首都圏でも隣接エリアでもない…ライフが最大263億円で"飛び地"北陸のアルビスを買収する本当の狙い

■突如名前が挙がった北陸のアルピス
食品スーパーの再編が、新しい段階に入った。ライフコーポレーションは9月8日、北陸を地盤とする食品スーパー、アルビスへのTOB(株式公開買い付け)を実施すると発表した。アルビスを連結子会社化する方針で、ライフにとって同業スーパーの買収は初めてとなる。
一見すると、大手スーパーが地方スーパーを傘下に収める、よくある業界再編に見える。しかし、今回のM&Aは少し違う。ライフの主力商勢圏は首都圏と近畿圏である。一方のアルビスは富山県を中心とする北陸が地盤で、すでに愛知県、岐阜県にも進出している。
しかも今回の買収によって、ライフとアルビスの売上高は単純合算で約9800億円となる。食品スーパーの「1兆円競争」という点でも象徴的な案件だ。
両社の店舗網はほとんど重ならない。これまで食品スーパーの出店やM&Aでは、既存の商勢圏を隣接地域へ広げていく考え方が基本だった。ところが今、大手スーパーは「隣」を取りに行くのではなく、商勢圏を飛び越えて、その地域ですでに強い企業を取り込もうとしている。
■スーパーはなぜ「隣」に出店してきたのか
食品スーパーの成長戦略を理解するキーワードが「ドミナント」だ。一つの地域に店舗を集中させることで、物流効率を高める。チラシやテレビCMなどの広告効率も上がる。店長や従業員の応援、人員配置もしやすい。
特に生鮮食品を扱うスーパーでは、物流センターから店舗までの距離が重要だ。そのため従来は、1店舗を出したら、その周囲へ2店舗目、3店舗目を出す。店舗網を点ではなく面にしていくことが成長の王道だった。
M&Aでも同じである。既存の商勢圏と隣接するスーパーを買えば、物流や仕入れを統合しやすい。
だが今回のライフとアルビスには、その地理的な連続性がほとんどない。これは食品スーパーの成長戦略が、「商勢圏をつなぐ」発想から「強い企業をつなぐ」発想へ移り始めたことを意味している。
■ライフの「二眼レフ」に三つ目の地域軸
ライフはこれまで、首都圏と近畿圏という二つの巨大市場を主戦場としてきた。一般的な食品スーパーが一つの地域から周辺へ商勢圏を広げるのに対し、ライフは東京圏と大阪圏という離れた二つの市場で店舗網を築いてきた。
いわば「二眼レフ」の経営だ。そこにアルビスが加わる。アルビスは北陸だけのスーパーではない。すでに中京圏へ店舗を出している。
もちろん、今回の買収を足掛かりとして、ライフが愛知県や岐阜県へ「ライフ」を大量出店すると発表したわけではない。しかし、「首都圏-北陸・中京圏-近畿圏」という広域展開への選択肢を持つことになる。
自前で新しい市場へ一店舗ずつ出店するには、土地を探し、店舗を建て、人を採用し、物流網を整えなければならない。いまは建設費も人件費も上がっている。
だったら、その地域ですでに店舗、人材、顧客、仕入れ先、物流網を持つ企業を買った方が速い。M&Aとは企業を買うだけではない。市場へ参入するまでの「時間」を買うことでもある。
■なぜアルビスの看板を残すのか
最近のスーパー再編には、もう一つ特徴がある。買収した会社を、自社ブランドへ全部塗り替えようとしないことだ。
これは食品スーパーという業態を考えれば合理的だ。スーパーは極めて地域性が強い。同じ魚でも、地域によって売れる種類やサイズが違う。総菜の味付けも違う。年末年始や盆などの食文化も違う。
長年その地域で営業してきたスーパーには、大手が簡単にはつくれない顧客との関係がある。だから看板まで消してしまう必要はない。商品や売場づくりでは地域スーパーの強みを残す。一方、商品調達、物流、システム、決済、AI、人材育成など、規模を生かせる部分はグループで共有する。
つまり、「会社を消す統合」ではなく、「個性を残して機能を束ねる統合」へと変わってきた。
■埼玉の雄ヤオコーも「飛び地」浜松へ
この動きを先取りしているのが、ヤオコーを中核とするブルーゾーンホールディングスだ。ヤオコーは埼玉県を中心とした関東の優良スーパーとして知られてきた。しかし現在のグループには、エイヴイ、せんどう、フーコット、文化堂などが加わっている。
さらに注目されるのが、愛知県東三河から静岡県浜松周辺に「クックマート」を展開するデライトホールディングスだ。埼玉を地盤とするヤオコーから見れば、愛知・静岡は「隣」ではない。
