「全員を潰すしかないと思っていた(笑)」デビュー25周年で打ち明けるCHEMISTRYのオーディション秘話
2001年3月7日『PIECES OF A DREAM』でデビューしたCHEMISTRY。今年、記念すべきデビュー25周年を迎えている。近年、オーディション番組が大人気だが、ふたりは平成のオーディション番組の代表格『ASAYAN』(テレビ東京・1995年~2002年)出身。今だから言えるあのときの気持ち、そして思い描く未来までをたっぷりと。
【画像】ソロカットも2ショットもバチっと決めるCHEMISTRY
『ASAYAN』の裏話
――そもそも『ASAYAN』の『男子ヴォーカリストオーディション』はソロデビューを目指すオーディションでした。「デュオで」と言われたとき、迷いや葛藤はあったはずでは?
堂珍嘉邦(以下、堂珍) 覚えてる? 最後に5人が残って、VTRで「デュオにします」と発表されて。MCの岡村(隆史)さんは「それでもソロがいい人は手を挙げて、このまま帰ってください」って。
川畑要(以下、川畑) そうだっけ? そこは覚えてないかも。
堂珍 俺はびっくりしたし、「どうしよう」って思ったもん。手を挙げたいけど挙げられない、みたいな(笑)。
川畑 今、なんで僕に記憶がないのか考えたんですけど、そもそもあの番組、なかなか連絡が来なかったんですよ(笑)。半年とか空くときもあったし。こっちは、とにかく早くデビューしたいから。「デビューに近づけるなら、デュオでもどんな形でも」って思っていた可能性はありますね。
堂珍 応募から結果が出るまでに1年半かかった(笑)。そして、僕が手を挙げられなかったのは、やっぱり早くデビューしたかったからでしょうね。
川畑 最近、TikTokで切り抜き動画が出てるんだよ、当時の。
堂珍 そうなの?
川畑 結構恥ずかしいよ(笑)。
声を重ねた時に感じた煌めき
――審査期間中、お互い「負けられない」という気持ちだった?
川畑 ありました、ありました。「嘉邦を潰す」とかじゃなくて、全員を潰すしかない(笑)。それは常に思っていました。
堂珍 あはははは。それはやっぱり、そうだよね。でも、最後のほうはスタッフさんの態度とかで「デビューかな?」って匂い、あったよね?
川畑 そうそう。でも、デビューしたからそう思っているだけかもしれない。藤岡やNESMITH(EXILE)がどう思っていたかはわからないけど、僕も感じた。
――デュオを組むことが正式に決まったとき、仲良くやれそうだと思った?
川畑 同い年だったし、僕は嘉邦のイメージしかなかったですね
堂珍 僕はオーディション中、要と声を重ねたときに煌めきのようなものを感じたんですよね。だから、組む予感はあったんだと思います。
――川畑さんは『PRODUCE 101 JAPAN 新世界』(通称:日プ新世界)のトレーナーも務められましたが?
川畑 『ASAYAN』とは全然違うものでしたね。彼らは、もう本当に番組だけじゃなく、SNSとかYouTubeとかいろんな角度から見られていて。ただ、ようやくトレーナーっていう立場になったときに『ASAYAN』の切り抜き動画を出すのはやめてほしかった(笑)。
堂珍 ファイナルで、すごい熱いこと言ってたよね?
川畑 俺は泣かないって決めていたんですよ(笑)。でも本当にみんな、可愛いですよ。この間、KO1KEYZ(コイキーズ)のファンミ(ファンミーティング)に行ってきましたしね。
歌が大好きなことはふたりとも変わらない
――デビュー25周年を迎えたCHEMISTRY。今後、どんなデュオでありたいと思っていますか?
川畑 再始動してからずっと変わらないのは、やっぱりライブアーティストでいたい。近年はSNSの効果もあって、新しいファンもライブに来てくれていて。最近、アルバムが作れていないんですが、「今の自分たちだからこそ、こういう曲もできるんじゃないか」という思いは多分、お互いにあると思うんですよ。
堂珍 僕らが思う、僕らの可能性みたいなね。
川畑 そうそう。そこを形にするタイミングはこの先にあると思う。そういう作品をリリースして、またツアーができたらいいなとは思いますね。この先、何年歌っていくかなんて、本当にわからないし。
堂珍 うん。どっちかが体調悪くなっちゃったりね。
川畑 そういう可能性はなくはないから。なるようにしか、ならないから。でも、歌が大好きなことはふたりとも変わらない。だから歌える限りは全力で。もう「新しいものをやんなきゃ」と変に思うこともないですし。自分たちがやったら面白くて、楽しめるものを形にする作業はしていきたいですね。
堂珍 そしてファンの人にはもちろん、身近にいるスタッフさんにも優しくて、愛される自分、CHEMISTRYでありたいなと思います。
――そんなおふたりにとって、CHEMISTRYとは一体、何でしょうか?
川畑 身体の一部。なんかもう、自分の一部だと思います。だって25年「CHEMISTRYの川畑です」って名乗ってるし、人生の半分はCHEMISTRYですから。この記憶や経験は、死ぬまで残り続ける。もう、取り外しようがないでしょうね。
堂珍 今回の人生の運命がCHEMISTRYだったっていうことだと思うんですね。前世は何をやっていたかわかりませんけど(笑)。今、50歳手前になりましたが、表現のピークはまだ今じゃない。自分たちは大器晩成だと思うようにしていますよ。
手渡された「夢のひとカケラ」を胸に走り出したあの日から25年。声を重ねる喜びを携えたCHEMISTRYの化学反応は、さらなる高みへと響き渡っていく。
取材・文/池谷百合子
(写真/廣瀬靖士)
