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面倒な相手を説得し、動かすにはどうすればいいのか。「論理」が通じない相手には、別のアプローチが必要だ。たとえばモーターショーなどビジネスの展示会では、ビキニ姿の女性が「案内役」を務めていることがある。それは多くの男性の「欲望」に訴えかけることで、相手の論理を甘くさせようと企んでいるからだ。そうした「レトリック(修辞法)」のコツを解説しよう――。

※本稿は、ジェイ・ハインリックス『THE RHETORIC 人生の武器としての伝える技術』(ポプラ社)の一部を再編集したものです。

■説得上手な人は聞き手の感情を操作する

周りに幼い子どもがいる人なら、覚えがあるだろう。ずいぶん昔の話になるが、私が銀行でお金をおろそうとしていたとき、当時3歳だった娘が癇癪をおこし、泣き叫びながら床をのたうちまわりはじめた。周りにいる年配の女性たちの冷たい視線といったらなかった。娘が癇癪をおこした原因は忘れてしまったが、そのとき私は、がっかりした顔で娘を見てこう言った。

「そんな主張の仕方じゃあうまくいかないよ。ちっともかわいそうに見えないもの」

すると娘は何度か目をパチパチさせたあと、床から起き上がった。「娘さんに何て言ったんです?」と、そこに居合わせた女性が驚き顔で言った。私は娘に言った言葉を繰り返し、自分は古代ギリシャから伝わるレトリックを学んでいるのだとその女性に説明した。

「説得上手な人は単に自分の感情を表すだけでなく、聞き手の感情を操作するものだ」ということを、娘は生まれたときからずっと学んできた。だから、聴衆の感情、つまり私の感情を操作しようとしたのだ。

説得するには聞き手の感情を動かすことが必要だ、と娘は知っていた。娘が私を説得しようとする場合、彼女自身の感情は関係ない。焦点を絞るべきは、私の感情だ。

■感情が理性を超える

古代のソフィスト〔紀元前5世紀ごろ、古代ギリシャで金銭を受け取って弁論術などを教えていた教育家〕は、うまく使いさえすれば、「パトス(感情)」は聴衆の判断を左右することができる、と語った。最近の神経学分野における研究でも、「感情的な脳が理性的な脳を圧倒する傾向にある」という説が裏づけられた。

アリストテレスが述べたように、同じ現実でも、感情が違えば違って見える。たとえば、事態が好転したとしても、落ち込んでいる人には事態は悪くなっていると見えるかもしれない。古代ギリシャの有名なソフィスト、プロタゴラスは、病人には苦く感じられる食べ物も、健康な人にとっては美味に感じられる、と述べた。「医者は薬で治すが、ソフィストは言葉で治す」とも述べている。

恐怖を例にとってみよう。この本を読んでいるあいだにあなたの心臓は止まる、と私があなたに信じ込ませたとする。あり得ない話ではない。感じやすい人なら、わずかな怖れから不整脈を起こすかもしれない。心臓は一定のリズムを刻まずに不規則に鼓動を打ちはじめ、体内の重要な組織が破壊され、やがて胸を押さえながらあなたは死ぬ。

どうだろう、怖くなかったのではないだろうか? 私が言ったことをあなたが信じなければ、怖れを抱くことはないはずだ。感情は予測と経験――過去に起こった、あるいはこれから起こるであろうと聴衆が信じていること――があるからこそ生まれる。したがって、実際に経験したときの感覚をより生き生きと語れば、より強い感情を聴衆に起こさせることができる。

また、誰かの気分を変えたいときには、ストーリーを話すといい。悪口を言うのはいけない。暴言を吐くのもいけない。アリストテレスによると、気分を変えるのに最も効果があるのは、細部まで詳しく状況を話すことだという。ストーリーを生き生きと語れば語るほど、聞き手も本当にそれを体験しているかのような気分になり、同じことが起きるかもしれない、と考えるようになる。聞き手を、実際に体験したかのような気持ちにさせ、自分の身の上にも起こるかもしれないと思わせることが大切だ。

■「欲望」も説得に役立つ

感情とは、あなたの論理をちょっと“甘く”するための、スプーン1杯の砂糖のようなものだ。感情という道具を使えば、相手に行動を起こさせることも可能になる。

もうひとつ、説得に役立つものがある、「欲望」だ。ソフトウェアの展示会で、製品の横にビキニ姿の女性に立っていてもらえば、多くの男性たちが興味を示すだろう。要は、聴衆に、自分が願うとおりの行動をとらせるような感情を呼び起こさせなければいけないのである。この場合でいえば、製品を買うという行動だ。

