ある日、45歳の女社長・川崎貴子(かわさき・たかこ)に乳がんが宣告された--。そんなショッキングな出来事を「乳がんプロジェクト」と早々と命名し、手術から治療、乳房再建までの日々をユーモラスにつづった連載「女社長の乳がん日記」が書籍化され、『我がおっぱいに未練なし』(大和書房)として9月に出版されました。

乳がんになった「のに」、”女の象徴”とされているおっぱいを失った「のに」、なぜ川崎さんはそんなに強いの? なぜそんなにパワフルなの? そんな疑問が浮かんだ読者も少なくないのではないでしょうか?

「まあ、それは川崎さんだからだよ」。ともすればその一言で済まされてしまいそうな川崎さんが幸せそうに見える理由。でも、「幸福学」を研究する先生に解説してもらえば、私たちも実践できる幸せのヒントが見つかるかも……。

というわけで、『実践 ポジティブ心理学 幸せのサイエンス』 (PHP新書)などの著書がある慶應義塾大学大学院の前野隆司(まえの・たかし)教授と川崎さんが対談を行いました。

【前編は…】女社長が「乳がんになっても」幸せな理由を分析してもらった

(左から)前野隆司教授と川崎貴子さん

失敗もシェアする

川崎:前野先生、前編でお話していた「幸せの因子」の第二因子って何ですか?

前野:「ありがとう!」因子といって、人々に感謝したり、人のために何かをしたかったりという人とのつながりの因子なんです。このあたりはどうですか?

川崎:前編でもお話した通り、女性に特化した人材、コンサルティング業をやってきたんですが、会社が大きくなってくると社長の仕事がメインになってくるので、直接コンサルができなくなって歯がゆさを感じていて。

それで婚活に関するコンサルティングを行う「魔女のサバト」という“結社”を作ったんです。ずっと、仕事を頑張っている素敵な女性たちが、結婚したいのにできない、という状況はおかしいと思っていて。

ですから、この事業を通じて彼女たちが結婚していくのを見ているのは楽しいですね。思い当たるとしたらそれかな。

私はプライベートでも散々失敗していものですから(笑)。この失敗たちは彼女たちにシェアすべきだって思いまして。社長になってからずっと、自身のプライベートのことは一切外には書かなかったんですが、40歳を過ぎて開き直って、この失敗はシェアしようって思いブログでも書き始めました。

前野:普通は失敗って前に出すの恥ずかしいじゃないですか。人の目が気になるし。四つめの因子「ありのままに!」とも通じてきますね。

川崎:失敗どころか「ギザパイ」も女性達にお披露目してるし(笑)。

前野:バーンと。それにしてもこの潔さはかっこいいですよね。ジャンヌ・ダルクのような強さを感じるんですが、なぜ女性のためにそこまでするんですか?

川崎:起業した時期は1997年でちょうど山一証券や拓銀(北海道拓殖銀行)が倒産した時代だったんです。女性たちが大手企業から吐き出されたり、本来新卒で入れるところが派遣のみの入社になったり。

女性のキャリアって本当に時代に翻弄されるんですよ。いまだに女性はどのキャリアが正解かわからない。結婚、出産を機に辞めてしまう人も多い。だからこそ、仕事を通じて、キャリアを手放さないってことと、自分の人生を他人マターにしないことが大事だよってことを言い続けてきたんです。

「母のように」迷走している女性を助けたい

前野:なるほど、7歳から10歳頃の間に何かありませんでしたか? その頃の体験も現在に影響しているものなんです。

川崎:9歳で痴漢に遭いました。近所の小6のお姉ちゃんと歩いていたんですが、私の体が一番大きくて体を触られたんです。悔しかったし怖かった。警察を呼んで事情聴取も受けたんですが、問題はそこからで……。

うちの母が「そんな目に遭うなんて恥ずかしい」って怒っちゃって。母は世間の目が異常に気になるタイプなんですよね。私は事情を説明しないとって思って一生懸命話したんですが、母は私がべらべらと説明していることもずっと「恥ずかしい」って言って1カ月、口を聞いてくれませんでした。

前野:それは大変でしたね。

川崎:でも、一週間後に登下校中に同じ男を見つけたんです。昔、ナンバープレートが付いていた自転車があったのですが、そのナンバーも顔も一緒だったんです。

前野:よく覚えていましたね!

川崎:すぐに警察に通報して捕まりました。犯人は余罪があったらしく……。

前野:お手柄でしたね!このエピソードも同じ構造ですよね。課題があって、力を合わせて解決するっていうところ。

川崎:私に羞恥心がなくなったのもきっとその頃だし、母のことも時代が違う女の人なんだなと思いました。感性が違うんだなと。

前野:達観していますね。お母さんとの関係は?

