NHKの本気をみた…「未解決事件」にSNSで賞賛の声 死刑執行された「飯塚事件」の核心
飯塚事件も扱う
NHKが公共放送の矜持を見せた。23日放送の「未解決事件 File.19 北関東連続幼女誘拐・殺人事件」のことだ。この事件に関する警察と検察の問題点を詳らかにした。さらに、犯人とされた人物の死刑が執行された「飯塚事件」にも強い疑問を呈した。【高堀冬彦/放送コラムニスト、ジャーナリスト】
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【写真】女児2人が遺棄された山中には、いまも「2体の地蔵」が並んでいる
SNSではこの番組への称賛の声が相次いでいる。取材班の良心が番組の端々から感じられたからではないか。1時間14分の番組だったが、うち20分以上も「飯塚事件」に充てたことからも、思いは伝わってきた。
飯塚事件は1992年に福岡県飯塚市で起きた。小1女児が2人殺害された。犯人とされたのは久間三千年・元死刑囚(没年70歳)。2008年に死刑が執行済みだ。番組の主題である「未解決事件」ではないはずである。

それでも番組はこの事件に深く斬り込んだ。久間元死刑囚を犯人だと結論付けた当時のDNA鑑定であるMCT118法には疑問があると考えたからだ。
MCT118法は警察庁の科学警察研究所(科警研)が独自に開発し、1989年に導入された。だが、技術が古く、精度も低かったという。番組が取材した米国の法医学者は同法では犯人は断定できないと論じた。
久間元死刑囚と同じMCT118法による鑑定を根拠に、一度は無期懲役を言い渡された人もいる。「足利事件」の菅家利和さん(79)である。5人の幼女が被害に遭った「北関東連続幼女誘拐・殺人事件」のうちの1つで、1990年に栃木県足利市で松田真実ちゃん(当時4歳)が殺された。菅家さんはその犯人とされた。
菅家さんは1991年に捕らえられた。だが、2010年に同法より精度がはるかに高いSTR法によるDNA再鑑定によって、無罪であることが証明された。
菅家さんは17年も収監された。しかも2005年に足利事件は時効が成立してしまった(当時の殺人罪の時効は15年)。真実ちゃんを殺した真犯人はもう捕まえられない。罪に問うこともできない。
久間元死刑囚のMCT118法による鑑定を担当した科警研の技官は、3人のうち2人が足利事件と同じだったと番組は伝えた。足利事件で間違いを犯した技官である。うち1人は同法の事実上の開発者だったことも明らかにした。
久間元死刑囚は最期まで無実を訴え、菅家さんと同じくDNAの再鑑定を望んでいた。だが、司法の判断によってかなわなかった。もし菅家さんのように精度の高いSTR法による再鑑定が実現していたら、どうなっていたか。
この放送のあと、久間元死刑囚の遺族と弁護団が3回目の再審請求を行う方針であることが明らかになった。刑事裁判史上、死刑執行後に再審が認められた例はない。
番組は飯塚事件について、捜査機関と司法機関にとって不都合になり得る情報を次々と伝えた。3回目の再審請求の端緒も番組にある。取材班が事件のMCT118法の結果を示すネガフィルムを調べたところ、不自然に切り取られていることに気づいた。
証拠に不審点
弁護団はこのネガフィルムの検証をDNA鑑定のエキスパートである筑波大・本田克也名誉教授に要請した。その結果、久間元死刑囚のDNAは、犯人のものとは一致しなかったという。
番組の取材に対し本田氏は「鑑定人は(犯人と久間元死刑囚のDNAが)違うことが分かってますよ。(ネガフィルムが切られていたのは)出したくないものを切った」と語った。
本田氏は足利事件で菅家さんを無罪に導くDNA鑑定を行い、「袴田事件」(1966年)でも袴田巌さん(90)の再審開始決定につながる鑑定を行った人である。
DNA鑑定を長く手掛けてきた元徳島県警の藤田義彦氏は番組側から飯塚事件のネガフィルムを見せられると、「うわぁ、これは大きいわ……」と唸った。続けて「私なら(久間元死刑囚の)逮捕はやめてくださいと言えると思う」と語った。
なぜ番組は、北関東連続幼女誘拐・殺人事件をテーマにしながら、飯塚事件にも大きく踏み込んだのか。どちらの事件もMCT118法が決め手になったとはいえ、飯塚事件を扱わずに済ませることもできたはずだ。
死刑執行済みの事件への疑問を呈したのだから、警察や検察などとの摩擦が生じる可能性も否定できない。それでも飯塚事件を避けたら、正義に著しく反すると考えたからではないか。
番組は足利事件と飯塚事件の鑑定を行った科警研技官の取材を試みた。しかし全員が取材拒否だった。代わりに國松孝次・元警察庁長官(89)が口を開いた。