欲望というのは何も性的なものだけではない。自分の理想にかなう濃紫色のバラを強烈に欲している庭師もいるだろう。私の妻は『ローズマリーとタイム』というBBC(英国放送協会)のミステリー番組がお気に入りなのだが、この番組はガーデニングと犯罪を扱ったものだ(正直に言うと、どういう番組か私はよく知らない。この番組を見ると、いつも5分で寝てしまう)。

妻によると、この番組は“花のポルノ”だという。だが、私は個人的には何の刺激も感じない。

これが大切な点だ。人によって欲望を抱く対象は異なり、欲望が異なれば行動も違ってくる。

■話し合いが袋小路に入ったら、どうするか

もうちょっと花に関する話をしよう。数週間前のことだ。失効する前に使ってしまわなければならない飛行機のマイルがあった。雪もちらつきはじめ、昼の時間も気が滅入りそうなほど短くなっていたので、クリスマス休暇の前にちょっとした旅行に出かけるのも、いい考えに思えた。「ハワイに行こう」と私は妻に言った。ふたりとも、まだハワイには行ったことがない。

「家のことはどうするの?」
「子どもたちがやってくれるさ。もうできるだろう」

そして私は、妻がよく口にする“もったいない”という方向に話をもっていった。

「使わないと、貯まったマイルが無駄になってしまうんだよ」

妻は冬休みをとることに罪悪感を覚えていたようだが、これが彼女の心を揺さぶり、気持ちを変えた。けれど、妻はこう言った。「ちょっと考えてみるわね」。意訳すれば、「断るいい言い訳がないか、ちょっと考えてみるわね」ということだ。

話し合いは袋小路に入った。私はこれを“ギャップ”――埋めることのできるギャップ――と呼びたい。誰かの考えを変えることと、実際に行動に移させることのあいだに存在する“ギャップ”である。考えることと行動することのあいだにある“ギャップ”を埋めるのに、最もいい方法とは何だろう? それは、“欲望”という人参をぶら下げて、聴衆が動き出すのを待つことだ。

■誰でもできる、ギャップを埋める方法

妻の場合で言えば、人参は明らかに、花への欲望だ――「冬の季節に花を愛でたい」という渇望として花開く、欲望である。ハワイと花……人参はすぐそこにある。その晩、カクテルを飲みながら、私はマウイ島のリゾート地に咲いている花の写真をいくつか検索して、iPadで見せた。

「これはハイビスカス」。どうだと言わんばかりに見せた。「そしてこれがアマリリス、極楽鳥花、ブーゲンビリア」。ウィキペディアで覚えた名前を並べた。アルファベット順であることに妻が気づかなければいいが。

「もう、やめてよ」と、妻は微笑みながら言った。

「フクシア」。一息おいた。「クチナシ、ええっと、ハイビスカス……」。ハイビスカスはもう言っただろうか?

「マウイ島ね」と妻が言った。説得できたとわかった。

「明日、予約するよ」

「誘惑」が成功した。人参をぶらさげ、ギャップを欲望で埋めたのだ(ともかく、その旅はとても楽しかった。花も咲き乱れていた)。

このテクニックは、どんな人が使ってもうまくいく。ビジネスにおいても有効だ。どうやって説得したらいいかという相談に乗るのが私の仕事だが、仕事のほとんどは、説得につながる“ギャップ”を見つけることと、そこをどうやって欲望で埋めるかを考えることである。誰もが欲望をもっている。欲望を見極め、人参をぶら下げれば、“ギャップ”を埋められるはずだ。

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ジェイ・ハインリックス
ミドルベリー大学教授
執筆者、編集者、会社役員、コンサルタントとして30年以上にわたり出版業界に携わってきた。本書の第1版が刊行されてからは、講師として世界中を飛び回り、「伝える技術」を教えている。現在はミドルベリー大学教授としてレトリックと演説の授業を担当。NASA、米国国防省、ウォルマート、サウスウエスト航空などでコンサルティングや講演もおこなっている。

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(ミドルベリー大学教授 ジェイ・ハインリックス 翻訳=多賀谷正子、写真=iStock.com)