また荒川化学は、松ヤニの入手から化学製品製造までを一貫して行うメーカーであり、ロジンケミカル技術を用いた世界的な市場規模を持つ。

テルペンに関しても入手から蒸留、保存の取り扱いまでのノウハウを持っている。

今回、そうした両者の技術を組み合わせて、過酸化水素を利用した酸化技術によって、テルペンから高効率にテルペンオキシドを製造する新しい製造法が開発されたというわけだ。

今回の技術は「加水分解」(化合物と水が反応し、主に水が付加することによって構造が変化(分解)すること)しやすい化合物に対し、室温でも高い反応性を示す新規触媒とエポキシドを保護する添加剤とを組み合わせる方法を考案したことがキーポイントとなった。

この技術を用いることで、松ヤニを蒸留して得られるテルペンから加水分解性の高いテルペンオキシドが高効率に得られるのである。

テルペンの主成分である、炭素数10個からなる2つの環が組み合わさった環状化合物「α-ピネン」(画像4)を過酸化水素酸化技術によりエポキシ化する方法はこれまで多数報告されてきた。

しかし反応効率を高めるために、高価なレニウムを触媒に用いたり、有機溶媒を大量に使用するなど、コスト面や環境負荷の観点からそれぞれ問題があった。

α-ピネンが酸化(エポキシ化)されて生成する「α-ピネンオキシド」(画像4)は高機能電子材料の原料として期待されている化合物だが、テルペンオキシドの中でも極めて加水分解しやすいため、エポキシ化が極めて難しい1つである。

α-ピネンの実用的なエポキシ化法を実現するためには触媒に安価な「タングステン」を用い、有機溶媒を使用せず高効率にα-ピネンオキシドを製造できる新たな製造法を開発しなければならない。

ところが、一般に有機溶媒がない状態でα-ピネンを過酸化水素によって酸化すると、共存する酸性の水によって、生成したα-ピネンオキシドが加水分解してしまう(α-ピネンオキシドの収率0%、選択率0%)。

このため、過酸化水素を用いる高効率なα-ピネンのエポキシ化法の技術開発は停滞を余儀なくされていたのである。

今回、産総研はα-ピネンオキシドを加水分解から保護する添加剤を開発し、新たに開発された「三元系触媒」と組み合わせることで、α-ピネンオキシドの高効率製造技術を確立した。

触媒とは特定の化学反応の反応速度を速める、自身は反応の前後で変化しない物質のことをいう。

そして三元系触媒とは、機能の異なる3種類の触媒を組み合わせた触媒のことである。

過酸化水素による酸化反応で使用する三元系触媒の内訳は、通常は「タングステン触媒」・「アンモニウム塩」・「ホスホン酸」という組み合わせだ。

最近の研究ではタングステン触媒は直接的に過酸化水素によるエポキシ化の促進、アンモニウム塩は触媒の輸送、ホスホン酸はタングステン触媒活性化のサポート(助触媒)という役割を担っていると考えられている。

なお、これらの3成分の割合を最適化しないとエポキシ化反応が進行しない。

しかし、今回はより有効な三元系触媒を見つけるため、さまざまな組み合わせが検討された。

その結果、「タングステン酸ナトリウム(Na2WO4・2H2O)」・「メチルトリオクチルアンモニウム硫酸水素塩([CH3(C8H17)3]NHSO4)」・「フェニルホスホン酸(C6H5PO3H2)」の組み合わせからなる触媒が最適と判明したのである。

タングステン酸ナトリウムは過酸化水素によるエポキシ化を直接的に促進するタングステン触媒だ。

メチルトリオクチルアンモニウム硫酸水素塩は、過酸化水素水(水相)とテルペン(油相)の間を行き来し、触媒のタングステン酸ナトリウムを輸送する役割を担う。