スタンフォード大学などの研究チームが、大脳皮質の大部分を欠くマウスにヒトの幹細胞から作った脳組織を移植し、マウスの神経系と広範囲につながることを確認しました。移植した組織は成長して神経線維を脊髄まで伸ばし、一部の記憶課題や、低酸素による損傷後の歩行に変化が見られました。研究成果は2026年9月16日にNatureに掲載され、ヒトの脳の発達や病気を調べる新たな実験モデルとして報告されています。

Developmental xenocortication using human-derived organoids in mice | Nature

https://www.nature.com/articles/s41586-026-11032-2

Human brain cells transplanted into mice in ‘most extensive’ integration ever | Nature

https://www.nature.com/articles/d41586-026-02912-8

ヒトの生きた脳組織を実験で調べる機会は限られるため、研究者は幹細胞を立体的に培養した「脳オルガノイド」を使い、脳の発達や病気の仕組みを研究してきました。ただし、培養皿の中のオルガノイドには血管がなく、体との間で信号をやり取りする環境もありません。このため、神経細胞の成熟や神経回路が行動に及ぼす影響を調べるには限界があります。

スタンフォード大学の神経科学者セルジウ・パシュカ氏らはヒトの脳オルガノイドを生まれたばかりのラットに移植すると、神経細胞が成熟し、感覚に関わる神経回路につながることを2022年に示しました。2024年には、この手法を使って、自閉症やてんかんと関連する重い遺伝性疾患「ティモシー症候群」の治療候補を評価しています。

従来の移植ではラット自身の脳組織の間にヒトの組織を入れるため、成長できる空間が限られていました。また、ラットの神経細胞はヒトの神経細胞より速く発達するため、ヒトの細胞が神経線維を伸ばす頃には周囲にラットの神経回路が形成されているという問題もありました。

今回の研究では、この空間と神経回路を巡る競合を減らすため、遺伝子操作によって新皮質や海馬を形成する細胞を発達初期で大幅に減らしたマウスを作りました。このマウスは脳組織の総体積が対照群より約50%小さい一方、飼育条件を工夫することで成体まで生存し、基本的な移動能力も保っていました。

研究チームは、生まれて間もないマウスの脳内に、ヒトのiPS細胞から作った大脳皮質オルガノイドを1匹当たり4個移植しました。29匹で調べた移植成功率は86.2%で、移植組織の体積は移植後2カ月から3カ月にかけて約4.7倍に増加しました。3カ月時点では、残存するマウス由来の皮質組織と移植組織を合わせた体積の91.9%を、ヒト由来の移植組織が占めていました。



移植組織は大きくなるだけでなく、マウスの脳のさまざまな部位へ神経線維を伸ばし、その一部は脊髄にまで達しました。逆に、マウスの視床などから移植組織へ向かう神経接続も確認されています。神経活動の測定では、発達途中の神経回路に似た、細胞同士が同期して活動するパターンが見られました。

移植組織には、ヒトの大脳皮質を構成する多様な細胞も生じました。その中には、社会的認知との関連が指摘されている大型神経細胞「フォン・エコノモ・ニューロン」に似た、細長い形の神経細胞が含まれていました。この細胞は培養皿では再現が難しく、前頭側頭型認知症などとの関連もあるため、病気への弱さを調べる手掛かりになる可能性があります。

行動試験では、移植によって一部の機能が補われたことを示す結果が得られました。直前に探索した場所を覚えているかを調べるY字型迷路の課題では、皮質を大幅に減らした未移植のマウス(赤紫色)は偶然の水準を上回らなかった一方、移植を受けたマウス(水色)と対照群(灰色)はその水準を上回りました。



さらに病気の研究に使えるかを確かめるため、出生前後の酸素不足や関連する脳性まひの研究を想定し、研究チームは低酸素による損傷も調べました。すると、低酸素にさらされた移植組織では酸素不足に反応するタンパク質の増加や、脳の損傷時に見られる細胞の反応が確認されました。

さらに、低酸素にさらした後の歩行を調べると、移植を受けたマウスでは3本から4本の足を同時に地面につけて体を支える割合が増えました。全体の走行速度や歩調には変化がなく、足の協調運動の変化として捉えられています。研究チームは、ヒト由来の脳組織の損傷を、細胞の変化だけでなく動物の行動にも結び付けて評価できる点に注目しています。



なお、この移植組織は成熟したヒトの大脳皮質を再現したものではありません。明瞭な層構造や領域ごとの分化などは不完全で、神経回路も発達の初期段階にありました。また、特定の行動に移植した神経細胞がどこまで直接関わっているかや、移植組織内の同期した活動が外部へ伝わっているかは、さらに検証する必要があります。

さらにヒトの脳組織を動物に移植する研究には倫理的な課題もあります。論文を掲載した学術誌のNatureによれば、今回の研究は独立した生命倫理の審査を含む監督を受けており、行動試験でマウスの知能が高まったことを示す結果はなかったとのこと。ただし、将来的により成熟した組織を作ったり、ヒトに近い発達速度を持つ動物を使ったりする場合には新たに検討が必要になるとされています。