武田久美子(C)日刊ゲンダイ

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【前編】から続く

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 ──日中はどんなことを?

 歩けるようになる前の、ベビーカーの頃から午前と午後の1日2回、公園に行きました。外の風に当たって、日の光を浴びて、いっぱい遊んでいれば、夜眠れないこともないし、途中で起きたりぐずることもありません。私は子供の不眠症はないと思うんです、子供はエネルギーが有り余っていますから、それをいかに発散させるかが子供の成長に大事なんじゃないかなと思います。

 ──夜8時以降はどう過ごしてきた?

 次の日の準備とか、ありがたいことに海外に住んでいても取材を受けたりしていたので、原稿チェックなど自分の仕事もしていました。自分も毎日しっかり寝たいので、睡眠時間は必ず確保します。よくお母さんたちは睡眠時間を削っていることが多いですが、赤ちゃんに振り回されてはいけません。トレイシー・ホッグの育児書にも子供にある程度の生活音の中で眠らせること、というのもあります。静かじゃないと寝ない子供に育ってしまって、大人が振り回されてしまっては本末転倒です。

 ──子供の知見を広げるためには?

 体験と知見を増やすために水族館、動物園、博物館、ディズニーやレゴランドなどテーマパークの年間パスを買って、たくさん連れて行きましたね。テーマパークの中なら交通事故に遭うリスクもないので安全も担保されます。アメリカは車社会なので、キッチンとガレージが直結していて、キッチンから荷物を車につめればすぐ出かけられます。荷物が多くて、どこに飛び出すかわからない子連れの外出はアメリカのほうが便利でした。

 ──外出で気を付けたことは?

 とにかく無傷で、アレルギーとかなく、誘拐されないように、元気で健康にいられることですね。父親が週の半分くらい出張に出ていましたから、ずっと手をつないでいました。手をつなぐのを嫌がる時期には背中にリード付きのリュックを背負わせたりしたこともありました。私の場合は身近に頼れる人もいなかったので娘から目を離すことはありませんでしたね。私が友達に会うときは、当時はiPadがなかったから、娘に勉強になる動画を見られるように大きなパソコンを持ち歩いて。見る動画も私が子供の教育になるものを精査して、子供まかせにはしていませんでした。

 友達には「そんなにしなくてもいいんじゃないの?」って言われましたけど、34、35歳で産んで、仕事も遊びもすべてやり切ったから、子育てに集中することが楽しかったんです。

 ──子供の習い事はどのように?

 娘はロッククライミングの体験施設に行ったらまだ1歳なのに、おサルさんみたいにものすごい速さで登っていくので、この子は運動能力の高い子なんだなと感じで、運動の機会を増やしました。2歳半からバレエを始め、3歳からフィギュアスケートを始めて。2、3歳の頃の習い事の記憶なんてないかもしれませんが、子供に体験する機会を与えることが大事。また、学校と違うコミュニティー、居場所を作ることで学校が嫌なことがあっても、別の居場所に行けばいい。学校で行き詰まって命を落とすようなことがあってはいけませんし、世界は1つじゃないことも教えたかったんです。

 ニューヨークに住んでいた4歳ごろにはスイミングも習わせました。アメリカでは水泳の授業がないので、泳げないことで危険が及ぶことのないよう習わせました。最初はグループのクラスに通ったのですが、授業ができない子のお世話で終わってしまっていつまでも泳げるようにならないので、マンション内のプールでパーソナル指導に変えたらみるみるうちに泳げるようになり「スイミングチームに入ったら?」と勧められるほどになりました。

 ──子供の個性を伸ばすためにしていたことは?

 意思を尊重することかな。最近は大人中心の家庭で、ある意味聞き分けのいい、というか、大人の空気を読む子も多いですが、我が家は子供中心。選択肢を増やすことで、子供も意思や嗜好のハッキリした子になるように育ててきました。なので娘は「今日のご飯何食べる?」と聞いたら「〇〇が食べたい」って言う子で。彼女に「なんでもいい」という答えはなかったですね。

 ──おやつは?

 私も娘も甘いものを食べる習慣がなくて、甘いものでご褒美にするという概念はなかったかも。

 ──アメリカの学校はボランティアなど学校行事も多いが。

 私は積極的に参加していました。学校のボランティアだって10年も20年も続くわけではありませんからポジティブにとらえちました。先生と距離が近くなるし、学校の中での子供の様子もわかるし、学校に親が行くと子供も喜びます。ニューヨークでは教員の人員削減で、私が授業のサポートに入る機会もありました。美術の先生のサポートのつもりが、副担任的なポジションになって「クミコ先生」と呼ばれていました。

 ──ママとは呼ばず、周囲からも「クミコ」と呼ばれているそうで。

 娘は保育園くらいからマミーを卒業して「クミコ」と呼ぶようになりました。おかげで娘の友達も先生たちもクミコで呼ぶので「〇〇ちゃんママ」という肩書は経験がありません。クミコという名前はアメリカ人も発音しやすいそうで、親に感謝です。

 ──離婚も経験されたが、シングルマザーで苦労したことは?

 アメリカで離婚すると両方に責任と権利が分担されるので、子育て面でワンオペになることはなかったですね。教育に関しては共に育てる共育体制がありました。むしろ、今年のクリスマスはパパのところで過ごして、来年はママのところで過ごすとかルール化されているので、子供が大変だったと思います。もう今は友達と過ごすほうが楽しくて、親なんてどうでもよくなっていると思いますけど(笑)。

 ──現在、娘さんは家を出て大学のそばで一人暮らし。それでも朝型生活は変わらないそうで。

 朝バレエのレッスンに行こうとすると、朝6時起きになります。夜10時までにベッドに入りたいと思うと7時か8時に夕食になります。でも、そのくらいの時間にお酒を飲んでもちゃんと消化されるのでむくんだりしませんよ。

 ──これからは積極的に芸能活動を展開する予定だそう。

 娘も手が離れましたので、これからは、ドラマ、映画、バラエティー、なんでもやっていきたいです。横浜流星さんや韓国俳優のソン・ガンさんとか共演できたらいいな。

 ──近藤真彦との映画で芸能界デビューしたが。

 マッチにも会いたいですね。映画の相手役に選ばれて、マッチのおかげで一夜にして私の名前が知れ渡りましたから。いつの日か恩返ししたいと思います。

 ──読者にメッセージを。

 自分の年は忘れましょう! 年齢はただのナンバー。確かにお医者さんに“目は年相応ですね”と言われることもありますが、気持ちは若く、若い人とつき合いましょう。同年代の会話は繰り言が多くなりがち。娘に「同じこと3回言ったら注意してね」って言っています(笑)。そして、歩みを止めない私の新たな作品もぜひ見ていただいて、エネルギーを感じていただけたらうれしいです。

(取材・文=岩渕景子/日刊ゲンダイ)

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 インタビューの前編は、以下の【もっと読む】武田久美子に聞いた「ミューズ式早寝早起き子育て術」一人娘は医大生 23年ぶり写真集『Sango』発売【前編】…で読むことができる。