ライフ-アルビス。ブルーゾーンHD-クックマート。共通するのは、既存商勢圏から離れた場所にある強い企業を取り込んでいることだ。食品スーパー再編の「地理」が変わっている。
■「弱ったから売る」時代ではない
さらに重要なのは、売り手側の事情だ。M&Aと聞くと、経営が苦しくなった会社が単独で生き残れず、大手の傘下に入るというイメージが強い。
しかし、これから増えるのはむしろ逆だろう。元気なうちに「勝ち組」の陣営へ入る。文化堂やクックマートの動きは、その典型といえる。
地域に根を張り、顧客の支持を得ている。利益も出ている。それでも大きなグループに加わる。
なぜか。現在利益が出ていることと、10年後も単独で勝ち残れることは別だからだ。
人口は減る。人手不足は深刻になる。人件費も物流費も上昇する。店舗改装、物流センター、DX、AIなどへの投資額も増えていく。さらに経営者の高齢化や後継者問題もある。
ならば、会社が弱って企業価値が下がってから売るより、利益が出て、顧客や人材も残っているうちに有力企業と組んだ方がいい。これは極めて合理的な経営判断だ。
■「弱った会社」より「元気な会社」
買い手側から見ても同じだ。経営不振のスーパーを買収すれば、不採算店を閉鎖し、店舗を改装し、人員を再配置しなければならない。買収後に多額の再建コストがかかる。一方、地域で支持され、利益を上げている企業なら、店舗だけではなく、顧客、人材、商品、仕入れ先、地域で築いた信用をそのまま取り込める。
つまり、売り手も元気なうちに売りたい。買い手も元気な会社を買いたい。ここで利害が一致する。食品スーパーのM&Aは「弱者救済」から、強い企業同士が将来を見据えて組む再編へ変わってきた。
■会社の名前が残るのがうれしい
ブルーゾーンHD型の再編が興味深いのは、傘下企業の看板を必ずしも消さないことだ。文化堂は文化堂、クックマートはクックマートとして、それぞれ地域で築いたブランドや商品政策を生かす。いわば「連邦型」だ。
このモデルなら、中小・中堅スーパーのオーナーにとってM&Aへの心理的なハードルも下がる。「会社を売れば、自分が育てたスーパーがなくなる」のではない。「会社や店名を残しながら、大きな陣営へ参加する」という選択ができる。
非上場企業のオーナーにとっては、事業承継だけでなく資産承継という意味もある。株式交換などの手法なら、自社株を上場企業側の株式へ換えることも可能だ。会社や雇用を残しながら、創業家の資産承継も進める。大手グループへの参加は、そうした選択肢にもなり得る。
事業を残す。従業員の雇用を守る。取引先との関係を維持する。創業家の資産も次世代へ承継する。その解として大手グループへの参加を考える中小企業オーナーは、今後増えていくのではないか。
■「1兆円」を目指す理由は…
ここまで見ると、食品スーパーがなぜ規模を追求するのかという疑問が浮かぶ。2026年2月期のライフの売上高は8809億円。アルビスの売上高は約1000億円であり、単純合算すれば約9800億円になる。ブルーゾーンHDもグループ売上高1兆円体制を目指している。
「1兆円」を巡る競争が始まっている。しかし、これは売上高ランキングの順位争いではない。重要なのは、1兆円の販売規模がもたらす「調達力」だ。
スーパーは商品を仕入れて販売する産業だ。取扱量が大きくなれば、メーカーや卸売業者との商談力も大きくなる。PB(プライベートブランド)の商品開発でも、生産ロットを確保しやすい。包装資材、店舗設備、システム、決済、物流など、共同化によるコスト削減余地も広がる。

■インフレ時代に重要な調達する力
この調達力は、いま特に重要になっている。原材料価格、人件費、物流費、電気代、建築費。スーパーを取り巻くあらゆるコストが上がっているが、一方で消費者は物価高で節約志向を強めている。コストが上がったからといって、すべてを値上げに転嫁すれば客離れを招く。
スーパーにとって、「いくらで売るか」以上に、「いくらで仕入れるか」が重要になる。そして、さらにその先には、「いくらでつくるか」「いくらで運ぶか」という問題がある。
だから大手スーパーは規模を大きくしようとしている。
「安く売る力」の源泉は、「安く仕入れ、安くつくり、安く運ぶ力」にある。これこそ1兆円競争の本質だ。
■製販一体が求める垂直型M&A
そう考えると、ライフによるアルビス買収の次に何が起きるかも見えてくる。スーパーがスーパーを買うのは「水平的M&A」である。店舗数が増える。売上高が増える。商品調達量が増える。
