図1

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ユーモアは、日本の職場ではまだ、不謹慎な印象があるかもしれない。ましてや、仕事ができる・できないにユーモアが関係すると言われても、ピンとこない人が大半だろう。

ところが、「ユーモア学」を専門とする文京学院大学大学院准教授の大島希巳江氏は、「ここ数年、日本でもビジネスにユーモアを活かすという考え方に注目が集まり始めている」と指摘する。

実は、ビジネスとユーモアの関係が深いことは、さまざまな研究で明らかになっている。大島氏が2006年に、東京都にある保険会社の営業担当者400人を対象に行った調査によると、ユーモア度が高い人ほど、営業成績がいいという結果が出た(図1)。ユーモア度は、「1+1=の答えを2つ以上出すことができる」「レストランの店員が自分のジーンズに水をこぼしたら気分を害する」など20項目からなるアンケートで測定。

「回答者のうち、営業成績がトップクラスで、ユーモア度が高い人数人に直接インタビューをしたのですが、第一印象はまったくおもしろそうな人ではありません。むしろ普通で、誠実そうな印象を与える人ばかりでした」(大島氏)。

しかし話をしてみると、共通点があった。表現力が豊かで洗練されており、ユニークな比喩表現が多い。難しい専門知識を、例えを使って説明するのに長けていたのだ。

大島氏は「ビジネスにおけるユーモアというのは、おもしろいことを言って相手を爆笑させることではありません」と言う。「ユーモアがある人は、語彙が多いだけでなく、場を読み、適切なところで適切なことを言うコミュニケーション能力も高い。また、視点の意外性が笑いを誘うというのがユーモアの本質なので、創造力と、意外な切り口からものを見ることができる頭の柔らかさが必要。これらはどれも、仕事の能力に直結するものです」と説明する。

インタビューに答えた成績の高い営業担当者は、たとえばこんな営業トークを披露してくれたという。

「この商品は、寿司ネタで言うと極上のトロ。私はガリです。トロのおいしさを引き立て、良さをわかっていただくためには私が必要なんです」

同じ商品を買うなら、こんなに楽しく、比喩表現を使いながらわかりやすく説明する営業担当者から買いたいと思うのが、顧客の心理だろう。

「ユーモアとはすなわち、物事を楽観的にとらえる力です」と話すのは、心理学者の内藤誼人氏だ。内藤氏も、ユーモア度や楽観性の高さは、仕事の能力に直結すると説く。

「ウィスコンシン大学のジェームズ・ブロンソンの研究ですが、1997年に起こった洪水で被災した約900社を対象に調査を行ったところ、オーナーの楽観性が高いほど、企業の業績が被災前のレベルに回復するまでのスピードが速いという結果が出ています。また、心理学者のマーティン・セリグマンの研究によると、政治、スポーツ、アカデミックのどの分野でも、明るい人ほど成功することがわかっています。セリグマン先生は言います。『選挙の候補者が2人いたとすると、僕はどっちが当選するのか予測できる。つまり、明るいほうが当選する』と」

悲観して「もうダメだ」と思ってしまうと、問題に積極的に取り組むことができない。ユーモアは、困難に直面した際の、問題解決力にも関係するのである。

「ほとんどの問題は、積極的にぶつかれば解決できるものです。ところが、多くの人は怖くてぶつかれない。ユーモアがある人は楽観的なので、問題を問題ととらえません。だからうまく乗り越えていけるのです」(内藤氏)。

アメリカでは、ユーモアと課題解決力の関係に着目して人材の採用を行っている会社があると大島氏は言う。高い利益率や顧客満足度で知られるアメリカの格安航空大手、サウスウエスト航空では、「ユーモアセンスがある」ことを採用の条件にしている。「ユーモアがある人は、変化対応力があり、プレッシャーの中でも落ち着いて行動できる」(大島氏)というのがその理由だ。

航空会社で、特にこの資質が重視されるのがパイロットだ。同社では、ある年のパイロット採用面接のときに、スーツを着た候補者を前にしてバミューダパンツを並べ、「そんな堅苦しい格好をしていないで、これに着替えたらどうだね」と勧めたという。怒って帰ってしまった候補者もいたが、喜んで着替え、ネクタイにバミューダパンツというおかしな格好で楽しみながら面接を受けた候補者は、全員採用された。

「パイロットの判断ミスは、ともすれば大事故につながります。ユーモアがある人は、何かあってもパニックに陥ることなく真正面から取り組むことができるうえ、チームワークの能力も高い。そのため、特にユーモアを重視したのでしょう」と大島氏。この航空会社は実際、事故が非常に少ないことでも知られている。

新しいアイデアを生み出す創造力にも、ユーモアは関係する。内藤氏は、「笑った後のほうが創造力が高まる」という研究結果を紹介する。

米国メリーランド州にあるバルチモア大学のアリス・アイセン博士が行った調査によると、

(1)コメディ映画を見て大笑いする、
(2)軽い運動をする、
(3)甘いキャンディを食べる、
(4)数学の講義の映像を見る、
(5)何もしない

という条件のうち、(1)の大笑いをした後が一番創造的になれることがわかった。何もしなかった場合に比べ、創造力テストの結果が3倍以上も上がったのだ(図2)。

「人間の物理的な視野は、悲観的になるほど狭くなることがわかっています。落ち込んでいる人ほど視野が狭くなるので、電柱にぶつかったり交通事故に遭ったりしやすくなるという悪循環に陥るのはそのせいです。反対に、楽観的だと視野は広くなります。笑って楽しい気分になれば視野が広がり、普段気付かないことにも気付くようになる。アイデアも湧き出すし、ビジネスチャンスも見つかりやすくなるのです」(内藤氏)

では、ユーモアセンスは鍛えることができるものなのか。大島氏も内藤氏もユーモアセンスは「1つのビジネススキル。後天的に身につけるもの」と断言する。

ユーモアセンスを身につける方法として大島氏が勧めるのは、発想の柔軟性と言語能力を高めるための訓練だ。「図3のようなパズルで、頭を柔らかくしてみましょう。『パイプ椅子の使い方を10通り考えてみる』なども、よい訓練になります。最初の3つ4つは簡単に浮かぶでしょうが、そこから先は絞り出さないと出てきません。常識を取り払うことを迫られるので、おもしろいアイデアが出るようになるのです」(大島氏)。

こうしたトレーニングは、問題にぶつかったときにいろいろな切り口で分析し、多くの解決策を考え出すことにも役立つ。

内藤氏は意外なことに、「相手にウケる冗談を言う必要はまったくない」と言う。

「人を笑わせることがユーモアの目的ではありません。まずは自分が楽しむこと。全然ウケないおやじギャグを連発してもいいんです。ギャグをたくさん思いつくということは、視野が広くて発想力があり、それを楽しめる楽観性があるということ。心理学者ならそんな人のことを、ユーモアがあって、仕事の能力も高いだろうと予測しますね」

心理学用語に、「感情感染効果」がある。人は目の前の人の表情に釣られてしまうのだ。「ウケないおやじギャグでも、自分が笑えば、相手も笑う。最初は演技でもいいので、いつも笑っていることを心がけましょう」(内藤氏)。

自分も周りも楽しい気分になり、仕事の成果も上がる。一石三鳥が狙えるのが、ユーモアなのだ。

(大井明子=文 AFLO=写真)