離婚した妻に「現金」を渡せば非課税だが…「マイホーム」を手放した夫に〈所得税〉が課せられるワケ
離婚時の財産分与で、妻に「現金」を渡した場合は非課税になる一方、「マイホーム」などの不動産を渡した場合は、手放したはずの夫に〈所得税〉が課せられてしまいます。これは所得税法上の「譲渡所得」というルールによるものです。なぜ財産を減らした側に税金がかかるのでしょうか。木山泰嗣氏の著書『[新版]分かりやすい「所得税法」の授業』(光文社)より、知らないと損をする所得税のルールをわかりやすく解説します。
資産の売却で得た“値上がり益”にかかる税金…「譲渡所得」の仕組み
「譲渡所得」については、まず次の条文をみてください(所得税法33条1項)。
【所得税法33条1項(譲渡所得)】
譲渡所得とは、資産の譲渡(建物又は構築物の所有を目的とする地上権又は賃借権の設定その他契約により他人に土地を長期間使用させる行為で政令で定めるものを含む。以下この条において同じ。)による所得をいう。
(下線・強調は筆者が記載)
土地や建物などの「資産」を「譲渡」した場合が「譲渡所得」の典型例です。「資産の譲渡」で売却益を得られるものには、ほかに株式やゴールド(金)などもあります。もっとも「資産の譲渡……による所得」が、具体的に何を指すのかについて、所得税法33条1項の条文の文言だけでは判然としません。
たとえばAさんが3000万円で購入した土地を、1億円でBさんに売った場合、売却代金(資産の譲渡の対価)の1億円が「譲渡所得」として課税の対象になるのでよいか、それとも別の何かに課税されるのか--どう考えればよいでしょうか。
ここでは、「所得」が何を指すのかが再び問題となります。この点については、「包括的所得概念」により、あらたな経済的価値の流入があれば、理由を問わず、それが「所得」になるのでしたね。
この観点から考えると、Aさんは7000万円の利益(経済的価値)を得たといえますから、Aさんに「所得」が発生したことに問題はないでしょう。
しかし、譲渡所得の本質は、必ずしも売却益そのものに対する課税とは考えられていません。値上がり益(キャピタル・ゲイン)に対する課税だと考えられているからです。
譲渡所得の本質…手放したときに清算する「清算課税説」
この点について、最高裁判所は、次のように判示しています(最高裁昭和43年10月31日)。
「……譲渡所得に対する課税は、……資産の値上りによりその資産の所得者に帰属する増加益を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会に、これを清算して課税する趣旨のものと解すべきであり、売買交換等によりその資産の移転が対価の受入を伴うときは、右増加益は対価のうちに具体化されるので、これを課税の対象としてとらえたのが旧所得税法(昭和22年法律第27号、以下同じ。)9条1項8号(筆者注:現行所得税法33条1項)の規定である。」
(下線・強調は筆者が記載)
このように、「譲渡所得の本質は、資産が所有者の支配を離れて移転する際に、値上がり益(キャピタル・ゲイン)を所得として清算して課税すること」だとする考え方を「清算課税説」といいます(「増加益清算説」と呼ばれることもあります)。
値上がり益は「実現」して初めて税の対象に…所得税法がとる実現主義
たとえばBさんが5000万円で取得した土地を9000万円で売却した場合、その差額である4000万円が、「値上がり益」(キャピタル・ゲイン)として課税されるという考えです。ポイントは、(1)資産を手放したときに、(2)値上がり益を清算して課税すること、です。
ここには「所得の実現」という問題が、じつは潜んでいます。
それは「未実現の所得」に関わってきます。資産の保有中の値上がり益に対する課税となると、Bさんが5000万円で購入した土地が1年後に5500万円になっていた場合は、どうでしょう。その差額である500万円については、値上がりがあったのだから「所得」として課税すべきという考えもありそうですよね。
たしかに「包括的所得概念」の別名は「純資産増加説」でした。Bさんの場合、1年後に純資産の増加があったので、この時点でBさんは500万円の「所得」を得たと考えてもよさそうに思えます。
しかし、このように考えてしまうと、資産を保有しているだけで、その資産の価値が上昇すれば課税をされ続ける、ということになりかねません。また、いつの時点を基準に「値上がり」を判断すべきなのかという問題もでてきます。
