「貴婦人」と愛称の付いたC57形蒸気機関車(c6210 / PIXTA)※事故車両とは無関係

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2023年6月、JR宇都宮線の蒲須坂-片岡間で、線路内に立ち入って撮影しようとした20代の男性2人により、臨時の寝台特急「カシオペア」が緊急停止した。2人は鉄道営業法違反で略式起訴され、大田原簡易裁判所は科料9000円の略式命令を出している。

近年、この種の報道が出るたび、「撮り鉄」という語に批判が集中する。だが鉄道を趣味とする人の大部分は、ルールを守って撮影を楽しんでいる。ごく一部の心ない人のこうした違法行為が、撮り鉄全体の評価を引き下げるという構図が、この問題の厄介なところだ。

では、こういったことは最近の話なのかと言うと、実はそうではない。ちょうど50年前にも、SLを写真に収めようと線路に立ち入った小学校5年生の少年が、被写体の機関車と接触して亡くなる事故が起きている。(島崎敢(近畿大学教授・安全心理学))

1976年9月4日に起きたこと

この日、国鉄東海道線の京都-大阪間開通100周年を記念して、記念臨時列車「京阪100年号」が運転された。牽引したのは、梅小路蒸気機関車館(現・京都鉄道博物館)で動態保存されていた蒸気機関車C57形1号機(以下、C57 1)である。下りが京都11時10分発、上りが大阪16時10分発。1日1往復だけの運行だった。

当日は朝から沿線に人が集まり、報道各社はヘリコプターで列車を追った。午後になると学校を終えた児童や生徒が加わり、沿線の人出はさらに増えた。

そして復路、千里丘-茨木間で、線路内に立ち入って撮影していた小学5年生の男児が列車に接触した。男児は病院に搬送されたが死亡した。

男児の両親は「国鉄側の警備ミスが原因だ」と大阪府警に告訴していたが、捜査一課は事故翌年の1977年5月、国鉄側の過失を問うことは難しいと判断。この判断を示した捜査資料を大阪地検に送った。また、業務上過失致死容疑で調べていた機関士についても、容疑不十分として同時に書類送検され、一連の捜査が終了した(その後、両親が民事訴訟を提起した記録はあるが、裁判結果は不明)。

線路内に人が立ち入ってくることを前提に運転はできず、列車の制動距離を考えれば事故回避は不可能だった、という判断であろう。

少なくとも刑事事件としての法的な整理は、「鉄道事業者に責任のない事故」である。関係者は誰も処罰されなかった。

しかし、これだけの情報では50年前の熱狂を理解するのには不十分かもしれない。

消えていく「蒸気機関車」への想い

国鉄は前年の1975年12月をもって蒸気機関車の営業運転を終了し、1976年3月には北海道に入換用として残っていた最後の3両も運用を終えた。つまりこの時点で、国鉄が保有する動く蒸気機関車は、梅小路の動態保存機だけだった。

しかも C57 1にもタイムリミットがあった。この年の10月にボイラーの検査期限が切れる。「京阪100年号」は、その前の最後の花道という意味を含んだ運行でもあった。

蒸気機関車は、その後の電気やディーゼルの車両とは、機械としての性質が違うように思う。動輪を回すロッドやクランクといったメカニズムが外に剥き出しで、動く様子がそのまま見える。蒸気を使って走るため、排気のたびに音が出て、煙と蒸気が吐き出される。停まっているときも、圧力を保つために音を立て続ける。

人はここに、呼吸をし、息を切らし、力を込めて走る“生き物”を見る。高圧蒸気を使った独特の和音を鳴らす汽笛の音色と余韻は声のようにも聞こえ、日本語は「機関車が頑張って走っている」という表現が自然に成立する。

毎日のように見ていた生き物のようなSLが、電気とディーゼルに置き換えられて消えていく。その最後の姿を目に焼き付けたい、記録に残したいという感覚は、鉄道に興味のない人でも理解できるだろう。今日、引退する電車を見送るために多くの人が駅に集まるが、人々が命や魂を感じてきたSLの引退ともなれば、その熱狂は相当なものだったはずだ。

「貴婦人」と呼ばれたC57

もう1つ、C57 1という機関車そのものについて説明しておきたい。ここは鉄道趣味的な話になるが、事故があった日の人出を理解するうえでは避けて通れない。

日本は、蒸気機関車を早い段階から国産化できた数少ない工業国である。ただし日本の在来線の軌間は1067ミリで、欧米の標準軌1435ミリより狭い。線路の幅が狭いということは、その上に載せられるボイラーの大きさにも、車体の安定性にも制約がかかるということだ。日本の蒸気機関車は、この制約の中で性能を追い込んだ、当時の日本のテクノロジーの結晶だった。

鉄道に詳しくない人でも名前を知っているのは、おそらく「デゴイチ」ことD51形だろう。国内だけで1115両が製造された、日本で最も多く作られた蒸気機関車である。貨物用で、動輪は小さく、速度よりも牽引力に振った設計だ。

