上原晃氏は2年目の1989年途中から先発も「満足感がなかった」元中日投手の上原晃氏は1988年のルーキーイヤーにリリーフ投手として、チームをリーグ優勝に導いてブレークしたが、2年目の1989年は5月下旬から先発に転向した。「星野(仙一)監督には言いませんでしたけど、池田(英俊)投手コーチには『やっぱり先発がしたい』とずっと言っていたんです」。そんな希望がかなってのことだったが「いい思い出が残っていない」という
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上原晃氏は2年目の1989年途中から先発も「満足感がなかった」元中日投手の上原晃氏は1988年のルーキーイヤーにリリーフ投手として、チームをリーグ優勝に導いてブレークしたが、2年目の1989年は5月下旬から先発に転向した。「星野(仙一)監督には言いませんでしたけど、池田(英俊)投手コーチには『やっぱり先発がしたい』とずっと言っていたんです」。そんな希望がかなってのことだったが「いい思い出が残っていない」という