森見登美彦さんが8割、僕が2割で京都を焼け野原にした。万城目学に聞く『とっぴんぱらりの風太郎』1
万城目学は『鴨川ホルモー』などの関西の都市を舞台にした青春小説で読者に支持されてきた作家だ。その万城目が2年ぶりに世に送り出した『とっぴんぱらりの風太郎』は、なんと戦国時代末期を舞台にした時代小説だった。主人公の風太郎は忍者!
でも、なぜ万城目学が忍者小説を?
その謎について作者を直撃してまいりました! 前後篇のインタビュー、どうぞご期待ください。
───万城目さんはデビュー作から青春小説を書き続けておられますが、内容には伝奇ロマンの匂いがするものが多かったように思います。実はそういう傾向の読書体験をされてきた方なのではないか、と思っていたのですが、この想像は当たっていますか?
万城目 小学校のころに読んだ冒険ものとかのテイストが強いと思うんですよ。よく山田風太郎とか、半村良さんのお名前を出していただくんですが、子供のころには読んだことが無かったです。大人向けの伝奇小説って、僕が十代のころにはあまり無かったですし。触れる機会がありませんでした。
───ということは、この現代の伝奇ロマン的な作風というのは読書の影響ではなくて、万城目さんの中からでてきたものなんですね。
万城目 別に空想癖ってわけじゃないんですが、昔から変なことを考えるのはすきでした。そこに小説をくっつけるという発想はなかったんですね。大学3年生くらいから小説を書き始めたんですけど最初はずっと純文学を書いていました。新人賞に応募して1次選考も受からないような感じの代物です。29歳のときに、そろそろ諦めて就職しなきゃ、って局面になったんですが、今までのやりかたはだめだったから違うことをしてみようと思って、そのとき初めていつも空想しているような変なことを積極的に入れてみたたんですよ。そうすると話を書いていても楽しいし、中身もちゃんとしてる気がする。そうやって書いた『鴨川ホルモー』を出したらすごく評価されて、これが自分の形になるのかなあと。そういう手応えですね、最初はあやふやな感じで始まりました。
───作家の中には、自分は怖いものが好きだからホラーを書く、という風に嗜好と作風が直結している方もいらっしゃいますが、そうではなくて習慣としての空想と小説執筆をつなげてみようと思ったっていうのはおもしろいですね。
万城目 趣味で言えば、高校くらいのときには歴史小説とか時代小説が好きでした。父親が読んだ本をどんどん本棚に置いていくので、司馬遼太郎とか山岡荘八、吉川英治が家にたくさんあったんです。それを読んだんです。中学のときに『徳川家康』全26巻を読みましたが、でも、いきなりあれを書きたいとは思わないですよね(笑)。そのうち、中島敦とか菊池寛の歴史を題材にした短篇をかっこよく感じるようになって、こういうのが書きたいと思って小説を書き始めたんですけど、全然無理でした。
───いつかはそういうものを書きたいという気持ちはあったんですか?
万城目 そうですね。純文っぽいやつ、かつ王朝ものみたいな。でもデビューして冷静に考えると、あれは100年前にはやったムーブメントじゃないか、という気がしてきたんですよ。だから今単純に真似をしてもだめかもしれない、と。
───昭和・大正の文人が書いたから意味があったと。
万城目 いろいろな小説のパターンが生み出されていた時代に、一瞬そういう歴史小説が流行ったんだと思うんですよ。決して作家のほうもその作風ばかりに固執した様子もないし、実際に、ある時期に質の高いのがぽつんぽつんと書かれたきりのようにも見えるんです。だから、そこにこだわりすぎても袋小路に入る気がしました。
───『とっぴんぱらりの風太郎』特設サイトのQ&Aでは「いつかは時代小説をお書きになりたい」と答えられていましたよね。
万城目 大学を卒業してから2年間働いて26歳で辞めたんです。29歳で『鴨川ホルモー』を書くまでは書いちゃ送り、書いちゃ送りっていう生活だったんですが、時代小説も送ったことがあるんですよ、500枚くらいの。家出した福井県の農民の子供が姉川の合戦にいって殺されそうになって、30年かかって村に帰ってくる、というつまらない話なんですが(笑)。当時は常に戦があったから、毎度傭兵として雇われる人たちからすれば、またこいつと同じ陣で顔を合わせてしまった、っていうのがあったと思うんです。あの男と同じ組になると絶対負け戦になるみたいな。
───相性が悪い相手が。
万城目 そう。それで姉川の合戦から30年後に関ヶ原の戦いになったときに、主人公の前に30年前と全然変わっていないそいつがいて、という話です。
───面白そうじゃないですか。
万城目 そうかなあ(笑)。常に負ける側に入ってしまって、主人公があたふたするという話なんですよ。俺はこんなもんじゃない、って諦めきれずに村には帰らず放浪して関ヶ原でも負けてついに福井に戻る。それで自分の家の前の田んぼを見たら、そこにすっかり小さくなったお母さんがいて……そういうエンディングでした。どんなものですか、プロの目から厳しく言うと(笑)。
───いや、本当に面白そうに聞えますよ。
万城目 でも、全然王朝ものじゃないですね。世相もあったのかな、自分と同じぐらいの年齢の男を主人公にして、うまくいかない話を書きたかったわけです。
───今から10年くらい前、社会がだんだん不景気になっていったころですよね。
万城目 会社でも負けの空気があらゆるところにはびこってました。2000年代の前半かな。あのころ、何か考えるとしたらそういう空気を基軸にするしかなかったんですよね。どういうのを書けば勝ちに持っていけるのかすらわからなかったですし。
───その習作の戦国時代という設定は、合戦で負かされるイメージが書きやすかったからですか?
