1975年から1989年にかけて、佐賀県佐賀市を中心とした半径20キロという狭いエリアで、7人の女性が殺害された。そのうち6人が水曜日の夕方から夜に行方不明となり、5人の死因が窒息死だったことから「水曜日の絞殺魔事件」とも呼ばれるこの連続事件。いったい犯人はどこへ消えたのか……。

水曜日の絞殺魔

 事件の発端は1975年8月27日。

 北方町在住の中学1年生(当時12歳)が自宅から忽然と姿を消した。母親が帰宅した翌日未明、テレビと電気はついたまま、風呂場にはスカートが脱ぎ捨てられ、靴も残されていた。

 その行方がわかったのは実に5年後のことだ。1980年6月、小学校のプール横のトイレ便槽に石がぎっしりと詰め込まれているのが発見され、石をどかすと人骨が現れた。引き上げられたのは彼女の遺体だった。白骨化していたため死因の特定には至らなかった。


写真はイメージ ©getty

 さらに衝撃的なことに、その3日前、同じ学校の別のトイレの便槽からは、20歳の女性が全裸・仰向けの状態で発見されていた。顔が判別できないほど腐乱していたが、指紋から身元が判明。司法解剖の結果、首を絞められたことによる窒息死の可能性が高いとされた。2人の自宅はわずか4キロしか離れておらず、警察は同一犯による犯行と見た。

 捜査線上に浮かんだのは、被害者と交際していた無職の男だった。被害者と同じ小学校の出身で自宅も同校の近く、被害者の母親が働くクラブにも出入りしていた。しかし確たる証拠は得られず、追及は打ち切られた。

 事件はその後も続く。1981年には縫製工場の女性工員(当時27歳)が首に電気コードを4重に巻かれた状態で発見され、1982年には下校中の小学5年生が暴行を受けたうえ首にストッキングを巻かれて窒息死した状態で見つかった。

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 いったい誰が殺したのかーー。【本編はこちら】「奥さん、見つかったそうですね」被害者女性の夫にかかってきた“奇妙な電話”、警察は「ある男」を逮捕するが…《女性7人が死亡》佐賀で起きた連続殺人の「あまりに後味の悪いその後」(昭和50年の事件)

(「文春オンライン」編集部/Webオリジナル(外部転載))