(※写真はイメージです/PIXTA)

写真拡大

定年退職を機に手に入れた、念願の「終の棲家」。豊かな老後を叶えるはずの決断が、時に思わぬ落とし穴となります。あんなに望んだ理想の住まいは、なぜ後悔へと変わってしまったのか--。ある男性の事例から、定年後のマイホーム購入に潜むリスクを紐解きます。※事例の人物名はすべて仮名です。

定年後の夢だった「自然豊かなマイホーム」

現役時代は長年公務員として働き、ずっと官舎暮らしを続けていたヨシマサさん。「いつか自分の意志で選んだ持ち家を持ちたい」という思いは長年の憧れでした。

長年官舎暮らしだったこともあり住居費自体は抑えられていましたが、家族思いのヨシマサさんは、2人の子どもの私立大学費用や結婚・住宅購入の援助に現役時代の蓄えの多くを充てていました。それでも「公務員の自分には2,300万円の退職金と手厚い年金があるから、自分たちの老後は十分賄える」という安心感があったのです。

60歳で無事に定年退職を迎えた際、受給口座に振り込まれた2,300万円の退職金を一括で投じ、念願の住まい探しをスタートさせました。持ち家の購入は、長年苦労をかけた妻のヒロミさん(68歳)への感謝の証でもあったため、退職金口座の残高がゼロになったあの日の通帳の記憶は、10年経ったいまでも鮮明に心に刻まれています。

妻も「老後は緑に囲まれた静かな場所でゆったり過ごしたい」と望んでいたため、夫婦の希望はすんなりまとまりました。そうして巡り会ったのが、千葉県の郊外に位置する広大な敷地付きの中古一戸建てです。本格的な家庭菜園を楽しめる畑があり、隣家ともほどよい距離感がある物件に、ヨシマサさんとヒロミさんは「ここを終の棲家にしよう」と決意します。

購入後しばらくは、思い描いたとおりの充実した日々が続きました。丹精込めて育てた野菜をふんだんに収穫し、週末には子どもたちや孫たちが集まって庭でバーベキューを楽しむなど、賑やかで幸せな時間を重ねていました。

70歳を迎えて「住めない家」に…

しかし、加齢とともに状況は一変します。70歳を前にヨシマサさんは足腰や膝の痛みに悩まされるようになり、あんなに好きだった畑仕事も身体への負担から放置気味になりました。広々とした3LDKの間取りも高齢の夫婦2人には持て余し、階段の往復や掃除が行き届かなくなった部屋は、いつの間にか不用品が積み上がる物置と化していったのです。

さらに、健康なときには気にならなかった住居内のバリアフリー不足も重くのしかかります。玄関先の高い段差や冷え込みの激しいタイル張りの浴室、急な階段は、日々の生活で事故の危険を感じさせる場所となりました。

それに輪をかけて深刻だったのが、周辺環境の利便性の低さです。日用品の買い物に向かうにも最寄りの大型スーパーまで車で片道30分、近くのコンビニエンスストアでさえ車で15分ほど走らせなければなりません。高齢ドライバーの免許返納が社会的にも叫ばれるなか、「もし車に乗れなくなったらどうやって生きていけばいいのか」という恐怖が夫婦を襲ってきます。

マイホームを手放しサ高住へ住み替え…絶句した理由

この10年間、思い描いていた理想を叶えた裏側で出費も重なっていました。敷地の雑草対策や建物の修繕、固定資産税に加え、60代半ばには双方の親の介護費用も発生し、手元の蓄えを着実に取り崩していたのです。

「このままここで暮らし続けるのは限界かもしれない」

子どもたちからの助言もあり、夫婦は住み替えを決意しました。家を売却した資金を充てて、駅近くのバリアフリーに配慮されたサービス付き高齢者向け住宅へ移り住もうと考えたのです。