万城目 なんで戦国にしたのかな(笑)。
───『とっぴんぱらりの風太郎』には、今うかがったのとちょっと共通する空気を感じます。以前の習作を引きずっている部分はないんですか?
万城目 ないとは思います。ただ、あのときに500枚も書いて練習しているわけで、いわばペーパードライバーというか、一応免許はある、みたいな感じだったんですよ。だから初めて時代小説を書いてる感覚ではなかったんです。あのときは一応最後まで書ききったし、資料を集めて書いてみるというのはどういうことか、というのも経験しましたからやっておいてよかったですね。
───今回の作品では、時代小説という枠組みと、風太郎というキャラクターとでは、どちらが先行してあったんでしょうか。
万城目 週刊誌連載だったんですが、前回の『偉大なるしゅららぼん』を書き終えて3ヶ月くらいで取り掛かっているんです。とにかく連載がスタートするというので、準備する暇もほとんどなく。そろそろ時代小説やりたいなっていうのはありましたが、こんな不十分な状態で時代小説をやるなんて自殺行為じゃないのかな、と思いつつも他に何かあるわけでもないし、腹をくくって始めました。
───最初は伊賀忍者の里で話が始まって、ちょっとした事件があってから京に出ていきますよね。
万城目 これまでの自作品で、話が始まるのが遅い、とか言われるのが気になるもので、まずは動かそうかと(笑)。ロバート・レッドフォードが出演した『スニーカーズ』という映画があるんですけど、そのオープニングでハッカー集団がだーっと銀行か何かにサイバー攻撃を始めるんです。でもそれは実は犯罪そのものではなくて、セキュリティプログラムをチェックするための演習なんです。そうやって、登場人物たちがどういう技術を持っているかも見せているんですね。それを使おうと思いました。
───そもそも、なんで主人公は忍者なのでしょうか?
万城目 『鴨川ホルモー』あたりの、大学生のぼんやりした会話とか、ああいう気楽で楽しい雰囲気を書きたかったんですね。でも、もう現代の京都には、他に書くところがないんですよ。僕が2割、森見さんが8割やり尽くしたというか……森見先生が焼け野原にしてしまったんで、もうないんですよ(笑)。
───京都が舞台で学生が主人公の話はもう書けない(笑)。
万城目 書きたいんですけどね。じゃあどうしたらいいかな、と考えて、街の風景は何百年も前からあまり変わってない京都を舞台にして、時代だけ昔にスライドさせたら大学生みたいなふんわりした話が書けるんじゃないかなと。で、どの時代に焦点を合わせたら今の大学生みたいな主人公を設定できるかな、と考えて、平和になったせいで仕事がなくなった忍者だったら、なんもやることがなくて鴨川ぶらぶら歩くとか、そういうシーンが書けるかなと思ったんですね。
───とりあえず京都の街をぼんくら学生に歩かせたかったと。
万城目 そうですね。
───今のお話を伺っていて思ったんですけど、読者は作家が思うほど繰り返しを気にしていないはずなんですよ。もう『ホルモー』シリーズでいいよ、という人もいると思う。でも書き手としては、それはやっぱり嫌なんでしょうか。
万城目 ストーリーが無いとだめですね。大きなストーリーの中で面白い、楽しい会話をさせたいんです。それが思いつけたら、また現代の京都でもいいんですけど、今のところはないな、と。
───ストーリー無しでとりあえず主人公を動かしてみよう、という風なのはだめですか。
万城目 僕は完全にストーリー優先ですね。そこから逆算して、男は何人、女は何人みたいな感じでキャスティングして登場人物を設定していくんです。
───話の枠組みが先なんですね。今回はそのあとに風太郎をまず設定して、その他に必要な登場人物をはめこんでいった感じですか?
