『雨宮鬱子の証券会社で働いたらひどい目にあった』雨宮鬱子/宙出版

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『雨宮鬱子の証券会社で働いたらひどい目にあった』。タイトル通り、証券会社勤務の雨宮鬱子がうつ病になるという作者自身の体験談を元にしたストーリーの漫画だ。今や働く人のうつ病は大きな社会問題である。試しに「うつ病 働く」というワードでGoogle検索したら約436万件もヒットした。厚生労働省が働く人向けに作ったメンタルヘルス・ポータルサイト「こころの耳」なんてもののある、そんな時代なのだ。

本書は、同名タイトルのブログがWEBマンガを発掘して書籍化する宙出版の「第9回ネクスト大賞」期待賞を受賞し、書籍化されたものだ。トーンは使わず、おそらくペンだけで描かれた荒削りの絵だが、内容にぐんぐん引きこまれる。

ある日の朝、雨宮鬱子が出勤しようと家のドアに手を伸ばすが、その手が震える描写から始まる。なんとか電車に乗るも吐き気がひどく、途中の駅で嘔吐。翌朝は家で吐いて会社を欠勤。それ以外にも食欲がほとんどなく、夜になると「こわい」という思いに襲われパニックになる。何がこわいかというと「休んだら課長になんて言われるか」。この課長が何ともいえない曲者なのだ。

43歳独身の女性課長は、一見「飾らない」「男っぽい」「さばさばした」性格だ。しかし鬱子の前では豹変する。例えば彼女が嘔吐で遅刻をした時は、経緯を一分単位で尋問する。仕事でミスをした時は「アンタの言うことは訳わかんないのよ」と言いながら頭をかきむしる。飲み会の席では既婚の鬱子に「ヒヨッコのくせに結婚して」「器用だったらもっと仕事できてるはずよね」「そのダンナ(中略)甲斐性なしじゃないの?」とズバズバ。当然ながらそんな課長をちっとも尊敬できない。

さまざまな症状に苦しむ雨宮鬱子は、最初に行った病院で適当な態度の医師に「発達障害」と何の根拠もなく決めつけられ、課長をはじめとする先輩からは「ゆとり」「甘え」扱いされるが、セカンドオピニオンを求めて行った病院の医師に「うつ病」だと診断される。モンスター上司にパワハラまがいの言動をされれば、うつ病になることもあるだろう。この場合、一見すると完全に課長が悪いように思える。

しかし、ここで被害者モードにならないのが本書の特徴だ。本書の冒頭で著者=雨宮鬱子はこう言っている。
「私がこの漫画を描くのは『つらかった』とか『ひどい職場だった』ということをアピールするためではない(中略)自分を責め 他人を責め 人が一人働けなくなる これは今の日本で決して少なくないようだから その一例として私の考えを知ってほしい」

彼女の考えを2つのワードでまとめると、「ほうれんそう」と「考えることをやめない」ということになる。彼女は「自分にも足りない部分があった」のではないだろうかと徹底的に考え抜く。その結果が「ほうれんそう」だった。

「ほうれんそう」とは、報告・連絡・相談のことだ。
「分からないことは分からないとはっきり言う」
「『あとでやろうと思っていた』系の言葉を言わない」
「どんな些細なことでも自分で判断せず、上司に確認する」
多くの会社で当たり前のように言われていることだが、雨宮鬱子は自分がこれらのことをまったくできていなかったことに気づく。

たとえば、独断で営業し、その販売トークを課長に聞かれて「なんで自分が分からない商品をお客様に案内しようとするの!」と叱られる。「そうやって自分の判断で行動していつも失敗してるんじゃない!」などと言われる場面が多々あるのだ。

つまり、雨宮鬱子は「私はモンスター上司に追い込まれてうつ病になったけど、もし私がほうれんそうがちゃんとできていれば、課長と上手くやれたし、うつ病にまで追い込まれなかったかもしれない」と考えたのだ。これ、なかなかできないことだと思う。

実をいうと筆者は、雨宮鬱子と似た経験をしたことがある。鬱子と同じく上司に対して「ほうれんそう」がまったくできていなかった。言うことがコロコロ変わる(と感じていたが、今思えば臨機応変な態度だった)上司についていけず空回りし続けていた。その上司に陰で「あいつマジ使えねえな」と言われていたことを知ると、朝起きると頭痛や腹痛に襲われた。会社に欠勤の連絡をすると軽快するので、「学校をズル休みする小学生みたいだなぁ」と思っていた。

雨宮鬱子が会社の最寄り駅を通過する時に会社の人に会うんじゃないかとドキドキしたり、テレビを見て上司にそっくりな人が出ていると辛くなったりするシーンは、彼女の気持ちが手に取るように分かった。でも、私は「ほうれんそうができていればよかった」なんてとても思えなかったな……。とにかく上司憎しで、「嫌いな人 呪う方法」とかいうワードでGoogle検索していた記憶がある。今思えば黒歴史でしかない。

雨宮鬱子は最後にこう述べている。
「人間が一番避けなければいけないのは壊れてしまう事だ 自分の力で選択する事は 自分を守ることだった」
「自分に何も無いと思いこむことは怖い(中略)だから人は思考を止めてはいけない 思考を止めるのは自ら奴隷に甘んじる人間だけだ 人の行動は思考から生まれるのだから」。おお、なんと前向きな雨宮鬱子! ラストカットは家の扉を開け、外に出ていくというものだ。最初のカットとは対照的である。

「なんでこんなに頑張ってるのに報われないの?」「また上司に怒られたよ……」という方は、ぜひ本書を読んでいただきたい。そして「雨宮鬱子は『ほうれんそう』と『考えることをやめない』が解決策だったけど、自分の場合はなんだろう?」と考えていただきたい。そうしたらいつかきっと、胸を張って出勤できる日がくるに違いない。
(坂本茉里恵)