川崎:母は私が小1の頃からいろいろな新興宗教にはまりだして。そういうのを見ていて、私は私の軸を見つけようと思いました。母は宗教を変えるごとに「神様」が変わるから子どもとしては迷惑でしたね。でも、不安定なんだろうなって思っていましたし、働けばいいのにとも思いました。迷走していたんでしょうね。

だから、母みたいに迷走している女の子、「結婚って何?」「キャリアってどう築いていくの?」って悩んでいる子をフォローしたいなっていうのは、もう刷り込みのようにあるのかもしれませんね。

前野:実はお母さんを救っているんですね。

川崎:どういうことですか?

前野:お母さんと同じ課題に直面している人を、無意識的に救っているんだと思いますよ。原体験ってそういうものです。

川崎:あー、なるほど。確かに女性を騙す人たちに異常なほど怒りを感じます。だから婚活サイトまで作っちゃって。新興宗教の教祖がみんな男性だったんですが、「うちのお母さんを騙(だま)しやがって」って、子供の頃ずっと思っていました。

前野:男性は敵?

川崎:男性全体に対してではないですよ。弱い所に目を付けて搾取しようとする男性は敵かもしれません。

前野:なるほど……。そしてお話を聞いているとロジカルですね。

川崎:起業する前、社会人は営業からスタートしたんですが、当時、窓口の責任者は皆男性だったので、男性にわかってもらえるような話し方を習得しているせいかもしれません。

前野:面白いですね、男性は敵っていう原体験だからこそ、男社会でうち勝つために男性的なロジック力を身につけたんですね。

「ありのままに!」おっぱいを出していきたい

川崎:あと私は、基本的に忘れっぽいので、「辛いことも忘れてしまって幸せ」というのもあると思うんですが、逆に嫌なことをずっと覚えていて飴玉のように舐めている女性が多く、辛そうだなぁと日々コンサルをしていて思うんです。

いつまでも上司に怒られたことを覚えていて、ことあるごとに思い出して、自分は上司に嫌われていると自分を責めてしまう。仕事について指摘されただけなのに、自己否定の材料に脳内変換させてしまう。

前野:解決法は忘れるか解決するかしかないと思うんですが、一番いけないのが自分を責めること。自己肯定感が下がってしまいます。

川崎:自己肯定感は上げられるのでしょうか?

前野:僕は上げられると思います。幼少期の体験は固定されて変えられないって言っている人もいるけれど、僕は変えられると思う。「あなたは今のままで大丈夫だよ」って言ってくれる人を作る。

そうすれば「やってみよう!」ってやって、前向きになると嫌なことも忘れられると思うんです。

川崎:「ありのままに!」って言ってくれる人が必要なんですね。利害関係にない、そのままの自分を受け入れてくれる人との関係を築いていくことが大事になってくるんですね。

「ありのまま」と言えば、私は手術後のおっぱいをギザパイって呼んでいるんですが、プールでも温泉でもバーンと隠さずに出していきたいと思っているんですね。

前野:というのは?

川崎:これだけ乳がんが増えているのに、私は公共の場で私と同じおっぱいを見たことがなかったんですよ。実際に乳がんについての講演をするとやっぱり手術後の胸を見られるのが嫌だったり、温泉で二度見されたりして嫌な思いをしている人がたくさんいるということがわかりました。

でも、自分自身でもそうですが、結構見慣れるものなんですよ。このギザパイも。ですから、世間に見慣れていただくためにも、これだけ乳がんが世の中で増えているんだったら、私は率先してどんどん出して行きたいなと思っているんです。

前野:まさに「ありのままに!」ですね。

「今度は乳首を作るんです」

川崎:さっきの「ありがとう!」因子の話にも通じると思うんですが、私は周囲の人々に恵まれているなあと思って。ギザパイを出そうが、乳がんのことを書こうが私のまわりの人は一切変わらなかったですね。

だから、決して自分が強いのではなくて、ありのままの私を受け入れてくれる人たちがいるからこうしていられるんだっていうのが乳がんプロジェクトを通してわかったことですね。

そうだ、今度は乳首を作りに行くんです。

前野:あたかも「今度おいしいものを食べに行くんです」みたいな感じでさらっと言いますね(笑)。素晴らしいですね。川崎さんとお話していてすごく幸せな気持ちになりました。

川崎:私もです!カウンセリングを受けた後の清々しさです。先生、ぜひこれからもよろしくお願いいたします。

前野:もちろんです。幸せに生きる実践者がこんなところにいたとは……。ちょうど研究のための「幸せ」の事例を集めないと、と思っていたところだったので(笑)。素晴らしい実践者の方と出会えて光栄でした。

(構成:ウートピ編集部・堀池沙知子、写真:宇高尚弘/HEADS)