「大学進学はコスパが悪い」いま欧米で「大学進学不要論」が高まりを見せている「納得の理由」
「大学進学って意味があるの?」といった学歴不要論、大学進学不要論は、昔からある。
しかし日本はともかく、多くの先進国では学士号どころか修士、博士を持っていないとそれなり以上の企業では出世できない。
ところがそんな欧米でさえ、今では「大学進学はコスパが悪い」論が沸騰している。
何が起こっているのか。大学進学は今後も多くの人にとって必要なのか。
日本ではどうなのか?
大学進学不要論の背景にあるもの
大学進学不要論の背景には、学歴インフレと学費インフレが止まらないことがある。
学歴インフレは、雇用する側が採用コストを下げるために学歴や学校を優秀さのシグナルとして使う(ふるいにかけて足切りする)せいで、本人は特に志望していないとか、かつてであれば行かなくてもよかった人まで大学に行っている、行かざるをえなくなっているというものだ。
学費インフレは、アメリカが典型だが、大学進学に必要な学費がどんどん上昇し、多額の学生ローンなしでは通えなくなる現象だ。学費が高騰するから「そこまでして大学に通ったのに、結局、就職できないなら意味がない」という不満が噴出する。
学歴インフレ論はおよそ1970年代から、学費が高いという話も昔からある。
英米で進む高等教育への信頼低下
2026年のGallupとルミナ財団による共同調査では、大学などの高等教育に対して「高い信頼を寄せている」と答えたアメリカの成人はわずか38%で、2015年の57%から継続的に低下。「ほとんど信頼していない、あるいは全く信頼していない」と答えた割合は32%(2015年は10%)にまで増加した。
信頼を失った主な理由として、授業料の高すぎるコスト(30%)、実社会への職場準備の不足(25%)が挙げられている。
イギリスでも、社会意識調査(BSA 2025年版)によると、イングランドの成人のうち「大学教育は時間と費用をかける価値がない」と答えた割合は34%で2005年の14%から大幅増。「大学を卒業することが将来の経済的な成功に直接つながる」と考えている人は、50%から36%に落ちている。
英国では2012年以降、年間最大9,250ポンド(約200万円)の授業料が設定され、卒業生は高額な利息付きの学生ローンに苦しんでいる。なんと全体の約45%が一生この債務を完済しきれないとまで予測されている。そこまでいくと、さすがに制度として破綻していると思うのだが……。
しかし、「日本と比べて諸外国は給付型奨学金などサポートが手厚い」などとよく語られていたはずではないのか。
実際、米国では返済不要の給付型奨学金(ペル・グラント等)の拡充により、2000年~2021年の間に授業料は約2倍に跳ね上がったものの、学生が実際に支払う実質負担額の上昇はわずか2.6%に留まっている。さらに直近10年間(2012~2022年)では、インフレ調整後の実質授業料は公立4年制でマイナス1%、公立2年制でマイナス4%とむしろ低下している。
しかしこうした助成制度は基本的には低所得層を中心にカバーする制度であり、中間所得層にとっては不十分なのである。また、学費は無償化されてもその他の生活費の負担は軽減されない。さらに言うと扶助の金額が、学費や生活費のインフレに追いついていない。
こういった背景によって、アメリカでは全体の約60%の学生が平均3.7万ドルの負債を抱えて卒業する。
大学進学をあえて避ける動きも
かつ、「借金をして大学に行って卒業したところでホワイトカラーの仕事はAIに取って代わられていて、自分たちには門戸が開かれていない」という不安が若年世代にある。
そういうわけでZ世代のあいだでは大学進学を意図的に避け、電気、配管、溶接といった技能職を選択する動きがソーシャルメディア上で盛り上がり、それを大手メディアも取り上げることで、アメリカでは「ツールベルト世代」と呼ばれる存在がフォーカスされている。
専門技術を教えるカレッジなどは、就学/研修期間が6~24ヶ月と短く、費用も大学進学と比べると低価格だ。企業や労働組合の支援で無料になることもある。
もっとも、アメリカでも実際のところメディア上では盛り上がっていても、18~24歳の若者の中で実際にこの分野に就職しているのは2024年時点でわずか9%にすぎない。高校卒業生の6割以上は、依然として4年制大学への進学を選択している。
急激に大転換しているというより、もともとの長年のトレンドからすると意外な兆しがある、という話だ。
学費無料の国での「大学進学不要論」
学費が高い英米とは異なり、ドイツや北欧などの学費が無料・安価な国では大学進学不要論はどうだろうか?
