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グーグルもマイクロソフトもLinkedInも、世界中の知識労働者たちに自社のアカウントでログインしてもらおうと躍起になっている。

オフィスに到着後、コーヒーを淹れて席に座り、PCにログインする。世界中の知識労働者にとって、これはもはやルーティンワークの一部だろう。

仕事上でオンライン・ツールを使う機会が増えるにつれ、オフィスでログインするという行為も多くなる。大体いつも忙しい企業のIT管理者達は、一度のログインで複数のサービスを利用できる「シングルサインオン」と呼ばれる夢のようなシステムの実現を長らく待ち望んできた。いずれどこかのウェブ大手企業がログイン認証情報をクラウド上で管理し、IT管理者達の悲願を達成してくれることだろう。

現在、オフィスにおける個人認証の主導権を巡って3つの企業が熾烈な争いを繰り広げている。グーグル、マイクロソフト、LinkedInだ。

グーグルの手法

グーグルが我々のオフィスに侵入する作戦の要に据えたのは、同社の「Google Apps」だ。一人当たり月額5ドルで電子メール、クラウド・ストレージ、ドキュメントの共同作業その他が利用可能になる。そして、これらのサービスや他のグーグルと統合されているアプリにアクセスするためにはグーグル・アカウントが必要なのだ。(最近グーグルは、Google Appsをログインに利用する上で障害となるいくつかの問題を解決した)

サンダー・ピチャイはGoogle AppsとAndroidの有力なコンビネーションを監督する

企業にとってグーグルを採用する代償は、グーグルにイニシアチブを握られてしまうことだ。例えばGoogle+の強要である。Google+はオンラインで友達と繋がって情報を共有できるプラットフォーム(グーグルはこれをソーシャル・ネットワークと呼ばれることを好まない)で、企業にしてみればあまりオフィスに相応しいサービスとは言えないかもしれない。

ただグーグル・アカウントとAndroidアプリの連携については、業務のモバイル化を推進したいと考えている企業に対して良いアピールとなるだろう。一人当たり月額5ドルという価格も非常に魅力的だ。グーグルに残された課題は次の2点だろう。1つ目は社内での情報共有やビデオチャットがプライベートかつ安全に行えるビジネスに特化したバージョンのGoogle+を構築すること。そして2つ目は、個人用と仕事用両方のグーグル・アカウントを持つユーザにフラストレーションなくサービスを提供することだ。

マイクロソフトのクラウド戦略

ウェブ・ベースの生産性アプリではグーグルに先手を取られてしまったが、マイクロソフトも黙って見ている訳ではない。マイクロソフトにはExchangeメールやOfficeアプリという強力な切り札がある。そして現在、マイクロソフトはOfficeユーザーたちをこっそり同社の広大なオンライン・サービスに導こうとしているのだ。

マイクロソフトのサトヤ・ナデラは明確なクラウドのビジョンを持っている

1990年代、マイクロソフトは一つのアカウントで様々なウェブ・サービスにログインできる「ユニバーサル・ウェブ・ログイン」の実現を試みた。当時このプロジェクトは「Hailstorm」という名で知られ、その後Passportと呼ばれるようになった。やがてプライバシー保護や反トラストの活動家から厳しく反発され、マイクロソフトはこのプロジェクトから撤退することとなる。しかしこのPassportは実は密かに存在し続けており、今ではMicrosoftアカウントとなってWindowsへのログインに使われているのである。

このMicrosoftアカウントには、一般にはあまり知られていない企業版が存在する。それがWindows Azure Active Directoryだ。これまでマイクロソフトが企業に提供してきたアクセス管理ツールのクラウド版で、従業員のログイン情報はクラウド上の巨大なデータベースに保存される。Azure Active Directoryのアカウントは、Office365のユーザーになると自動的に付与される。

10月に開催されたマイクロソフトのプレスイベントの中で、同社のクラウド責任者であり次のCEO候補とも目されているサトヤ・ナデラは、マイクロソフトの強力なデスクトップ・ソフトウェア群とクラウド・サービスを統合させるという計画を発表した。

「Office365に登録した人は皆、Azure Active Directoryにも登録される。」とナデラは述べた。マイクロソフトは企業のIT管理者に対して旧来の自社運用型ディレクトリサーバーのアカウント情報をAzureと同期することを推奨しており、これによってマイクロソフトの管理するアカウントを増やそうとしている。

ナデラの構想は、「インターフェースを通じたアクセスが可能な、完全にプログラマブルな企業ディレクトリを、ソフトウェア・デベロッパー達に提供する」ことである。要するに、マイクロソフトのアカウントは仕事のメールやOfficeツールにログインするためだけのものではなくなり、我々はいずれ何百というサードパーティー製のアプリ(特にWindows8やWindows Phoneデバイス用のアプリ)にログインする際にもマイクロソフトのアカウントを使うことになるかもしれないのである。マイクロソフトは既にAzure Active Directoryを、Salesforce、Dropbox、Boxなどのアプリと連携させている。

マイクロソフトの小会社であるYammerからも目が離せない。Yammerは昨年マイクロソフトに買収されたオンライン・コラボレーション・ツールである。同社は買収される前、さまざまなアプリのログインでYammerのアカウントを使ってもらえるよう準備を進めていた。この計画は今後、マイクロソフトの下で再始動することだろう。Yammer独自のプロジェクトとして継続するかもしれないし、Azureに関する戦略に組み込まれる可能性もある。

