「“書かなくていい”と言われたものを今は書きたい」大正×耽美×ミステリー『ミルテの指』【丸木文華 インタビュー】
※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2026年10月号からの転載です。

丸木文華さんは、ゲームのシナリオライターから、BL・TL作品を数多く手がける人気作家となり、昨年には『冷たい骨に化粧』を刊行し一般文芸にも活躍の幅を広げている、今注目の作家だ。そんな丸木さんが今回、初の長編ミステリー小説となる『ミルテの指』を上梓した。作品について、そして丸木さんご自身について、お話をうかがった。
指を切り落とし、鉢に植える--。そんな残酷な場面を丸木文華さんは幼い頃、母に読んでもらった童話で知ったという。題名を忘れても指の記憶だけは消えなかった。大正耽美ミステリー『ミルテの指』は、童話『ミルテの木の娘』の記憶から生まれた。
丸木文華さん(以下、丸木):ほかにも『青ひげ』など怖い童話は読みましたが、こんなにも具体的に指を切って植える、なんて話はあまりないですよね。ずっと憶えていて、いつか使いたいと思っていたんです。もともと美しい女性が殺される物語を考えていたので、この童話をモチーフにすることにしました。
■証言が重なるたび、死者の顔が変わっていく
物語は、人気画家・矢田清吾の山荘で起きた殺人事件に端を発する。清吾が恋人の百合子を殺して自殺したのだ。事件を再調査する私立探偵・千秋は、現場にいた5人の女性たちのもとを訪れる。
丸木:推理小説は昔から好きですが、密室殺人のトリックや犯行の“からくり”には、実はあまり興味がないんです。表からは見えなかった登場人物たちの関係や、それぞれの物語が見えてくるのが好きで。今回はいろんな女性を一人ずつしっかり描きたくて、対話で事件を解く形にしました。
清吾に忠誠を尽くす女中のくに、したたかなモデルの時栄、清吾の弟子だった画家・藤乃、自由恋愛を謳歌する作家の寿満子、清吾鍾愛のひとり娘・美代子。証言が重なるにつれて百合子の像は変わってゆく。
丸木:最初の設定では百合子は“殺されても仕方がない嫌な人物”で、自分のなかでまだ平面的でした。でも、多くの人が彼女を語るのに、その印象がすべて同じであるはずがない、と気づいて。違う一面を知る人もいるはず。そう考えて書いていくうち、だんだん百合子のいろんな面が見えていった。
■“書かなくていい”と言われたものを今は書きたい
人物を描くときは、読者だけでなく作者自身も驚きたいと語る。
丸木:どんでん返しとまではいかなくても、読んでいて「実はこうだったんだ」と思えることが起きてほしい。見た目からは想像もつかない顔が出てくると、その人がぐっと魅力的になるんです。文字だけを読んで、自分のなかで映像が作られていく。その思い込みを利用できるのも小説ならではのおもしろさですね。
時代設定を大正期に定めた背景には、丸木さんが横溝正史、江戸川乱歩、谷崎潤一郎らを愛読してきた土壌があった。
丸木:近代小説は日本語そのものが美しいんです。文章のリズム、湿気を感じるような粘り。ミステリーを書くうえでも、現代ほど科学的な知識や捜査に頼らず、人間の情緒や関係性に焦点を当てられる。そこもこの物語には合っていました。
丸木さんは長年にわたりBL・TL小説界で活躍してきた。性愛を人間の欲望や関係性、生と死の感覚まで描くための「言語」として使いこなし、熱狂的な読者を持つ。
丸木:BLを書いていた頃は、本当に“萌え”が原動力で、書きたいものがたくさんありました。でも恋愛が中心となるジャンルなので、そこにミステリー要素を盛り込んでも、編集者から事件や物語にはそこまで凝らなくてもいいと言われることもあって。そうすると逆に、“書かなくていい”と言われたものを書きたくなってきたんです。強い女性を存分に書いてみたい、と。
丸木作品に登場する女性たちは強く美しく、そしてタフだ。傷つけられ、ときに犠牲になりながらも、それだけでは終わらない。
丸木:私はフェミニストなので強い女性に惹かれます。女性は生き抜く力を持っている一方で、現実社会では犠牲になることが多い。そういうことへの意識も、書くものに反映されているかもしれませんね。
「犠牲者」という言葉には収まりきらない、一筋縄ではいかない女たち。その一人ひとりの生が、この物語のなかで烈しく脈打っている。
取材・文:皆川ちか 写真:首藤幹夫
まるき・ぶんげ●埼玉県出身。ゲームの原画家からシナリオ作家となり『コイビト遊戯』『蝶の毒 華の鎖』などを手がける。2008年『兄弟』で小説家デビューし、BL・TL小説を中心に活躍。心の暗部を濃密かつ耽美的に描く作風で多くの読者を獲得する。代表作に『フェロモン探偵』『蜘蛛の見る夢』他多数。2025年に一般文芸『冷たい骨に化粧』を発表。
『ミルテの指』
丸木文華
KADOKAWA 2310円(税込)
