令和8年の消費税をめぐる議論も…税制改革が税制改正とは大きく違って「難しい」理由【国際税務の専門家が解説】
税制改革は、経済や社会の変化に対応するために不可欠です。しかし、大規模な改革になればなるほど、政治的な対立や既存制度との摩擦が生じ、当初の構想どおりに進めることは容易ではありません。日本の消費税をめぐる議論を入り口に、アルゼンチンの事例から、税制改革の難しさを考えてみます。
消費税をめぐる「先人の苦労」
令和8年の税制関係の動向では、食料品に対する消費税の減税が大きなトピックとなりました。減税を推進する政府と、減税に反対する与党の一部議員、さらに野党との間で意見が対立する構図となっています。今後は、税制改正大綱や消費税の改正案が示され、国会で具体的な審議が行われることになるでしょう。
消費税の減税をめぐっては、与党の一部議員から、消費税制度の導入に至るまでの「先人の苦労」に言及する発言もあったようです。ここでいう「苦労」とは、どのようなものだったのでしょうか。
振り返ってみると、大平内閣による一般消費税の導入断念、中曽根内閣による売上税法案の廃案など、間接税の導入・改革をめぐって、歴代政権が大きな政治的困難に直面してきたことが分かります。
大平内閣、そして中曽根内閣の税制改革
中曽根内閣が進めた売上税構想は、1980年代の日本における税制改革を考えるうえで象徴的な事例です。
当時の米国では、レーガン大統領が1981年と1986年の2度にわたって大規模な税制改革を実施しました。中曽根康弘総理は、レーガン大統領と「ロン・ヤス」と呼ばれる親密な関係を築いていました。
こうした米国の税制改革を背景に、中曽根政権が日本でも間接税を中心とする税制改革を目指したという見方があります。しかし、1987年に公表された売上税構想は、事業者や国民から強い反発を受け、最終的に法案は廃案となりました。
その後、竹下内閣のもとで消費税の導入が進められ、1989年に3%の税率でスタートすることになります。現在では当然のように存在する消費税ですが、その導入に至るまでには、こうした長い政治的な曲折がありました。
大平内閣の一般消費税構想も含めれば、日本における間接税改革は、何度も政治的な壁に突き当たってきたことになります。
アルゼンチンでも大規模改革に壁
税制改革の難しさを考えるうえで、アルゼンチンの事例も興味深いものです。
ハビエル・ミレイ大統領は2023年12月に就任し、深刻なインフレと財政赤字を抱えるアルゼンチンで、大規模な経済改革を掲げました。2024年の同国のインフレ率は200%を超える水準となり、通貨ペソの下落も続いていました。
こうした状況のなかで、ミレイ大統領は就任直後から大規模な改革に着手しました。税制についても、個人所得税や法人税などを含む大幅な改革案を議会に提出しました。
しかし、政府が当初示した改革案は、議会での審議や政治的な調整を経るなかで修正を余儀なくされ、当初の構想をそのまま実現することはできませんでした。
現在のアルゼンチンでは、法人税率は35%、個人所得税の最高税率も35%となっています。消費税に相当する付加価値税は標準税率が21%で、品目によって異なる税率も設定されています。財政の立て直しとともに、複雑化した税制を簡素化することも課題となっています。
大規模な改革を掲げたとしても、それを実際の制度として成立させるまでには、議会や社会との調整という大きな壁があります。これはアルゼンチンに限った話ではありません。
日本にとっても無関係ではないアルゼンチンの教訓
経済的にはさまざまな問題を抱えるアルゼンチンですが、日本にとっては重要な食料輸入国の一つでもあります。
アルゼンチンは、トウモロコシ、小麦、大豆などの重要な輸入先です。また、世界の穀物市場で大きな影響力を持つ穀物メジャーの一角であるブンゲ(Bunge)は、ブラジルやアルゼンチンなど南米産穀物の取り扱いで大きな存在感を持っています。
そのため、アルゼンチンの経済政策や農業政策、さらには税制の変更は、同国だけの問題ではありません。世界の穀物市場を通じて、日本を含む各国の食料価格や貿易にも影響する可能性があります。
税制というと、どうしても国内の税負担だけに目が向きます。しかし、経済や企業活動が国境を越えて広がっている現在では、一国の税制や経済政策が、貿易や資源価格などを通じて他国にも影響することがあります。
「改革」はなぜ難しいのか
年度ごとの税制改正と、大規模な「税制改革」には大きな違いがあります。
年度ごとの税制改正では、基本的に既存制度を前提として、税率を変更したり、控除を見直したり、新たな特例を設けたりすることが中心となります。
一方、大規模な税制改革では、税率だけではなく、所得課税、消費課税、法人課税など、税制全体の構造を見直すことになります。
改革の規模が大きくなればなるほど、既存制度との摩擦も大きくなります。納税者、企業、業界、行政、政治家など、それぞれの立場によって改革に対する利害が異なるためです。
当初は「税制を簡素化する」「公平な税制をつくる」「経済成長を促す」といった明確な理念を掲げていても、具体的な制度設計の段階になると、さまざまな例外や調整が加えられ、当初の理念から離れてしまうことがあります。
これまでにも、経済学分野の研究者から税制の簡素化についてさまざまな提言が行われてきました。しかし、税法の制度設計において、こうした提言がそのまま取り入れられてきたわけではありません。
税制は、単純に経済理論だけで設計できるものではありません。公平性、財政、政治、企業活動、国民生活など、さまざまな要素との調整が必要になります。だからこそ、税制改革は難しいのでしょう。
税制改革の道は遠い
日本では現在も、消費税をはじめとして、所得税、法人税、社会保障負担などを含めた税・社会保障制度のあり方が議論されています。
特に消費税については、税率を引き下げるのか、現在の税率を維持するのかという問題だけではありません。社会保障財源をどのように確保するのかという問題とも密接に関係しています。そのため、単純な税率論だけでは決着しにくい問題です。
大平内閣の一般消費税、中曽根内閣の売上税、そしてその後の消費税導入という歴史を振り返ると、日本の間接税改革がいかに政治的な困難を伴ってきたかが分かります。
アルゼンチンのように、経済危機を背景として抜本的な改革を掲げた国でも、当初の改革案をそのまま実現することは容易ではありません。
税制は、社会や経済の変化に合わせて見直していかなければなりません。しかし、大きな改革を掲げれば掲げるほど、現実との摩擦も大きくなります。そして、その摩擦を一つずつ調整していくうちに、当初描いていた「改革」の姿が変わってしまうこともあります。税制改革というのは、「遠きにありて思うもの」なのでしょうか。
税制のあるべき姿を考えることと、それを現実の制度として実現することとの間には、なお大きな距離があります。令和8年の消費税をめぐる議論も、そのことを改めて示しているように思います。
矢内 一好
国際課税研究所
首席研究員