LinkedInの新たなコネクション

LinkedInは今や単なる職探しのツールではない。このビジネスに特化したソーシャル・ネットワークは、ユーザーの日々の仕事を繋げるハブの役割を果たし始めているのだ。

現在、LinkedInユーザーの投稿内容は一般にも公開される仕組みになっている。しかし同社CEOのジェフ・ワイナーは、LinkedInの特別なバージョンについても言及している。現在同社の従業員が使っているというこのバージョンでは、公開範囲を社内に限定した投稿や共同作業が行えるという。まだ一般にはリリースされていないが、リリースされればマイクロソフトのYammerと直接競合するサービスになるだろう。

ユーザー同士の繋がりを見せるLinkedInのCEOジェフ・ワイナー

2013年、LinkedInは連絡先の管理機能といった新機能や多数のモバイルアプリをリリースしてきた。この中には議論を呼びそうなサービス「Intro」も含まれている(Introではユーザの電子メールの仲介役としてLinkedInが使われており、送信される全てのメールに送信者の詳細情報が追加される)。

またLinkedInは「Slideshare」というビジネス・プレゼンテーションの共有ツールや、友人や同僚が呼んでいるニュースを収集して閲覧できるキュレーション型のアプリ「Pulse」なども所有している。

Facebookアプリへのログイン・ツールに比べると認知度こそ低いが、LinkedInは同社のアカウントを使って第三者のアプリやサービスにログインできるプラットフォームの提供も行っている。

上記の全てを考え合わせると、LinkedInはマイクロソフトやグーグルとほぼ同じ戦力を持っていることになる。LinkedInも、ウェブで管理可能なビジネス用のアカウント、電子メールやアドレス管理ツール、情報共有のためのツールやサービスの提供が可能なのである。

加えてLinkedInには大きなアドバンテージがある。現代の仕事のスタイルにうまく順応しているという点だ。我々が仕事のメールをやり取りする相手は社内の人間だけではない。外注先やパートナー企業とも日常的なやり取りが発生するが、彼らのネットワークが我々と同一の「シングルサインオン」でアクセス可能なディレクトリにあるとは限らない。だが、LinkedInのアカウントならば彼らも持っているだろう。

各社の内外における戦い

マイクロソフトとグーグルが長年対立関係にあるのは周知の事実であり、両社は互いに互いの顧客を奪っては批判し合っている。これについてはどうでもいいが、マイクロソフトが今後もWindows Azure Active Directoryを同社のWindowsデバイス専用とするのか、それともAndroidの世界へ参戦するのかという点には興味をそそられる。同社の今後の展開は、Nokiaの端末事業を取り込んだデバイス部門の成果や、ナデラのクラウド陣営の成功にかかっているものと思われる。

グーグルも内部の戦いを抱えている。グーグル・アカウントというのは、Google+、Google Apps、Androidの全てが交差する場所だ。

グーグルCEOのラリー・ペイジは、Androidの責任者であったアンディ・ルービンを担当から外し、Google Appsの責任者であるスンダール・ピチャイに兼任させることで内紛を回避しようとした。また、Google+の責任者であるビック・グンドットラは、Google+をグーグルのプロダクト全体を覆う「ソーシャル・レイヤー」として位置づけているようだ。

しかし、ユーザが会社の内外でグーグルのサービスをシームレスに使えるようになるまでにはいくつかの大がかりな設計変更が必要となるだろう。グーグルの社員達にとっては大変な試練となりそうだ。

こうした状況はLinkedInにとって非常に都合が良い。LinkedInが幸運だったのは、同社がマイクロソフトでもグーグルでもないということだろう。同社は既にアップルと良好な関係を築いており、LinkedInはMacOS Xのシステム内部にも入り込んでいる。残念なのは、この機能を使いこなす肝心のアプリがあまり見当たらず、せっかく良い足がかりを得ているにも関わらず世間の関心を集められていないことである。

参戦の機会を伺う競合たち

このマーケットに参入するチャンスは他社にもあるのだろうか。

有力な候補はTwitterだ。Twitterのログイン・オプションは、ニュースリーダー・アプリのような、利用者がコンテンツを作ったり共有したりするサービスで良く利用されている。既に多くの企業向けアプリがTwitterとの連携を行っている。多くのユーザー、特にジャーナリスト、マーケッター、有名人にとって、Twitterアカウントはオンライン上の人格とも言える重要な「顔」なのである。

しかし、Twitterのオープンな雰囲気は企業にありがちな隠匿的な体質にマッチしないかもしれない。例えるならTwitterはメガホンであって、インターホンではないのだ。

他に注目すべきなのはSalesforceだ。2012年に同社はID管理ソリューション「Salesforce Identity」をローンチしており、数ヶ月前にはアプリ開発者にもこのサービスを公開している。グーグルやマイクロソフトのようにアカウントそのものを提供するわけではなく、複数のオンライン・アカウントをつなげるブリッジ的なサービスに過ぎないが、今後サービスの幅を広げる可能性は十分に秘めている。

一つはっきりしているのは、我々知識労働者の仕事がオンラインにシフトしていくにつれ、アプリケーションにログインするという行為の重要性がますます高まっていくということだ。我々のIDをチェックする者を単なる「門番」だと思うのはもはや正しくない。彼らが手にしているのは、次世代の主要な企業アプリの顧客になるかもしれない何億ものユーザーに繋がる鍵なのである。オフィスでのログインを巡る問題は、従業員やIT管理者はもちろん、アプリ開発者も巻き込む争いに発展するだろう。これは壮大な戦いになりそうである。

トップ画像提供:wonderferret(Flickrより)

Owen Thomas
[原文]