『文章読本さん江』(斎藤美奈子/ちくま文庫) 文庫版にはデジタル時代の文章読本について追記あり。文章読本の闇を暴く小林秀雄賞受賞作。

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文章を書くときに役立つシリーズ第二弾。
記事「文章を書き終えたらチェックすべき17ポイント」につづいて、文章を書くときに参考になる名著を紹介する。
文庫で手軽に入手できるものから3冊選んだ。

■本多勝一『日本語の作文技術』(朝日新聞社)
「事実的」「実用的」な文章のための作文の技術をていねいに解説した本。最初に、“目的はただひとつ、読む側にとってわかりやすい文章を書くこと”と言い切る。
これほど論理的な文章読本は、他にない。
たとえば、第二章。次のような例文が登場する。
“私は小林が中村が鈴木が死んだ現場にいたと証言したのかと思った。”
この文の修飾・被修飾関係を図解した後に、
“鈴木が死んだ現場に中村がいたと小林が証言したのかと私は思った。”
と語順を正す。だいぶ分かりやすくなる。
凡庸な本なら、この後に「語順に注意しましょう」と警告をつけて、終わりだ。
だが、本多勝一は、さらに踏み込む。
“こういう極端な例をみると「まさかこんなひどい文を……」と思われるかもしれない”と前置きした上に、朝日新聞から、同様の例を引いてくる。そして語順をただし、論理的な欠陥を修正する。
その後も容赦ない。
大江健三郎のエッセイを引用し、“良い悪いを論ずる自信は私にはない”としたうえで、“「わかりにくい文章」であることには違いない”と断定し、化学構造式風に、その入り乱れたわかりにくさを図示する。
さらに次章で、「では、どうすればわかりやすい語順になるのか」を検証し、たった4つの原則に集約する。
明瞭さ、クリアさは、抜群で、これを読んで習得したあとは、世の中にはびこるわかりにくい語順を、がんがん正して悦に入ってしまう誘惑に抗えない。
第四章は、「句読点のうちかた」。ここでも、あくまでも「読みやすさ」が優先され、誤読されないように導かれる。
テンの打ち方が圧巻(映画ならはやくもクライマックスという感じ)。
多彩な例文を検証したすえに、登場する原則は二つ。
第一原則 長い修飾語が二つ以上あるとき、その境界にテンをうつ。(重文の境界も同じ原則による。)
第二原則 原則的語順が逆順の場合にテンをうつ。
この原則以外は“筆者の考えをテンにたくす場合として、思想の最小限を示す自由なテンがある”が、それ以外は「いいかげんなテン」として成敗される。
たとえば、
“わたしをつかまえて来て、拷問にかけたときの連中の一人である、特高警察のミンが、大声で言った。(『世界』一九七五年6月号一〇五ページ)”
という文が引用され、“すべて不要なテンだろう”と指摘する。
修飾句の後の不要なテンは世の中に氾濫していて、この指摘を読んだ後は「あ、ここにも。あ、ここにも」と見つけてしまう。

目次を引用しよう。以下のような内容で、書き手の無神経さを糾弾していく。

【目次】
第一章 なぜ作文の「技術」か
第二章 修飾する側とされる側
第三章 修飾の順序
第四章 句読点の打ち方
第五章 漢字とカナの心理
第六章 助詞の使い方
 1 象は鼻が長い -題目を表す係助詞「ハ」
 2 蛙は腹にはヘソがない -対照(限定)の係助詞「ハ」
 3 来週までに掃除せよ -マデとマデニ
 4 少し脱線するが… -接続助詞の「ガ」
 5 サルとイヌとネコとが喧嘩した -並列の助詞
第七章 段落
第八章 無神経な文章
 1 紋切り型
 2 繰り返し
 3 自分が笑ってはいけない
 4 体言止めの下品さ
 5 ルポルタージュの過去形
 6 サボリ敬語
第九章 リズムと文体
 1 文章のリズム
 2 文豪たちの場合
第一〇章 作文「技術」の次に
 1 書き出しをどうするか
 2 具体的なことを
 3 原稿の長さと密度
 4 取材の方法
メモから原稿まで

