『ドラフト』

写真拡大

怪しい小包が宅配ボックスに届いていた。中身はビデオテープだ。

深夜2時、ついに来たか……思わずニヤける男ひとり。遠目から見たら完全に変態である。
ついにこの連載もDVD化や動画配信されていないマニアックな映画に突撃だ。残念ながら90年代の邦画は権利関係も複雑で、VHSのまま放置されている名作も数多い。

というわけで今回は発掘キネマ懺悔である。それにしても、部屋のビデオデッキを起動させるのはいつ以来だろうか。“レンタル落ち”“2週間200円”と書かれたシールが貼られたままの黄ばんだビデオを入れると、20数年の時を超え再生ボタンを押した。

元木大介を巡るドラフト会議騒動が元ネタ


91年に制作されたオリジナルビデオ映画『ドラフト』。無意味に分厚いビデオパッケージには、「球界の深層を鋭く暴くもう一つのプロ野球」「陰謀・密約・裏工作・談合・裏切り・密告……ドラフトの壁に泣くのは球児達だけなのか? スポーツ紙から送り込まれたニューサスペンス!」と不穏すぎる説明書き。

この作品は、当時社会問題にもなった元木大介を巡るプロ野球のドラフト会議騒動をベースに作られている。
人気球団の東京シャインズ(もちろんモデルは巨人)は、ドラフト直前のスカウト会議で1位指名について話し合う。関西製鉄・野田(モデルは野茂英雄)は変則モーションで奪三振が多いのが魅力の即戦力右腕、最低二桁から15勝は期待できる。だが恐らく6〜8チームは競合するだろう。
青葉高校・大木(モデルは元木大介)は3年間で通算36本塁打、甲子園だけで5本のホームランを放った競合必至の逸材。慶南大学・森田(モデルは大森剛)はほぼ100%単独で獲れる。

即戦力野手としては大木より上だが、スター性や将来性では高校生の大木に分がある。シャインズの4番は打つだけじゃダメなんだ。華がないとね。その点、甲子園のスター大木君は申し分ない。よし今のチームは投手陣は揃っているので、今年は大木で決まりだ。故・夏八木勲が演ずるシャインズ企画部長・吉崎良介はそう確信する。

現実を忠実再現したストーリー展開


凄い、元ネタが分かるというレベルではなく、登場人物そのままに現実に起こった89年ドラフト事件をそのまま忠実に再現している。今なら告訴必至。凄まじくアバウトな時代だと驚愕していたら、映画はさらにエグい展開を見せる。

東京シャインズのスカウトが大阪まで大木家を訪ね、「シャインズ以外に指名されたら進学という大木君の気持ちを堂々と公表してしまったらどうでしょう? 大木君に対する評価は球団史上最高なんですよ。ずばり最低1億はお約束できると思います」と大金の存在をチラつかせる。そして、直後のスポーツ新聞にはこんな見出しが躍るのだ。「大木 意中告白シャインズ」と。

だが現実と同じくドラフトではジャイアンツ……じゃなくシャインズは慶南大学・森田を単独1位指名。なぜなら球団には昔から慶南学閥の存在があるからだ。結局、大木は福岡セネターズに1位指名される。
そこでセネターズはスカウト業25年、ごねた選手を何十人と落として来た“落としのムラさん”こと村井スカウト(故・坂上二郎が飄々と熱演)を交渉役として大木の元に派遣。

「我々スカウトはいつぐらいから君に目を付けてると思う」なんつって懐からいきなり写真を数枚取り出すムラさん。なんと中学1年の大木のプレー写真だ。ここで、それほとんどストーカーじゃねえかなんて突っ込みは野暮だろう。

大木はシャインズから1位指名されるのか?


それでも頑なに入団拒否した大木は元木大介と同じくハワイで浪人生活へ。1年後のドラフトで、他球団が強行指名してくるという噂を掴んだ東京シャインズの吉崎は、すかさず腐れ縁の記者をハワイへ派遣する。
嘘の情報を流して他球団から手を引かせるためだ。まさに仁義なき情報戦。「大木はトレーニングの失敗から腰を痛めかけている。おネエちゃんと遊びまくって、体重もだいぶ増えて動きが鈍くなっている」なんて書きたてる週刊誌。「ハワイで遊びすぎ」の見出しが躍るスポーツ紙。大木の母は「まだ18の子やないの! そやからハワイ行かせるの反対やったのに!」と動揺する。大丈夫、これは嘘やから。しかし、帰国した記者は吉崎にこう言うのだ。

「作文にするまでもなく、奴は致命的な故障を抱えていたよ」
「えっ…?」

なんと情報戦ではなく、調べたらガチで大木は壊れかけていた。間が悪いことにシャインズは宿敵ジャガーズに日本シリーズ4連敗。これはもちろん90年日本シリーズの巨人が西武に4連敗した史実をなぞっている。
こうなったら今年は大学生の即戦力サウスポー、太平洋大学の三池(モデルは小池秀郎)を1位で行こう。マジかよ? 混乱する現場。

苦悩した吉崎はバッティングセンターでわざと死球を食らいまくり、鼻血を垂らしながら笑うのだ。そして、辞職願を懐に忍ばせ、ある行動に出る。果たして、浪人までした大木は無事にシャインズから1位指名されるのだろうか?

映画後半はまるで2011年秋に元巨人GM清武英利が起こした“清武の乱”を彷彿とさせる展開だ。
その生々しさは、NFLのドラフトを描いたケビン・コスナー主演の『ドラフト・デイ』とは対極にある。夢も希望もない。ただヒリヒリした現実だけがそこにある。最近の明るく楽しいプロ野球とは全くの別世界。90年代特有のいい加減さやユルさを、VHSのノイジーな画質で観るとまさに100分間の映画タイムトラベルが体験できる。

あなたも幻のビデオテープを求めて近所の古本屋やブックオフを探索してみてはいかがだろうか?
 

『ドラフト』
ビデオ発売日:91年4月1日
監督:小沼勝 出演:夏八木勲、坂上二郎、西川弘志、鈴木瑞穂、横内正
キネマ懺悔ポイント:45点(100点満点)
現実を忠実をなぞりながら、恐らく予算の関係でドラフト会議描写だけは89年から導入されたテレビモニターではなく、手書き垂れ幕の昭和のオールドスタイルだ。大木役で西川きよしの息子・弘志、酒場の軽いおネエちゃん役で蓮舫といった懐かしの俳優陣にも注目!
(死亡遊戯)

※イメージ画像はamazonよりドラフト [VHS]