廃墟化しているのは「96mタワー」だけではない…ロシア軍と対峙する北海道・根室で静かに起きている"異変"

■200年以上、ロシアと向き合ってきた町
2026年8月13日、ロシア連邦のプーチン大統領が北方領土の択捉島を初訪問したことで、日露関係に緊張が走っている。
ロシアが実効支配する北方領土と対峙する納沙布(のさっぷ)岬では、ランドマークであるオーロラタワー(高さ96m)が荒廃し、閉店したおみやげ物店では建物の損壊も進んでいる。前編記事に続いて、後編記事では根室の歴史を振り返り課題を考察する。

「国後島でロシア軍の演習が行われる際には、砲撃の閃光が見え、その衝撃波で家の窓ガラスが振動することがありますが、根室では200年以上にわたってロシアと向き合ってきました。ここは今も昔も、日本とロシアが向き合う最前線なのです」
ある市民は、根室市の置かれた状況についてこう証言した。
■アイヌの地に踏み入った2つの国
根室とロシアの関わりは、近年の北方領土問題から始まったものではない。ロシア帝国が、不凍港を求めて極東に領土を拡大する中で、18世紀に入ると千島列島や蝦夷地と呼ばれていた北海道周辺にもその影響が及ぶようになった。
18世紀後半から19世紀初頭にかけて、ロシア帝国はカムチャツカ半島を拠点に千島列島のアイヌを制圧し、毛皮税の徴収やロシア正教の布教を行った。一方で、日本も松前藩が1754年に道東アイヌの住む国後島、択捉島、得撫島を管轄する国後場所を開設しアイヌとの交易を開始した。
そして、1790年には現在の根室市街地となる場所にもアイヌとの交易拠点が置かれた。そうした中で、日本とロシアが接触することになるのである。
■国境線は択捉島と得撫島の間に
1792年にはロシア使節アダム・ラクスマンが、日本人漂流民の送還を口実に北海道根室に来航し、日本との通商を求めたラクスマン事件が発生。これが日本に対する欧米諸国の開国要求の最初の事件となった。江戸幕府は、長崎への入港許可証を与えたもののそのまま帰国。その後、ロシアは1804年に使節レザノフを長崎に派遣して開国を求めたが、幕府は応じなかった。
1811年には、択捉島周辺の測量を行っていたロシア海軍艦長のワーシリー・ゴローニンが国後島で日本側に拘束されるゴローニン事件も発生する。ロシア側も翌1812年にその報復として日本商船を拿捕し、豪商の高田屋嘉兵衛を人質に取るが、1813年に両者の釈放と人質交換が実現し、軍事衝突は回避された。
こうした緊張状態の中で、根室はロシアと向き合う日本の最前線としての役割を担うようになる。
その後、日本とロシアの国境は1855年の日露和親条約において千島列島の択捉島と得撫(うるっぷ)島との間に定められ、樺太については国境を定めず日露の雑居地とされた。

■北方領土ではロシアが着々と軍備強化
明治時代に入ると、新政府は北方警備や千島開発の拠点として根室を重視し、一時は根室県の県庁所在地にもなり、根室は北海道東部最大の街となった。
日露雑居地とされた樺太では、日露両国人による紛争が絶えなかったことから、この解消を目的として1875年に樺太・千島交換条約を締約し、樺太がロシア領となる代わりにカムチャツカ半島の南に位置する千島列島の占守島までが日本領となった。
そして、1905年、日露戦争の勝利によるポーツマス条約で南樺太も日本領となった。しかしその後、ロシア革命によりロシア帝国は崩壊、1917年に1991年まで続くソビエト連邦(ソ連)が誕生した。
第二次世界大戦末期の1945年8月、ソ連軍は日ソ中立条約を破棄して参戦し、南樺太と千島列島を占領した。8月15日の終戦後もソ連軍は侵攻を続け、千島列島の北端にある占守島、さらに北方四島に上陸し占領した。
戦後80年以上が経過した現在も、北方領土問題は解決していない。国後島や択捉島にはロシア軍部隊が駐留し、近年は軍事施設の整備も進む。さらに根室市の納沙布岬からわずか3.7km先にロシアが実効支配する歯舞群島の貝殻島が存在するという現実は、江戸時代から続く日露の歴史が今なお終わっていないことを物語っている。