ないことはないが、論点、力点が違っている。
ドイツや北欧でも授業料はかからなくても生活コストの高騰は起こっており、結局、7~9割の学生がドル換算で2万~4万ドル台の借金をして通っている(金利は低廉に設定されているけれど)。
たとえばスウェーデンでの議論は「大学での就学期間(4~8年)で失うはずだった労働収入(機会費用)を回収するには、卒業後に非大卒者より毎月1,000~8,000クローナ(約1.4万~11万円)以上多く稼ぎ続ける必要があるが、それに見合うプレミアムがあるのか?」といったものだ。
ドイツでは、大学への進学に疑問を持った若者の間で、修士号(Master)ではなく手仕事の最高資格(Meister)を選ぶ「Lieber Meister statt Master(修士よりマイスター)」というドイツ版ツールベルト論があるが、北欧ではとくにブルーカラー賛歌(美化)は起こっていないようだ。
もともと北欧やドイツでは職人の地位と職業訓練システムは確立されており、高等教育を受けなくても、職人を選んでも、比較的ゆたかで安定した生活を送ることができる。
ブルーカラー技能職での人手不足
しかし、にもかかわらず、大学に進学するとブルーカラーの仕事をなかなか選ばないため、人手不足、後継者不足が起こっている。
実際のところ、たとえばスウェーデンでは高校中退・中卒以下だと失業率が男性16.5%、女性28.2%に対し、大卒以上だと男性3.3%、女性5.1%。無償だからこそ「なんで行かないの?」という話になり、大学に行かないとそもそも職に就きにくい点はアメリカ以上なのである。
結果、「大学に行かないと仕事がない」という不安から多くの若者が大学進学してしまう。すると大卒の希望するホワイトカラー求人は足らず、求人のあるブルーカラー技能職を選ぶ人間がいなくなる、という不一致(ミスマッチ)の悪循環が起こっている。
だからドイツや北欧における大学進学不要論は、大学無償化が構造的に労働市場にゆがみをもたらしていることや、それによって過度な財政負担が生じているという、制度に対する批判が中心だ。
(そして国内でのこうした批判を受けて、かつては留学生に対しても学費無償だった北欧やドイツも、今では方針転換している)
学費無償の国で人々の大学進学のコスパ、タイパを問題視しているのは、税金を負担している国民とその采配を任されている政治家、政府の側である。
「メディア先行の議論」日本の問題点
日本でも大学進学率は上昇し、大学生の数は少子化にもかかわらず過去最高水準にあるなか、奨学金という名の学生ローンを背負い込む若者は多い。
ドイツや北欧と違って、日本は国が高等教育の費用を負担しているわけではない。
しかし本稿も含め、日本における大学進学不要論やブルーカラーミリオネア、ツールベルト世代の議論や報道は完全にメディア先行だと言っていいだろう。英米のように当事者の切なる声として高まっている気配はないし、そういうことを発信する若いインフルエンサーにも乏しい。
人手不足が深刻な業界・地方による「そうだそうだ、ホワイトカラーの仕事だけでなくこっちに目を向けてくれ」というアピールにブルーカラーミリオネア論は使われている。
ブルーカラーの人手不足に対しては政府も働き方改革の法制化を強く打ち出し、残業時間規制や賃金の適正化が進んできている。そうしないと職場として選んでもらえなくなってきているし、実際すぐに転職されてしまう。
それでもたとえば日本の建設業への新規学卒者(新卒)の入職者数は、2009年の2.9万人を底に、近年は4万人前後で横ばいであり、若者が現場に押し寄せている形跡は統計上、存在しない。
高卒人材でも就職率は非常に高く、ほぼ100%に近い(文部科学省「新規高等学校卒業予定者の就職状況に関する調査」)。それでも工業高校卒業者の3分の1は大学や専門学校などへ進学するし、農業高校でも約半数がそうする。
大卒と高卒では就職先の選択肢の間口の広さが違うし、生涯賃金も違うからだ。
やはりわが国でも先々への不安が、大学進学率を高めていると言える。
ただこれらはあくまでマクロの動向であって、個別の地域や産業・業種、個々人の選択として何がいいかはまた別の話だ。
私の中高時代の友人には、中学生のときから不登校で、中卒で実家の左官屋を継いで働いている人間がいるが、地方では競合は少ない(参入自体が少ない)わりに人口が減っても仕事は意外と途切れず、特別儲かるわけではないが、仕事は比較的安定しているようだ。
そしてそういう声は、あまりメディアには浮上してこない。
日本だと個人発信よりも、企業がブルーカラーの仕事をアピールするためにやっているソーシャルメディアのアカウントが目立つから、よけいに生の声がわかりにくい。
また、TikTokやYouTubeで発信していても、アルゴリズム(フィルターバブル)の問題によって、そもそも関心を少しでも持った人間にしか情報は届かない。
学費問題や大学進学以外の進路選択に対する若年世代の声があがりにくい、または見つかりにくく、それがマスメディアで増幅されるという回路ができていないことが、日本でのこの話題に関する大きな課題なのかもしれない。
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