人気画家・矢田清吾が、長年の恋人である百合子を殺し自ら命を絶った。百合子の右手は5本の指すべてが切断され、今なお見つかっていない。半年後、私立探偵・千秋は清吾の弟子・藤乃から依頼を受けて事件の再調査に乗りだすが、証言が重なるたび百合子の知られざる顔が浮かび上がる。大正時代を舞台に、女たちの欲望と秘密が絡みあう耽美ミステリー。

丸木文華さんは、ゲームのシナリオライターから、BL・TL作品を数多く手がける人気作家となり、昨年には『冷たい骨に化粧』を刊行し一般文芸にも活躍の幅を広げている、今注目の作家だ。そんな丸木さんが今回、初の長編ミステリー小説となる『ミルテの指』を上梓した。作品について、そして丸木さんご自身について、お話をうかがった。
丸木文華さん(以下、丸木):ほかにも『青ひげ』など怖い童話は読みましたが、こんなにも具体的に指を切って植える、なんて話はあまりないですよね。ずっと憶えていて、いつか使いたいと思っていたんです。もともと美しい女性が殺される物語を考えていたので、この童話をモチーフにすることにしました。
■証言が重なるたび、死者の顔が変わっていく
物語は、人気画家・矢田清吾の山荘で起きた殺人事件に端を発する。清吾が恋人の百合子を殺して自殺したのだ。事件を再調査する私立探偵・千秋は、現場にいた5人の女性たちのもとを訪れる。
丸木:推理小説は昔から好きですが、密室殺人のトリックや犯行の“からくり”には、実はあまり興味がないんです。表からは見えなかった登場人物たちの関係や、それぞれの物語が見えてくるのが好きで。今回はいろんな女性を一人ずつしっかり描きたくて、対話で事件を解く形にしました。
清吾に忠誠を尽くす女中のくに、したたかなモデルの時栄、清吾の弟子だった画家・藤乃、自由恋愛を謳歌する作家の寿満子、清吾鍾愛のひとり娘・美代子。証言が重なるにつれて百合子の像は変わってゆく。
丸木:最初の設定では百合子は“殺されても仕方がない嫌な人物”で、自分のなかでまだ平面的でした。でも、多くの人が彼女を語るのに、その印象がすべて同じであるはずがない、と気づいて。違う一面を知る人もいるはず。そう考えて書いていくうち、だんだん百合子のいろんな面が見えていった。
■“書かなくていい”と言われたものを今は書きたい
人物を描くときは、読者だけでなく作者自身も驚きたいと語る。
丸木:どんでん返しとまではいかなくても、読んでいて「実はこうだったんだ」と思えることが起きてほしい。見た目からは想像もつかない顔が出てくると、その人がぐっと魅力的になるんです。文字だけを読んで、自分のなかで映像が作られていく。その思い込みを利用できるのも小説ならではのおもしろさですね。
時代設定を大正期に定めた背景には、丸木さんが横溝正史、江戸川乱歩、谷崎潤一郎らを愛読してきた土壌があった。
丸木:近代小説は日本語そのものが美しいんです。文章のリズム、湿気を感じるような粘り。ミステリーを書くうえでも、現代ほど科学的な知識や捜査に頼らず、人間の情緒や関係性に焦点を当てられる。そこもこの物語には合っていました。
丸木さんは長年にわたりBL・TL小説界で活躍してきた。性愛を人間の欲望や関係性、生と死の感覚まで描くための「言語」として使いこなし、熱狂的な読者を持つ。
丸木:BLを書いていた頃は、本当に“萌え”が原動力で、書きたいものがたくさんありました。でも恋愛が中心となるジャンルなので、そこにミステリー要素を盛り込んでも、編集者から事件や物語にはそこまで凝らなくてもいいと言われることもあって。そうすると逆に、“書かなくていい”と言われたものを書きたくなってきたんです。強い女性を存分に書いてみたい、と。
丸木作品に登場する女性たちは強く美しく、そしてタフだ。傷つけられ、ときに犠牲になりながらも、それだけでは終わらない。
丸木:私はフェミニストなので強い女性に惹かれます。女性は生き抜く力を持っている一方で、現実社会では犠牲になることが多い。そういうことへの意識も、書くものに反映されているかもしれませんね。
「犠牲者」という言葉には収まりきらない、一筋縄ではいかない女たち。その一人ひとりの生が、この物語のなかで烈しく脈打っている。
取材・文:皆川ちか 写真:首藤幹夫
まるき・ぶんげ●埼玉県出身。ゲームの原画家からシナリオ作家となり『コイビト遊戯』『蝶の毒 華の鎖』などを手がける。2008年『兄弟』で小説家デビューし、BL・TL小説を中心に活躍。心の暗部を濃密かつ耽美的に描く作風で多くの読者を獲得する。代表作に『フェロモン探偵』『蜘蛛の見る夢』他多数。2025年に一般文芸『冷たい骨に化粧』を発表。
『ミルテの指』
丸木文華
KADOKAWA 2310円(税込)
人気画家・矢田清吾が、長年の恋人である百合子を殺し自ら命を絶った。百合子の右手は5本の指すべてが切断され、今なお見つかっていない。半年後、私立探偵・千秋は清吾の弟子・藤乃から依頼を受けて事件の再調査に乗りだすが、証言が重なるたび百合子の知られざる顔が浮かび上がる。大正時代を舞台に、女たちの欲望と秘密が絡みあう耽美ミステリー。