そこで、「譲渡所得」が課税の対象としているのは、あくまで資産を取得してから譲渡した時までの「値上がり益」と考えられています。そして、現実に売却をするなどして、その資産を手放したときに「清算」して「課税」すると考えられているのです。これが「清算課税説」の意味です。手放すまでにも値上がりはするかもしれませんが、それは「未だ実現していない所得」だと考えるのです(未実現の所得)。
このように、「所得が実現」して初めて「所得税」の課税対象にするという考え方を「実現主義」といいます。
大事なことは、「包括的所得概念」からすれば「未実現の所得」でも「所得」として課税されるのが原則であるという点です。ただし、あとでみるように、所得税法は「収入」がある場合に課税するという規定をしているため(所得税法36条1項)、所得が実現していなければ課税できないという「原則」を立法政策としてとっています。
「現金」は対象外?…譲渡所得を発生させる「資産」の定義
譲渡所得を理解するにあたって次に考えなければならないのは、そもそも、(1)「資産」とは何か。そして、(2)「譲渡」とは何か。この2点です。譲渡所得は、「資産」を「譲渡」することで得た所得だからです(所得税法33条1項)。
まず(1)の「資産」については、(ア)財産的価値があるもので、(イ)他人に移転する可能性のあるもの全般をいうと考えられています。
譲渡所得課税の本質(趣旨)は、保有期間中の値上がり益に対して、資産を手放すときに清算して課税することにありました。そうであれば、他人に移転する可能性に加え、値上がりの可能性がある財産であることも前提にならなければならないはずです。
そこで、(ア)財産的価値があり、(イ)他人に移転する可能性があっても、値上がる可能性のないものは、「資産」にあたらないと考えられています。
こうして現金が「資産」にあたらない以上、金銭債権についても「資産」にはあたらないと考えられています。
売買、交換、無償の贈与…所得税法上の「譲渡」にあたる行為
では、次に「譲渡」とは何を指すのでしょうか。この点については、「有償無償を問わず資産を移転させるいっさいの行為」を指すと考えられています(最高裁昭和50年5月27日)。無償でも譲り渡す行為にあたる、ということです。
ここにいう「譲渡」にあたると考えられているものは、以下のとおりです。
「売買」:対価を得て有償で他人に財産を移転させること
「交換」:他人がもつ財産と自分がもつ財産をそれぞれ移転させて交換すること
「贈与」:無償で財産を他人に移転させること(タダであげること)
「代物弁済(だいぶつべんさい)」:債務の返済をお金ではなく別の物で代わりに行うこと
「物納」:金銭ではなく土地・建物などの物で納税すること
このほか、自らの意思によらない「公売」や「強制収用」も「譲渡」にあたると考えられています(ただし「非課税所得」になるものもあります。この点はあとでお話しします)。
「現金」は非課税、「マイホーム」は課税対象…離婚する夫婦の財産分与にかかる税金ルール
最高裁判所は「離婚による財産分与」についても、夫が自己所有の不動産(土地・建物)を分与した場合、その分与をした者にとっては「資産」を「譲渡」したことにあたると判示しています(前掲最高裁昭和50年5月27日判決)。
たとえば、夫婦が離婚して、夫が妻に自己所有の不動産を財産分与として渡した場合、これも「資産の譲渡」にあたります。その不動産の時価が1億円で、取得したときの時価が3000万円だったら、その差額の7000万円(値上がり益)に対して、課税されることになるのです。
この場合の課税は、財産分与をした人(分与者。この場合は「夫」)にとっては、財産分与をすべき義務(分与義務)が消滅したという意味での「経済的利益」を得たからだと説明されています。
課税されるには「収入」が必要になりますが(所得税法36条1項)、財産分与は有償の譲渡ととらえ、分与時の不動産の時価を「収入」と考えるのです。
これに対して、財産分与により不動産を取得した側は、それが相当なものである限り贈与税は課されないとされています。同判決は、分与義務の消滅という「経済的利益」があると判示しているため、財産分与が有償譲渡にあたることを前提にしていると考えられます。そうすると、適正な財産分与である限り、それは無償(タダ)といえず、「贈与」にはならないことになるからです。
なお、「離婚による財産分与」のうち、金銭を分与した(支払った)場合は「譲渡所得」にあたりません。先にお話ししたように、「現金」は譲渡所得を発生させる「資産」には該当しないと考えられているからです。
木山 泰嗣
青山学院大学法学部教授(税法)/同大学大学院法学研究科ビジネス法務専攻主任
鳥飼総合法律事務所客員弁護士