■「もしロシア国境警備隊に捕まったら…」
8月のプーチン大統領の択捉島訪問の印象について、前出の根室市民に話を聞いたところ次のような答えが返ってきた。
「一市民としては、安全に漁をさせてもらいたいというのが本音です。
根室市の基幹産業は漁業ですが、ロシア軍のウクライナ侵攻以降、コンブ漁船が貝殻島周辺などでロシア国境警備隊の臨検を受けるケースが増えました。違反などが見つかれば国後島の古釜布に連行されてしばらく帰れなくなるので、怯えている漁師もいると聞きます。
また、過去には北方領土付近で操業する漁船がロシア国境警備隊から銃撃を受け拿捕される事件も起きており、死者が出ています。
ロシアとしてはオホーツク海から太平洋に自由に航行できる原子力潜水艦のルートを確保しておきたいため、近年も国後島で軍事演習を行うなど、北方領土に対する実効支配を示す動きを強めているのが現状と言えます」
■過去には銃撃事件、不法上陸も
死者が出た銃撃事件とは、2006年8月16日に発生した第31吉進丸事件のことだ。歯舞群島の水晶島付近の海域で操業中だった根室市花咲港所属のカニかご漁船がロシア国境警備局の警備艇に追跡され、貝殻島付近で銃撃・拿捕された。この時、頭部に銃撃を受けた日本人乗組員1人が死亡した。
この時の乗組員も国後島の古釜布に連行され、通称ムネオハウスと呼ばれる日本人とロシア人の友好の家に拘束された。乗組員の遺体は8月19日に海上保安庁の船によって日本に引き取られ、30日に船長以外の2乗組員が解放。船長が解放されたのは、10月3日になってからのことだった。同様の銃撃事件は2010年にも発生している。
また、2007年にはロシア人漁船員の納沙布岬不法上陸事件が発生。2007年4月8日付の北海道新聞で詳報されている。
記事によると、水晶島と貝殻島の中間付近で操業していたロシア漁船の29歳の一等航海士が、納沙布岬の舟揚場にゴムボートで上陸後、近くの土産物店で缶ビール1箱(24本入り)を購入し、帰ろうとしたところ、漁業者からの通報を受けて駆けつけた根室署員に入管難民法違反(旅券不携帯)の現行犯で逮捕された。
※北海道新聞「納沙布岬 ウニ漁ロシア人『ビール買いたい』 ゴムボートで上陸 入管難民法違反で逮捕」(2007年4月8日)

北方領土付近では、日本人はロシア国境警備隊からの銃撃のリスクがあるのに対して、ロシア人は日本側から銃撃されるリスクは皆無であることも、こうした違法上陸を許してしまった背景にあるのではないか。
■「人の目」が危険を遠ざける
では、こうした国境問題の最前線に位置する根室が抱える課題とは何だろうか。
取材を通じて感じたのは、北方領土問題を外交や安全保障だけの問題として捉えるのではなく、「日本人がこの地域で暮らし、働き、訪れ続けること」そのものが重要な意味を持つということだ。
根室市の基幹産業である漁業の振興はもちろん欠かせない。加えて、日本最東端の納沙布岬や根室本線(花咲線)沿線への観光振興によって交流人口を増やしていくことも、外国と接する地域を維持する上で大きな役割を果たすだろう。
筆者が根室を訪れた9月初旬は、JR東日本の「大人の休日倶楽部パス」の利用期間中だったこともあり、花咲線の終着駅である根室駅には全国各地から多くの旅行者が訪れていた。納沙布岬で話を聞いた観光客の多くは、東京や群馬、京都など本州各地から訪れた日本人であり、外国人観光客は少数派だった。
こうした外国と接する地域では、人の流れが途絶えてしまうことが大きなリスクとなる。納沙布岬のロシア人漁船員不法上陸事件では、地元漁業者からの通報により速やかに逮捕に至っている。漁業者や観光客、地域住民の活動が活発であれば、不審船や不法上陸といった異変にも気付きやすい。しかし、人口減少や地域の衰退によって人の目が失われれば、不法上陸の監視機能そのものが弱まってしまう。

領海警備というと海上保安庁の役割が注目されがちだが、実際には地域産業を維持し、日本人が訪れ続ける環境をつくることもまた重要な安全保障なのである。
■北方領土の対岸が廃墟街ではいけない
納沙布岬から貝殻島までは3.7キロしか離れていない。プーチン大統領の択捉島訪問によって改めて注目された北方領土問題だが、その最前線では今も人々の暮らしが続いている。
江戸時代のラクスマン来航やゴローニン事件から200年以上。根室は一貫してロシアと向き合う日本の最前線であり続けてきた。さらに、ロシアは未だに北海道の領有について野心を捨ててはいない。2022年4月にロシア連邦議会議員で政党「公正なロシア」党首のセルゲイ・ミロノフ氏は「ロシアは北海道にすべての権利を有している」と発言している。
だからこそ、この地で漁をする人々、生活する人々、そして全国から訪れる旅行者たちの存在が、日本の実効支配が確かに根室半島に及んでいることを示す必要があるのである。そのためにも納沙布岬が廃墟街となるようなことはあってはならない。

北方領土問題の解決への道筋は依然として見えない。しかし、少なくとも言えるのは、人が住み、働き、訪れ続けることで初めて領土は維持される。オーロラタワーに象徴される納沙布岬の廃墟化の現場は、その現実を私たちに強く問いかけていた。
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櫛田 泉(くしだ・せん)
経済ジャーナリスト
1981年北海道生まれ。札幌光星高等学校、小樽商科大学商学部卒、同大学院商学研究科経営管理修士(MBA)コース修了。大手IT会社の新規事業開発部を経て、北海道岩内町のブランド茶漬け「伝統の漁師めし・岩内鰊和次郎」をプロデュース。現在、合同会社いわない前浜市場CEOを務める。BSフジサンデードキュメンタリー「今こそ鉄路を活かせ!地方創生への再出発」番組監修。
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(経済ジャーナリスト 櫛田 泉)