■鶴見俊輔『文章心得帖』ちくま学芸文庫)
“良い文章を書くようになりたいという理想を、この文章教室に来た人と共有している。”
文章教室で話したときの記録集で、とても読みやすい。
文章を書く上で大事なことを著者は、こう語る。
“まず、余計なことをいわない、ということ。次に、紋切り型の言葉をつきくずすことだと思う。”
この「つきくずす」が、いい。
しかも、その後に、“いくつか制限”を加える。
まず、子供。
“子供が紋切り型の言葉を使うときは、躍動があって、自由な生命の動きというものがある。だから、テレビとか映画を見ていても、赤ン坊がでれば、どんな名優だって完全にくわれてしまう。一つ一つのきまりきった言葉の言い方が、きまりきっていない。”
もうひとつは、老人。
“老人になって力が衰えてくると、もう一度でてくると思う。(…)衰えていって、最後は消えてなくなるんだけれども、よろめきながら紋切り型を言うのには、赤ン坊が言うのといくらか似ていて、ちがう味わいがある。その段階では紋切型を言うことは、表現の重要な道筋になっている。”
そうじゃない大人は“紋切型とたたかうということが、一つの重要な目標に”なるということが、やさしい語りからしっかりと伝わってくる。

【目次】
まえがき
一 文章を書くための第一歩
紋切り型の言葉について
三つの条件
「書評」の書き方
情報量の少ない文章
自分らしい本の読み方
二 見聞から始めて
原体験と体験のちがい
いい文章の目安
結びの文章を工夫する
三 目論見をつくるところから
文章を書くことは選ぶこと
本のタイトルと目次
目論見の成功と失敗
四 文章には二つの理想がある
はじめての文体の魅力
適度な簡潔さが基準

■斎藤美奈子『文章読本さん江』(ちくま文庫)
“この『文章読本さん江』の誕生によって、我が国におけるすべての「文章読本」はその息の根を止められたのである。”と高橋源一郎が評した本だ。
谷崎潤一郎の『文章読本』からスタートし、さまざまな「文章読本」を読み解き、容赦なくやさしい蹴りを入れる。オススメした『日本語の作文技術』と『文章心得帖』も斬られている。
専任講師を務めている「宣伝会議編集ライター講座上級コース」でも、最初の課題図書にしている。本書を読んでおくと、へんな文章技術に惑わされて、とんでもないところに迷い込まなくてすむからだ。
“持てる者である彼らには、持たざる者の衣装(文章)が礼を逸して見える。文章の世界を下から上へ昇ってきた彼らには、「横の多様性」より「縦の序列」が気になるのだ。
しかし、好むと好まざるとにかかわらず、縦の序列で文章を計るやり方はやがて古びる。というかすでにダサい。双方向型のメディア社会で求められるのは、舞台の上でフラッシュを浴びるためではない、コミュニケーション型の文章であるはずだ。”P336
いかに「文章読本」たちがいかに類型的で、ピント外れなことをやってきたかがスッキリとわかる凄い一冊。小林秀雄賞受賞。

【目次】
1 サムライの帝国
書く人の論理─文章読本というジャンル
静かな抗争─定番の文章読本を読む
2 文章作法の陰謀
正論の迷宮─文章読本の内容
階層を生む装置─文章読本の形式
修行の場─文章読本の読者
3 作文教育の暴走
形式主義の時代─明治の作文教育
個性化への道─戦前の綴り方教育
豊かさの中で─戦後の作文教育
4 下々の逆襲
スタイルの変容─文章読本の沿革
様々なる衣装─文章読本の行方

本多勝一『日本語の作文技術』(朝日新聞社)、鶴見俊輔『文章心得帖』(ちくま学芸文庫)、斎藤美奈子『文章読本さん江』((ちくま文庫)オススメです。
(米光一成)