ところが、複数の不動産業者に査定を依頼したヨシマサさんは、提示された数字を見て言葉を失いました。不動産の担当者はこう説明したのです。

「アクセスがいい都市部とは異なり、公共交通の便が悪い郊外の戸建て物件は、需要が乏しく価格が維持しにくいのが現状です。また、こちらの敷地には古い大がかりな擁壁(ようへき)がありますが、いまの安全基準を満たしておらず、かなり老朽化が進んでいます。買い手を付けるには、解体費や庭の整地だけでなく、この擁壁の補修ややり替え工事に数百万円単位の費用がかかります。土地自体の査定額とこれらの施工費用が相殺され、お客様の手元に残る売却額はほぼ0円です。もしかすると、10年前の購入時点でも、相場よりかなり高値で契約されていた可能性があります」

仮にこの10年間を賃貸で暮らしていれば、いくらか家賃を支払っていたとしても、手元には1,000万円以上の退職金が「いつでも動かせる現金」として残っていたはずでした。その資金さえあれば、サ高住への入居一時金も捻出でき、将来の医療や介護への備えも整えられたかもしれません。

不動産の知識がなかったばかりに、購入当初から隠れた欠陥リスクごと相場以上の高値で掴まされていた--。10年前に2,300万円もの退職金を投じて購入した「終の棲家」は、売却しても一銭の現金にもならない負の遺産と化していました。

確かに賃貸暮らしであれば、毎月一定の家賃支出は発生します。しかし、それ以上に「手元にまとまった現金を残せる」という大きな強みがありました。手元に資金さえあれば、高齢になって体調が変わった際にも、サ高住への入居一時金に充てたり医療費に回したりと、状況に合わせて柔軟に生活を組み替える融通が利いたはずだったのです。

持ち家を購入したばかりに手元の流動資金は固定化され、いまやサ高住へ移るための元手すら捻出できません。2,300万円の退職金は、消え去ってしまいました。

ヨシマサさんは、「高値で買わされ、挙句の果てに手元には1円も残らないなんて……。終の棲家にすることもできず、資産にもならず。こんなことならマイホームにこだわらず、賃貸にしておけばよかった」と後悔に震えずにはいられませんでした。

後悔しないシニア世代の「住まい選び」とは

国土交通省の『令和5年住生活総合調査』を見てみると、持ち家に住む65歳以上の高齢夫婦世帯では、バリアフリー化や生活のしやすさを求めた「高齢期の住みやすさ」が住み替えの最も大きな目的となっています。

・高齢期の住みやすさ(36.0%)

・住宅の質を向上させるため(15.4%)

住宅内および周辺環境のバリアフリーに関する不満や改善ニーズも取り上げられています。住宅の個別要素に対する不満率において、「高齢者への配慮(段差がない等)」は43.4%と最も不満が高い項目となっています。さらに、居住環境の個別要素でも、「敷地やまわりのバリアフリー化の状況」の不満率が43.2%と高くなっています。

では、老後の住まい計画で後悔しないためにはどのような点に注意を払うべきでしょうか。

まずは「賃貸」でその土地の暮らしを試す

見知らぬ土地や郊外へいきなり持ち家を購入して移住するのではなく、まずは1~2年ほど賃貸物件で暮らし、実際の利便性や気候、近所付き合いなどを体感してみることがリスク回避に繋がります。

敷地や構造の「リスク調査」を徹底する

特に築年数の経過した一戸建てや高低差のある物件の場合、古くなった擁壁の補修費や解体費用が将来的に跳ね上がり、資産価値をゼロにしてしまう恐れがあります。購入前には必ず第三者の専門家による建物調査(インスペクション)や敷地確認を行い、将来的な修繕・擁壁費用などのコストを含めた総合的な判断が必要です。

将来の売却を見据えた物件選択

身体が元気な時期の好みだけで選ぶのではなく、生活インフラ(病院、スーパー、公共交通機関)が整っており、万が一の際に売却や賃貸に出しやすい駅近くのコンパクトな物件を視野に入れることが安心に繋がります。

身体機能の変化と子の居住地へのアクセス

70代、80代と年齢を重ねるにつれ、医療や介護が必要になる可能性は高まります。子世帯の居住地から極端に離れていない場所を選ぶなど、将来的なサポート体制も考慮に入れた柔軟な住まい選びが求められます。

大きな買い物だからこそ、「いまの理想」だけでなく「10年後・20年後の健康状態や資産性」まで見据えた判断が、穏やかな老後を守る鍵となるでしょう。