ギリシャ戦でも頭が冴えていた内田篤人に一縷の望み
小宮良之のブラジル蹴球紀行(6)
ギリシャ戦、有名ビール会社の冠がついたマン・オブ・ザ・マッチには本田圭佑が選出された。しかし雨のナタウで最もフットボーラーとして輝いていたのは、右サイドバックの内田篤人だったはずだ。
ギリシャは左サイドに長身でポストワークに優れ、かつスピードもあるサマラスを置き、起点にしようとしていた。内田はそのサマラスに対して適切な間合いを作りながら、前のポジションに入った大久保嘉人と連係し、ほぼ完璧に潰した。また、最高のタイミングで右サイド奥にボールを引き出し、いくつも決定的場面を作っている。香川真司からのスルーパスを受け、ファーポストの大久保に出したクロスは、この日、最もゴールに近づいたシーンだったと言えるだろう。
内田はサマラスを封じただけでなく、攻撃で相手の攻撃を押し返した。
「全体のバランスを考えながらやっていましたね」
ドローに終わった悔しさを滲ませ、淡々と語っていた彼の判断は、どれも拍手したくなるほどに正解ばかりだった。
とりわけ、カウンターへの対応は絶妙。味方が前線に打ち込んだくさびを、敵にインターセプトされた瞬間、彼は常にその前に立ち塞がっていた。大迫勇也の単純なミスパスから逆襲されそうになったときも、彼はもう一度ボールをカットしてカウンター返しを仕掛けている。
どこにボールがこぼれてくるのか――。
90分間、内田は何パターンもイメージすることを怠ることなく、瞬時に最善のポジショニングと予備動作をすることができる。所属するシャルケでは負傷に見舞われ、シーズン終盤に数ヵ月も実戦から離れることになったが、5月末のキプロス戦で復帰したばかりの選手と思えない。
感覚の狂いを修正できるだけの、知性を持っているのだろう。
「うっちー(内田)は、とても頭の良い選手という印象ですね」
ブラジルW杯開幕前にそう語っていたのは、横浜F・マリノスの右サイドバックで、昨季のJリーグ優秀選手を受賞した小林祐三だった。
「例えば左から攻めているとき、右サイドにいながら、どこにセカンドボールがこぼれてくるのか、常に計算していると思います。そしてそのほとんどが成功していますね。それに一般の人には分からないと思いますけど、うっちーは"相手にいい動きをさせない"というのがとてもうまい。相手の走力との兼ね合いだったり、重心のかけ方だったり、いろんなことを想像しているはずです。基本的に守備というのは、やり方を選べないものなんです。ただ、相手の良さを消すことで自分のタイミングで行ける、というのは必ずあると思うんですよ。その点がうっちーは優れているんだと思います」
ギリシャ戦も、内田の頭は抜群に冴えていた。
考えてみれば彼は、本田圭佑、長友佑都、香川真司以上の経歴と実力を持ち合わせた選手である。所属するシャルケの主力を担い続け、チームはチャンピオンズリーグでも上位に進出。高い水準の試合経験のおかげか、トップレベルでしのぎをけずってきた選手だけが見せる「余裕」までも感じさせた。
ギリシャの選手がかなりラフなプレイをしてきたときでさえ、内田は激高したりせず、笑顔で対処していた。また、転落した相手選手を気遣う場面もあった。相当な自信がなければ、なかなかできない行為である。
勇と仁を感じた。褒めすぎだろうか。
しかし勇を奮える人間でなければ、他者に対する慈(いつく)しみの心は生まれない。それは武士道にも通ずる。内田のプレイは賞賛に値するほど清々しかった。それはコートジボワール戦もほぼ同様だった。
日本代表に退路はない。前に進むだけの戦い。24日(現地時間)、クイアバでのコロンビア戦に向け、内田は一縷(いちる)の望みである。
小宮良之●文 text by Komiya Yoshiyuki