国松氏は1995年の長官時代に狙撃されたことで知られるが、同庁刑事局長時代にMCT118法の導入にゴーサインを出した人でもある。当時のことを率直に語ったものの、その内容は驚くべきものだった。
「完璧無比だとは誰も思ってなかった。だんだん精度が上がっていくんじゃないかと思っていた。ガイドラインもなかった」(国松氏)
その程度の証拠によって、菅家さんは一度、無期懲役になり、久間元死刑囚は死んでいったのか。
ただし国松氏は、取材班から「導入が時期尚早だったのではないか?」と問われると、「そんなことは思ってません」と強く否定した。さらに「犯人のDNAが割り出せればいいと考えていたわけじゃない」と付け加えた。
完璧ではないMCT118法が捜査現場や司法機関で盲信されてしまったのではないか。番組の調べによると、同法の鑑定で有罪となった人が菅家さん、久間元死刑囚のほかにも6人いる。
犯人はこの男
番組は本編に当たる北関東連続幼女誘拐・殺人事件のパートで、1979年から90年までに殺害された幼女4人の名前と写真を繰り返し放送した。異例の多さだった。
4人は栃木県足利市の福島万弥ちゃん(当時5歳)、同市の長谷部有美ちゃん(同)、群馬県太田市の大沢朋子ちゃん(同8歳)、足利市で起きた「足利事件」の松田真実ちゃん(同4歳)である。大半の報道は名前も写真も出さない。時効になっているからだ。
1996年に太田市のパチンコ店から誘拐されたまま戻っていない横山ゆかりちゃん(同4歳)も名前と写真を何度も出した。この事件のみ捜査が続いている。
なぜ、この番組は5人の幼女の名前と写真を繰り返し出したのか。答えは容易に想像できた。世論喚起が目的に違いない。罪なき幼女が4人も殺され、しかも犯人は捕まっていない。1人は行方すら分からない。風化が許されていいはずがない。それを強調したかったのだろう。
これらの事件は同一犯の可能性がある。警察庁もそれを認めている。共通点が多い。(1)犯行現場は足利市・太田市の半径10キロ以内にある(2)被害者はすべて少女(3)犯行日は全て週末または休日(4)3人の少女の遺体が河川敷(渡良瀬川と利根川)に遺棄された(5)5人のうち3人がパチンコ店で誘拐されている--。
同一犯であるとしたら、MCT118法による菅家さんの誤認逮捕と有罪判決が、捜査を著しく阻害したことになる。
番組は真犯人の可能性がある人物にも言及した。足利事件の被害者・真実ちゃんとおぼしき幼女と、渡良瀬川の河川敷を歩いていた男である。この光景には2人の目撃者がいた。ゴルフの練習をしていた男性と元美術教師の女性である。
元美術教師は取材班に対し「男はO脚」「ルパン三世と雰囲気が似ていた」と証言。また、6年後のゆかりちゃんの事件で、太田市のパチンコ店の防犯カメラに映っていた重要参考人の男を見て驚いたという。「歩き方が同じ」。ビデオの男は確かにO脚だ。特徴的な歩き方をする。
取材班の1人である元日本テレビ特別解説委員の清水潔氏はルパンに似た男を過去に取材した。男は清水氏に対し、事件当日にパチンコ店内でゆかりちゃんと接触したことを認めた。それは番組でも取り上げられた。
少ない情報から男を割り出した清水氏の比類なき取材力には驚かされるが、これまでも同様の実績を上げてきた。前職の新潮社記者時代には埼玉県桶川市で起きた「桶川ストーカー殺人事件」(1999年)を取材。埼玉県警より先に事件の容疑者を突き止めた。足利事件で捜査に疑問を抱き、DNAの再鑑定をいち早く訴えたのも清水氏である。
清水氏はルパン似の男がB型であることも割り出し、さらに前出・本田氏にDNA鑑定も依頼した。その結果、犯人のものと一致したという。この情報は捜査機関に伝えられた。
警察庁はこの男のDNA鑑定をしており、その結果は犯人とは一致しなかったという。ところが、取材班が、同庁が鑑定を依頼したという複数の法医学者に尋ねたところ、いずれも調べた事実を否定した。
番組は9月30日深夜0時35分から再放送される。
高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ)
放送コラムニスト、ジャーナリスト。1990年にスポーツニッポン新聞社に入社。放送担当記者・専門委員として、1994年のNHK連続テレビ小説「春よ、来い」のヒロイン途中交代や、1999年のフジテレビ「愛する二人別れる二人」のやらせ問題などを特報する。2015年に毎日新聞出版へ入社し、サンデー毎日編集次長を務める。編集者としては「小池百合子都知事の真実」などを担当した。2019年に独立。元・放送批評懇談会出版編集委員。
デイリー新潮編集部
