つい一筆加えてしまったら…(freeangle / PIXTA)※写真はイメージ

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税金をごまかす手口に、領収書等の改ざんがある。金額等の数字を書き換えるなどが一般的だ。ただ、手口としては稚拙であり、巧妙にやらなければ、税務署員の目はごまかせない。

たとえば、明らかに違う筆跡で、数字を書き加えれば、自ら「不正をしていますよ」と示しているようなものだ。

それでも税務署員を甘く見ているのか、切羽詰まっているのか…実際に、そうした手口で、経費をごまかそうとする経営者もいるようである。(本文・大蔵主税)

※この記事は、税務署一筋30年の大蔵主税氏の書籍『税務署員うつうつ日記』(三五館シンシャ)より一部抜粋・構成しています。

数枚のチェックで違和感を覚えた領収証

調査先はあるデザイン制作会社だった。雑居ビルのワンフロアにオフィスを構え、社員は20名。コストパフォーマンスの高さを売りに、クライアントは地元企業を中心に広がり、売上は年商3億円に達していた。この地域のデザイン会社としては、たしかな存在感を持つ中規模企業といえる。

私は、会社が保管している経費関係の領収証つづりを確認していた。

数枚めくるうち、ある領収証に違和感を覚えた。接待交際費として、ラウンジへの支払い「1万5000円」の領収証で、「1」と「5000」との筆跡が明らかに違うのだ。筆跡ばかりか、インクの質までまったく違う。なんというわかりやすい偽造だろう。張り詰めていた気が抜け、思わず吹き出しそうになるのを必死でこらえる。

別室で問い詰めるとあっさり“自白”

私は平静を装い、別室にいる社長を呼び出した。N社長は40代半ば、服装はラフで、クリエイティブ業界らしい気軽さをまとっているが、笑顔は柔和で人のよさを感じさせた。

「この領収証は『1』が足してあるように見えるのですが?」

N社長は領収証をしげしげと見つめ、困ったような顔だ。最初の愛想のよさは消え、口元の笑みも引きつっている。

「……」

「誰かがこの『1』を書き加えたのですか?」

「……」

ここまで明らかな改ざんについてなんと抗弁するのか、社長のセリフを楽しみにしていた。ただ、言い訳が思いつかないのか、社長は私からの質問に困ったような顔で沈黙したままだ。このままでは埒が明かない。もう一歩、追い詰めてみる。

「社長がお話ししてくださらないようでしたら、このラウンジに私が出向いて内容を確認することになりますが」

声の調子は崩さず、圧もかけすぎないよう注意しながら、きっぱりと言い切る。

「私がやりました。すみません」

不正を認めた後の流れ

社長は、あっさりと領収証の改ざんを認めた。「教科書」のような不正である。私はただちに確認書の作成に入る。

社長の自筆で「領収証の5000円に1を加え、1万5000円にしていました」と書いてもらう。私の心拍数は心地よく跳ね上がる。不正の発見。これこそが調査官に与えられた、最高のご褒美である。

調査担当者の仕事の一番の目的は、不正を発見することだ。これで少額といえども、不正を発見できた。成果に追われまくる調査担当としては“是認(※)” を回避でき、一安心だ。この事案に関してはリラックスして調査できる。

※申告内容に問題がないことが認められた状態。対象者には調査終了時に口頭で、あるいは後日送付される「是認通知書」により通知される。

一度、穴が見つかれば、こっちのものだ。私は領収証のつづりを引き寄せた。さて、次はどこに隠れているのかな。

飲食代の「3000円」の頭にまたしても「1」が付け加えられ「1万3000円」になっている。筆跡が少し震えているようで、改ざんしたときの社長の罪悪感を物語っていて愛おしい気さえしてくる。

こうして、1枚、また1枚と歳月をさかのぼるごとに、偽造された領収証が次々と姿を現した。最初はほそぼそと頼りなかった筆跡が、年を追うごとに堂々と、力強くなっているのは気のせいか。

1枚あたりの差額はわずか1万円程度。だが、それが10枚、50枚と積み重なれば、立派な「不正」の山ができる。同社の「不正」金額は100万円近くになった。

社長は自らが使う交際費の領収証を軒並み改ざんし、そのプラスした金をすべて個人のフトコロに入れていた。

3つの税目で追徴課税に

この場合、まず「法人税」について、経費として計上されていた架空の1万円を「接待交際費」から削り、その分だけ利益を増やして再計算する。

次に「消費税」として、本来払う必要のない「課税仕入れ(※) 」を水増ししていたわけだから、その控除を取り消し、不当に免れていた消費税を取る。そして「源泉所得税」としては、社長が着服したその1万円は、会社から社長への「ボーナス(役員賞与)」とみなして社長個人の所得税も増える。

※消費税の計算(仕入税額控除)において、売上に含まれる消費税相当額から差し引かれる、仕入れの際に支払った消費税相当額。

つまり、“トリプルコンボ”で税額を増やせる。調査担当としては、3つの税目で追徴課税でき、三重の喜びというわけだ。

こんな不正なら1年目の新人でも発見できる。

逆にいえば、税理士事務所はこんなわかりやすい偽造領収証になんの疑念も抱かず接待交際費1万5000円として経理処理していた。顧問料をもらう大事な得意先である会社に、余計な注文はつけられないということなのだろう。

「税理士の先生は、これを見て何もおっしゃらなかったんですか?」

私が皮肉を込めて尋ねると、社長は金縛りにあったように固まり、何も答えなかった。

■大蔵主税(おおくら・ちから)
税務署員。
1970年代生まれ。大学卒業後、国税専門官に合格し某国税局に採用され、以後30数年税務署に勤務。その間、転勤8回(某国税局管内の税務署を異動してまわる)担当事務は、徴収→法人課税(税務調査あり)→管理運営(窓口業務あり)30代でうつ病になり、3か月の休職を2回経験。