万城目 そうです。あともう一つは、戦国時代の話だから現代では書けないようなものを書こうという意欲がありました。僕の中の忍者のイメージって、非常に悲哀の色の強い存在なんです。そこはストーリーに重ねていきたかった。
(杉江松恋)
後編に続く
でも、なぜ万城目学が忍者小説を?
その謎について作者を直撃してまいりました! 前後篇のインタビュー、どうぞご期待ください。
───万城目さんはデビュー作から青春小説を書き続けておられますが、内容には伝奇ロマンの匂いがするものが多かったように思います。実はそういう傾向の読書体験をされてきた方なのではないか、と思っていたのですが、この想像は当たっていますか?
万城目 小学校のころに読んだ冒険ものとかのテイストが強いと思うんですよ。よく山田風太郎とか、半村良さんのお名前を出していただくんですが、子供のころには読んだことが無かったです。大人向けの伝奇小説って、僕が十代のころにはあまり無かったですし。触れる機会がありませんでした。
───ということは、この現代の伝奇ロマン的な作風というのは読書の影響ではなくて、万城目さんの中からでてきたものなんですね。
万城目 別に空想癖ってわけじゃないんですが、昔から変なことを考えるのはすきでした。そこに小説をくっつけるという発想はなかったんですね。大学3年生くらいから小説を書き始めたんですけど最初はずっと純文学を書いていました。新人賞に応募して1次選考も受からないような感じの代物です。29歳のときに、そろそろ諦めて就職しなきゃ、って局面になったんですが、今までのやりかたはだめだったから違うことをしてみようと思って、そのとき初めていつも空想しているような変なことを積極的に入れてみたたんですよ。そうすると話を書いていても楽しいし、中身もちゃんとしてる気がする。そうやって書いた『鴨川ホルモー』を出したらすごく評価されて、これが自分の形になるのかなあと。そういう手応えですね、最初はあやふやな感じで始まりました。
───作家の中には、自分は怖いものが好きだからホラーを書く、という風に嗜好と作風が直結している方もいらっしゃいますが、そうではなくて習慣としての空想と小説執筆をつなげてみようと思ったっていうのはおもしろいですね。
万城目 趣味で言えば、高校くらいのときには歴史小説とか時代小説が好きでした。父親が読んだ本をどんどん本棚に置いていくので、司馬遼太郎とか山岡荘八、吉川英治が家にたくさんあったんです。それを読んだんです。中学のときに『徳川家康』全26巻を読みましたが、でも、いきなりあれを書きたいとは思わないですよね(笑)。そのうち、中島敦とか菊池寛の歴史を題材にした短篇をかっこよく感じるようになって、こういうのが書きたいと思って小説を書き始めたんですけど、全然無理でした。
───いつかはそういうものを書きたいという気持ちはあったんですか?
万城目 そうですね。純文っぽいやつ、かつ王朝ものみたいな。でもデビューして冷静に考えると、あれは100年前にはやったムーブメントじゃないか、という気がしてきたんですよ。だから今単純に真似をしてもだめかもしれない、と。
───昭和・大正の文人が書いたから意味があったと。
万城目 いろいろな小説のパターンが生み出されていた時代に、一瞬そういう歴史小説が流行ったんだと思うんですよ。決して作家のほうもその作風ばかりに固執した様子もないし、実際に、ある時期に質の高いのがぽつんぽつんと書かれたきりのようにも見えるんです。だから、そこにこだわりすぎても袋小路に入る気がしました。
───『とっぴんぱらりの風太郎』特設サイトのQ&Aでは「いつかは時代小説をお書きになりたい」と答えられていましたよね。
万城目 大学を卒業してから2年間働いて26歳で辞めたんです。29歳で『鴨川ホルモー』を書くまでは書いちゃ送り、書いちゃ送りっていう生活だったんですが、時代小説も送ったことがあるんですよ、500枚くらいの。家出した福井県の農民の子供が姉川の合戦にいって殺されそうになって、30年かかって村に帰ってくる、というつまらない話なんですが(笑)。当時は常に戦があったから、毎度傭兵として雇われる人たちからすれば、またこいつと同じ陣で顔を合わせてしまった、っていうのがあったと思うんです。あの男と同じ組になると絶対負け戦になるみたいな。
───相性が悪い相手が。
万城目 そう。それで姉川の合戦から30年後に関ヶ原の戦いになったときに、主人公の前に30年前と全然変わっていないそいつがいて、という話です。
───面白そうじゃないですか。
万城目 そうかなあ(笑)。常に負ける側に入ってしまって、主人公があたふたするという話なんですよ。俺はこんなもんじゃない、って諦めきれずに村には帰らず放浪して関ヶ原でも負けてついに福井に戻る。それで自分の家の前の田んぼを見たら、そこにすっかり小さくなったお母さんがいて……そういうエンディングでした。どんなものですか、プロの目から厳しく言うと(笑)。
───いや、本当に面白そうに聞えますよ。
万城目 でも、全然王朝ものじゃないですね。世相もあったのかな、自分と同じぐらいの年齢の男を主人公にして、うまくいかない話を書きたかったわけです。
───今から10年くらい前、社会がだんだん不景気になっていったころですよね。
万城目 会社でも負けの空気があらゆるところにはびこってました。2000年代の前半かな。あのころ、何か考えるとしたらそういう空気を基軸にするしかなかったんですよね。どういうのを書けば勝ちに持っていけるのかすらわからなかったですし。
───その習作の戦国時代という設定は、合戦で負かされるイメージが書きやすかったからですか?
