昨日の深夜に、NHKで阪神タイガースの応援団に密着した20分間のドキュメントをやっていた。まだ矢野耀大が現役だったから、3年くらい前の取材だと思う。
応援団には様々な人間が集まっている。子供を連れて毎日のように通う親子連れ、応援するために仕事をやめた中年男、一緒に応援していた息子に先立たれ、一人でパート暮らしをしながら応援する熟年女性、エリート銀行マンを退職して応援団に入った男性(この人は大学教授だ)。「阪神の応援団には名刺はいりまへんねん」と言う言葉も心に響いた。

“阪神を応援する”というただ一事のために、すべてを擲っている人たちがいる。そこまではいかなくとも、選手ごとのコンバットマーチにあわせて踊ったり、メガホンを叩いたりするのが大好きな人もたくさんいる。球団もそういうファンのためにグッズを用意し、音楽やアナウンスでチアアップしている。7回のジェット風船は、そんな応援のハイライトだ。

NHKの番組は本当に良かったが、誠に申し訳ないが、私は応援団が嫌いだ。
一人ひとりは純真で、良い人なのかもしれない。フーリガンのようなならず者はほとんどいないと思うが、球場で感じる“我が物顔”の暑苦しさ、応援の手拍子を強要する厚かましさに、辟易してしまう。

30年ほど前までは、こうした巨大な応援団は阪神や広島など特定のチームだけだった。また、ホームチームだけでアウェーチームにはなかった。しかし、最近は全球団に数千人規模の応援団がいる。そしてホームでもアウェーでも応援の密度は変わらない。

結局約3時間の試合は、応援団の音によって仕切られ、支配されている。多くの人はそれが当たり前だと思っている。