パート主婦「年収106万円未満」でも手取り減? 10月から「週20時間」で社保加入へ…損しない働き方“2つの選択肢”
10月から、パートで働く主婦やアルバイトで働く若者などにとって長年「見えない上限」として立ちはだかってきた「106万円の壁」がついに撤廃される。
今回の見直しは、2025年に成立した年金制度改正法に基づくものだ。社会保険(健康保険・厚生年金)への加入要件の一つである「月額賃金8万8000円以上(年収換算で約106万円)」という基準そのものが法律上なくなるという、大きな転換である。
10月以降は、勤務先の企業規模などの要件を満たす人であれば、年収の金額にかかわらず、週20時間以上働けば社会保険の加入対象となる。
手取りが一時的に減る可能性がある一方、将来の年金増額や傷病手当金といった保障を得られる側面もある。
本記事では、社会保険労務士の登録もおこなう弁護士に、施行直前だからこそ押さえておきたいポイントを聞いた。(ライター:岩田いく実)
働き控えの原因になってきた「年収の壁」「年収の壁」とは、税金や保険料などの負担を避けるため、パートやアルバイトで働く人が就業時間を抑える目安となってきた年収ラインを指す。
年収が178万円を超えると所得税がかかる「178万円の壁」や、年収130万円以上になると配偶者ないしは親の社会保険の扶養から外れる「130万円の壁」など複数の壁が存在するが、そのなかでも「106万円の壁」は、社会保険料の負担が発生し始めるラインとして意識されてきた。
配偶者の年収が136万円を超えると配偶者控除から配偶者特別控除に切り替わるが、169万円までは控除額(所得税では多くの場合38万円)自体は変わらない。
年収が106万円を超えて社会保険の加入対象になると、厚生年金・健康保険の保険料が給与から天引きされるため、その分手取り額が減少する。
このため、「将来的な保障は手厚くなるものの、当面の手取りが減ることを避けたい」という理由から、あえて収入が106万円未満に収まるよう労働時間を調整する人が少なくなかったのだ。
これまで、正社員の4分の3未満の時間で働くパート・アルバイトが勤務先の社会保険に加入するには、次の5つの条件をすべて満たす必要があった。
勤務先の従業員数が51人以上 週の所定労働時間が20時間以上 賃金が月額8万8000円以上(年収換算で約106万円以上) 雇用期間が2カ月を超える見込み 学生ではないこのうち「賃金が月額8万8000円以上」という要件こそが「106万円の壁」の正体だ。そして、今年10月からは、この賃金要件そのものが法律上撤廃される。
背景には、近年における最低賃金の急速な上昇がある。
最低賃金が上がり続けたことで、週20時間働けば自然と賃金要件を満たす状況が全都道府県で整い、「賃金要件を残す意味が薄れてきた」という制度上の実情が撤廃の後押しとなった。
他の4つの要件(勤務先の従業員数、週の所定労働時間、雇用期間の見込み、学生でないこと)は当面維持される見込みだ。ただし「従業員数51人以上」という企業規模要件も、2027年10月から段階的な縮小が始まり、2035年10月に完全に撤廃される予定である。
厚生労働省は、企業規模要件の撤廃により70万人程度、最低賃金の引上げとそれに伴う賃金要件の撤廃によりさらに110万人程度、被用者(労働者)が増加すると推計している。
「時給」ではなく「労働時間」が社会保険加入の基準に「今回の改正で最も大きく変わるのは、『年収を抑えて働く』という発想そのものが通用しにくくなる点です」と、社会保険労務士の登録もおこなう古田雄哉弁護士は指摘する。
古田弁護士:これまでは年収106万円未満に抑えれば社会保険料の負担を避けられましたが、10月以降は、企業規模などの他の要件を満たしている限り、週の所定労働時間が20時間以上であれば、原則として年収の多寡にかかわらず加入対象になります。
つまり、これからは時給がいくらかよりも、週に何時間働くかが、社会保険に入るかどうかを左右することになります。
また、社会保険上の加入義務と、税法上の扶養や配偶者手当の支給基準は、もともと別の制度です。
106万円の壁がなくなったからといって、配偶者控除や配偶者特別控除といった税法上のラインや、勤務先の配偶者手当の基準までなくなるわけではありません。制度ごとに基準は異なるので、混同しないよう注意が必要です。
手取りの減少を過度に恐れるのではなく、将来の年金額や傷病手当金といった保障の中身を踏まえて、自分に合った働き方を選ぶことが大切でしょう。
--特に、これまで就業調整をしてきた人にとっては、「労働時間を増やして手取りの減少分を上回る収入を目指す」という選択肢も現実的になっていくだろう。
企業が取るべき対応は?企業側にとっても、今回の改正は無視できないインパクトを持つ。
古田弁護士:社会保険料は労使折半が原則であるため、新たに加入対象となる従業員が増えれば、企業が負担する保険料も増加します。特にパート・アルバイトを多く抱える小売業や飲食業、サービス業などでは、人件費全体への影響が大きくなりやすいでしょう。
一方で、人手不足に悩む企業にとっては追い風となる可能性もあります。これまで「106万円を超えると手取りが減るから」という理由で就業調整をしていた人が、壁を意識せずに働くことが可能になるため、「労働時間を増やしたい」と希望する人が増えることも見込まれます。
人手不足による倒産も相次ぐ中、既存スタッフの稼働時間が伸びることは、企業にとって貴重な労働力確保の機会にもなり得るでしょう。
保険料負担の増加に備え、国はキャリアアップ助成金による支援策を用意しています。
ただし、従来の「社会保険適用時処遇改善コース」は2026年3月末までに取組を行った事業主のみを対象とする時限措置となっており、現在の中心は、2025年7月1日に新設された「短時間労働者労働時間延長支援コース」です。
短時間労働者の所定労働時間を延長して社会保険に加入させ、あわせて賃金の引上げなどを行った事業主に対し、取組内容や企業規模に応じて、労働者1人あたり最大75万円が助成されます。
企業側には、こうした支援策の活用を、従業員への説明や就業規則の見直しとあわせて検討することも求められるでしょう。
また、企業の人事・労務担当者には10月の施行に向けて、対象となる従業員の洗い出しや社会保険料負担のシミュレーション、従業員への丁寧な説明が求められます。
--106万円の壁撤廃により、長年「働き控え」の要因とされてきた収入基準がなくなり、これからは労働時間そのものが働き方の分かれ目になる。
手取りか、将来の保障か--主婦などにとって、ライフスタイルを見直す大きなきっかけになりそうだ。
■プロフィール
古田 雄哉(ふるた・ゆうや)/One Asia法律事務所 大阪オフィス パートナー弁護士。社会保険労務士。 立命館大学法科大学院修了後、兵庫県内の法律事務所、同事務所の支店長職を経て現職。交通事故や労災等の損害賠償訴訟、および中小企業の労務管理・紛争予防や国際相続を専門とする。弁護士と社労士のダブルライセンスを活かし、労働環境の整備から訴訟対応までワンストップで支援。共著に『南アジアの法律実務』『問題不動産 対応マニュアル』などがある。
岩田いく実:損害保険会社、法テラス、一般民事系法律事務所に勤務後、ライターに転身。パラリーガル経験を活かし、年間60人を超える弁護士・税理士を取材。相続や離婚、不動産売却、債務整理、損害保険などのテーマを中心に執筆。第一法規『弁護士のメンタルヘルスケアの心得』で記事執筆、自主出版に『ルポ豊田商事』がある。