しかし1兆円規模まで大きくなれば、次に経営者が考えるのは、「この巨大な販売力を、どう利益に変えるか」だ。
そこで視線は店舗からサプライチェーンの川上へ向かう。食品製造、生鮮加工、プロセスセンター、物流、原材料調達などが、その対象となる。今後は、「スーパー+スーパー」だけではなく、「スーパー+食品メーカー」「スーパー+食品加工会社」「スーパー+物流会社」といった垂直的なM&Aが増えていく可能性がある。
ライフ自身も、今回のアルビス買収を巡る説明の中で、スーパーマーケットだけでなく、食品製造や調達機能を強化する川上領域をM&Aの対象として挙げる。これは見逃せない。
■1兆円企業は「つくる側」移行する条件
販売規模が大きくなれば、製造機能を自ら持つ合理性も高まる。例えば総菜だ。各店舗で加工していた作業の一部を食品工場やプロセスセンターへ集約すれば、人手を減らしながら品質を安定させることができる
精肉や鮮魚でも同じだ。店舗ごとに専門技術者を配置するより、センターで加工した方が効率は良い場合もある。
PBも重要になる。メーカーの商品を仕入れて販売するだけでなく、原材料調達や製造段階まで関与すれば、コスト構造そのものに踏み込める。
同時に、他のスーパーにはない商品もつくれる。大量に「売る力」があるから、大量に「つくる力」を持つことができる。大量に仕入れるから、産地や海外から直接調達することも可能になる。大量に運ぶから、物流センターへの大規模投資も回収しやすくなる。
つまり、売る力が、仕入れる力、つくる力、運ぶ力を呼び込む。これが1兆円規模の意味である。
■小売りとメーカーが融合する時代
食品スーパーの再編を見るとき、これまでは、「次にどのスーパーが買われるのか」が注目されてきた。しかし、これからはその問いだけでは不十分だ。
見るべきポイントは二つある。
一つは、「次に、どの優良ローカルスーパーが、どの陣営を選ぶのか」だ。文化堂やクックマートのように、元気なうちに大手グループへ参加する企業は今後さらに増える可能性がある。
そして、もう一つは、「その大手グループが、次に何の機能を買うのか」だ。食品工場なのか。プロセスセンターなのか。物流会社なのか。原材料調達機能なのか。スーパー再編は、単なる店舗数の争いではなくなる。

まず水平的M&Aで規模をつくる。その規模で調達力を高める。さらに製造、加工、物流へと川上を取り込む。
食品スーパー業界は、「どこに店を出すか」を競う時代から、「サプライチェーンのどこを押さえるか」を競う時代へ入り始めた。
大手にとっては、次にどのスーパーを買うかだけでなく、食品製造、加工、物流など、サプライチェーンのどの機能を取り込むかが問われる。一方、地域の中小・中堅スーパーには、「独立を続けるか」ではなく、「元気なうちにどの陣営を選ぶか」という判断が迫られる。
ライフによるアルビス買収は、その転換を象徴する出来事といえる。
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白鳥 和生(しろとり・かずお)
明治大学専門職大学院グローバル・ビジネス研究科専任教授
1967年3月長野県生まれ。明治学院大学国際学部を卒業後、1990年に日本経済新聞社に入社。小売り、卸、外食、食品メーカー、流通政策などを長く取材し、『日経MJ』『日本経済新聞』のデスクを歴任。2024年2月まで編集総合編集センター調査グループ調査担当部長を務めた。その一方で、国學院大學経済学部と日本大学大学院総合社会情報研究科の非常勤講師として「マーケティング」「流通ビジネス論特講」の科目を担当。日本大学大学院で企業の社会的責任(CSR)を研究し、2020年に博士(総合社会文化)の学位を取得する。2024年4月に流通科学大学商学部経営学科教授に着任。著書に『改訂版 ようこそ小売業の世界へ』(共編著、商業界)、『即!ビジネスで使える 新聞記者式伝わる文章術』(CCCメディアハウス)、『不況に強いビジネスは北海道の「小売」に学べ』『グミがわかればヒットの法則がわかる』(プレジデント社)などがある。最新刊に『フードサービスの世界を知る』(創成社刊)がある。
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(明治大学専門職大学院グローバル・ビジネス研究科専任教授 白鳥 和生)