万城目 なんで戦国にしたのかな(笑)。
───『とっぴんぱらりの風太郎』には、今うかがったのとちょっと共通する空気を感じます。以前の習作を引きずっている部分はないんですか?
万城目 ないとは思います。ただ、あのときに500枚も書いて練習しているわけで、いわばペーパードライバーというか、一応免許はある、みたいな感じだったんですよ。だから初めて時代小説を書いてる感覚ではなかったんです。あのときは一応最後まで書ききったし、資料を集めて書いてみるというのはどういうことか、というのも経験しましたからやっておいてよかったですね。
───今回の作品では、時代小説という枠組みと、風太郎というキャラクターとでは、どちらが先行してあったんでしょうか。
万城目 週刊誌連載だったんですが、前回の『偉大なるしゅららぼん』を書き終えて3ヶ月くらいで取り掛かっているんです。とにかく連載がスタートするというので、準備する暇もほとんどなく。そろそろ時代小説やりたいなっていうのはありましたが、こんな不十分な状態で時代小説をやるなんて自殺行為じゃないのかな、と思いつつも他に何かあるわけでもないし、腹をくくって始めました。
───最初は伊賀忍者の里で話が始まって、ちょっとした事件があってから京に出ていきますよね。
万城目 これまでの自作品で、話が始まるのが遅い、とか言われるのが気になるもので、まずは動かそうかと(笑)。ロバート・レッドフォードが出演した『スニーカーズ』という映画があるんですけど、そのオープニングでハッカー集団がだーっと銀行か何かにサイバー攻撃を始めるんです。でもそれは実は犯罪そのものではなくて、セキュリティプログラムをチェックするための演習なんです。そうやって、登場人物たちがどういう技術を持っているかも見せているんですね。それを使おうと思いました。
───そもそも、なんで主人公は忍者なのでしょうか?
万城目 『鴨川ホルモー』あたりの、大学生のぼんやりした会話とか、ああいう気楽で楽しい雰囲気を書きたかったんですね。でも、もう現代の京都には、他に書くところがないんですよ。僕が2割、森見さんが8割やり尽くしたというか……森見先生が焼け野原にしてしまったんで、もうないんですよ(笑)。
───京都が舞台で学生が主人公の話はもう書けない(笑)。
万城目 書きたいんですけどね。じゃあどうしたらいいかな、と考えて、街の風景は何百年も前からあまり変わってない京都を舞台にして、時代だけ昔にスライドさせたら大学生みたいなふんわりした話が書けるんじゃないかなと。で、どの時代に焦点を合わせたら今の大学生みたいな主人公を設定できるかな、と考えて、平和になったせいで仕事がなくなった忍者だったら、なんもやることがなくて鴨川ぶらぶら歩くとか、そういうシーンが書けるかなと思ったんですね。
───とりあえず京都の街をぼんくら学生に歩かせたかったと。
万城目 そうですね。
───今のお話を伺っていて思ったんですけど、読者は作家が思うほど繰り返しを気にしていないはずなんですよ。もう『ホルモー』シリーズでいいよ、という人もいると思う。でも書き手としては、それはやっぱり嫌なんでしょうか。
万城目 ストーリーが無いとだめですね。大きなストーリーの中で面白い、楽しい会話をさせたいんです。それが思いつけたら、また現代の京都でもいいんですけど、今のところはないな、と。
───ストーリー無しでとりあえず主人公を動かしてみよう、という風なのはだめですか。
万城目 僕は完全にストーリー優先ですね。そこから逆算して、男は何人、女は何人みたいな感じでキャスティングして登場人物を設定していくんです。
───話の枠組みが先なんですね。今回はそのあとに風太郎をまず設定して、その他に必要な登場人物をはめこんでいった感じですか?
万城目 そうです。あともう一つは、戦国時代の話だから現代では書けないようなものを書こうという意欲がありました。僕の中の忍者のイメージって、非常に悲哀の色の強い存在なんです。そこはストーリーに重ねていきたかった。
(杉江松恋)
後編に続く