もう1つ有名なのがC62形である。旅客用としては日本最大の蒸気機関車で、『銀河鉄道999』を牽引しているのも、未来仕様のC62である。1954年にC62 17号機が東海道本線で時速129キロを記録し、狭軌の蒸気機関車として当時の世界最速記録を叩き出した。ただし大型で重く、線路の強度が足りない路線には入れないという制約があった。

この2つが、それぞれ牽引力と速度に全振りした機関車だとすれば、C57形はバランスをとことん極めた機関車だった。1937年から1947年にかけて201両が製造された旅客用機で、直径1750ミリの大きな動輪を持ちながら、軸重を抑えて地方の幹線にも入れるようにまとめられている。

カーブが多く、線路もそれほど強くない路線で、それなりの速度を出せる。制約の中でオールマイティーに活躍することを目指した、日本の蒸気機関車設計が到達した1つの完成形と言っていい。

そしてこの機関車は、見た目の評価が非常に高かった。パワーに振っていないぶんボイラーは細く、スポークの入った大径動輪が長い脚のように見える。バランスを極めた設計思想が、そのままプロポーションの美しさとなった。この姿から「貴婦人」という愛称で呼ばれた。マッチョなD51とも、アスリートなC62とも異なる、最も美しく均整の取れた、いわばSL界のスーパーモデルである。

C57 1は、その形式のトップナンバーである。一般の人は番号など気にしないが、趣味の世界では1号機というのは特別な意味を持つ。最も美しいとされる形式の、最初の1両。それが、蒸気機関車が日常から消えた直後に、検査期限を目前にして、1往復だけ走る。

当時はデジタルカメラもスマートフォンもない。フィルムは有限で、現像するまで結果はわからず、シャッターを切り直す機会もない。一度きりの通過を、最も美しいその車体を、自分の手で1枚に収める。あの日沿線にいた人々の心の中には、そんな思いがあったのだろう。事故で命を落とした少年も例外ではなかったはずだ。

だからといって、線路に立ち入って良いということにはならないが、思いが強すぎて周囲が見えなくなってしまったという側面はあるに違いない。

注意は“深さ”と“広さ”を両立しない

当時の毎日新聞は、京阪100年号と少年の接触について「(少年が)線路の敷地内でシャッターを切っているうちに線路に近づきすぎたらしい」と報じている。事故の前にも誰かが列車の前を横切り急停車していたことが書かれている。

さらに、事故後も撮影しようとする人たちは減らず「少年たちはカメラを構え、列車が2~3メートルまで近づいても身動きしない」状況だったという。高槻駅近くで群衆により列車が立往生。結局、SLの運行は高槻駅で打ち切りになった。

人間は1つの対象に深く注意を向けると、周辺が見えなくなる。これは訓練で克服できる個人差の問題ではなく、人間という種の設計上の限界だ。

たとえばファインダーを覗いているとき、注意はレンズの先に集中している。構図、タイミング、露出。そこに深く入り込んでいれば、自分がどこに立っているか、何が近づいているかは、視界に入っていても認識されない。少年たちに、この構造を理解して自分の注意を管理せよと求めるのは無理があるかもしれないが、同様のことは大人にも起こる。

事実、航空管制や工場作業といった専門職の現場でも、集中の深さが周辺の異常の見落としを生む事例は繰り返し報告されてきた。

だから、この事故から引き出すべき教訓は、「ルールを守りましょう」だけではない。集中しても事故にならない場所を、集中する前に確保しておくことである。

撮影場所に限った話ではない。深い集中を要する作業を行う際に、周囲の危険を注意力で監視し続けることを前提にした計画は破綻する。危険と作業を空間的に分離しておく。それが人間の注意の性質に合った設計だ。

撮影は「合法に、安全に」

冒頭に挙げた「カシオペア」を緊急停止させた男性らに科せられた鉄道営業法37条の科料は、9000円と額としては軽い。だが立ち入りによって列車に急停止を強いれば、往来危険罪(刑法125条)も視野に入り、法定刑は2年以上の有期拘禁刑と一気に重くなる。そして刑罰の重さ以前に、列車が停まりきれず、本人たちが命を落とす可能性がある。

違法行為を避けるべき理由は、批判されるからでも撮り鉄の評判を守るためでもなく、まず自分が命を落とさないためである。鉄道を愛する人達には、合法的で安全な撮影を心がけてもらいたい。

■島崎敢
1976年東京都生まれ。早稲田大学大学院にて博士(人間科学)取得。同大助手、助教、防災科学技術研究所特別研究員、名古屋大学特任准教授、近畿大学准教授を経て、近畿大学教授。元トラックドライバー。全ての一種免許と大型二種免許、クレーンや重機など、多くの資格を持つ。心理学による事故防止や災害リスク軽減を目指す研究者。著書に「心配学~本当の確率となぜずれる~」(光文社)等があり、学術的知見を現場へ還元する実践の場として、トラックドライバー応援Podcast「プロフェッショナルドライブ」を配信中。