせたヘッドが決まっていれば、何事もなく勝利できた試合だったのかもしれない。

 ただ、日本がほとんどボールを持って攻めているのだから、相手の守備がそろっている状況だろうと局面の頑張り次第でチャンスは生まれるものだ。そのどれかを決めたか決めないかという話にはなるわけだが、こうしてスコアレスに終わってみると、もっとチームとして計画に引いた相手を崩しにかかれなかったのかという疑問も浮き彫りになってくる。

▼引いた相手をパスで崩すということ
 局面で狭いところを強引に破る、サイドを突いてクロスを上げるだけでなく、相手の守備を揺さぶり、動かしてギャップを狙っていく崩し方だ。シンガポールがどれだけ引いて守っていても、日本がボールを動かせば相手の守備も動かざるを得ない。[4-1-4-1]というシステムで68メートルの横幅を守る以上、中央を固めていても守備は動くのだ。そしてボールを奪おうとアプローチすれば、背後にはスペースが生じる。味方がそのスペースを埋めようとすれば、今度はその脇にギャップが生まれる。

 ハリルホジッチ監督は素早いパス回しの中でも3人目の動きを入れ、動いた選手が空けたスペースに別の選手が入っていく練習を繰り返しやってきた。ただ、ボールを常に持った状況で、緩急を織り交ぜて相手の守備にギャップを生み出す意図を持った練習については、少なくとも公開された練習では取り入れていない。11対11のハーフコートマッチも攻守の切り替わりが素早く繰り返されるものであって、たとえばサブ組が常に引いた状態になり、それを崩しにかかるような想定では行われていなかった。

 世界大会での躍進を目指していくためにハードワーク、球際の強さ、攻守の切り替え、ディフェンスラインの裏を狙う意識といったものは非常に重要で、その部分で着実に代表合宿やメッセージの効果が出てきていることに疑いの余地はない。しかし、それらが多少向上したところで、引いた相手を崩すというアジア的な課題の解決にはならない。

 このスタイルの中でプレーの精度を上げる、共通意識を高めるなど、方向性を突き詰めることが間違っているとは言わないが、より有効なのは相手なりの戦術を選択していくということだ。攻撃に緩急や揺さぶりを入れていくこと。ただ、その実践のために不足しているのは練習だけではない。

 つまり、選手が足りない。

▼Jリーグに眠る選択肢
 渋滞した道路を交通整理するようなプレーメーカーがいないのだ。その有力候補は遠藤保仁であり、あるいは中村憲剛になるのだろうが、遠藤に関しては3月のメンバー発表の時に名指しでこれまでの実績をねぎらいながら、こう説明している。

 「ものすごく大事な試合で遠藤が必要なときがあれば呼ぶということも考えている。多くの経験を持っているし、仲間に対する信頼が強いことも知っている。彼は自分の役割を知っている。ただ、より若い選手を今回選んだ。遠藤をどうするかというのはこれから見ていきたい」

 実際の年齢だけでなく、ハリルホジッチ監督が掲げるスタイルを徹底して植え付ける意味で、自分のリズムを持つ遠藤がある種の"異物"になりうることは指揮官も過去の映像などを見て察しているだろう。どれだけコンディションが良好でも、攻守でのハードワークを貫徹するスタイルに遠藤をフィットさせることは難しい。しかし、対戦相手に応じたバリエーションを想定するならば、シンガポール戦のような展開が予想される場合の有効なオプションにしていく手はある。

 中村憲剛もハードワークより研ぎ澄まされたビジョンで的確なポジションを取っていくタイプで、やはり"異物"になる存在だが、所属クラブで常に引いた相手を崩すための創意工夫を突き詰めている選手。その点で言えば、ディテールにこだわるハリルホジッチ監督の哲学からは外れない。本来こういう選手たちはある程度チームのベースができてきて、さらにバリエーションを増やす段階で加えるか加えないかを判断したいところだろうが、予選突破への有効な選択であるならば、彼らを早期に招集して把握しておくこともありではないか。

 もちろん、現在のチームでも柴崎岳というプレーメーカーがそうした引き出しを担えれば基本スタイルを突き詰める中でも、対戦相手に応じた幅広い戦い方ができるはず。ただ、彼にすべてを背負わせるには重すぎる課題でもある。

 日本代表は期待の反動もあって多くの批判にさらされるもの。ハリルホジッチ監督はそうした評価の浮き沈みに屈しないタイプだが、日本代表浮沈のカギは今後の選手選考にかかっていると言っても過言ではない。

 遠藤や中村の名前を出したのはあくまで一例で、他にもドリブルで変化を出せる関根貴大や、トップ下の位置からオフ・ザ・ボールで違いを作れる武藤雄樹など、Jリーグには多くの可能性が眠っている。国内組で臨む8月の東アジアカップは、アジア予選突破という意味でも大きなポイントとなる。

河治良幸(かわじ・よしゆき)

サッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』の創刊に携わり、現在は日本代表を担当。セガのサッカーゲーム『WCFF』で手がけた選手カードは5,000枚を超える。 著書は『勝負のスイッチ』(白夜書房)、『サッカーの見方が180度変わる データ進化論』(ソル・メディア)、『日本代表ベスト8』(ガイドワークス) など。Jリーグから欧州リーグ、代表戦まで、プレー分析を軸にワールドサッカーの潮流を見守る。サッカーを軸としながら、五輪競技なども精力的にチェック。