「二度と表舞台に出るな」13年前の『めちゃイケ』が大炎上、海外にも拡散…“平成のテレビ”がいま断罪される不気味さ
SNSで突然、“過去のテレビ”が炎上する――。いま、そのターゲットになっているのが、かつてフジテレビ系で放送されていた人気バラエティー番組『めちゃ×2イケてるッ!』だ。
【画像】ピンクのTシャツに短パン AKB48の姉妹グループが海外でも大人気
「こんなことが日本では普通なのか?」時と国を超えて炎上した『めちゃイケ』
SNSでは、過去のバラエティー番組の一場面を切り抜いた動画が、数百万、数千万回と再生されることは珍しくない。懐かしの名場面や過激なシーンは拡散されやすく、インプレッション稼ぎが目的とみられる投稿も後を絶たない。
テレビ番組の映像を無断で転載すれば著作権上の問題が生じるが、膨大な投稿を放送局側がすべて把握し、即座に対応することは難しい。削除されるまでに映像だけが広く拡散してしまうケースもある。
ただ、今回の『めちゃイケ』をめぐる拡散は、これまでの“懐かし映像のバズ”とは少し様相が異なっている。
拡散されているのは、加藤浩次が頑固オヤジに扮する人気コーナー「爆烈お父さん」の一場面だ。加藤が床に倒れているAKB48のメンバーの両足をつかみ、パカパカと何度も開かせると、周囲の『めちゃイケ』メンバーもノリノリでそれをあおる。最後にはジャイアントスイングで何度も振り回している。
「こういう暴行映像を見て笑えなんて平成は狂った時代だったな」――そんな批判的な言葉とともに投稿された映像は、5600万回以上表示される事態となった。
「こんなものを電波に流していたのか」という番組への批判だけでなく、「今からでも良いから二度と表舞台に出てくんなよ。作ったやつも許可したやつも仕事辞めろ」「こういう性根は変わっていないと思う」など、十数年前の番組内での振る舞いをもとに、出演者の現在の人格や活動まで批判する声も上がっている。
さらに映像は海外にも拡散した。
「クレイジーで気持ち悪い」「こんなことが日本では普通なのか?」といった声のほか、「先進国なのに道徳は先進的とはほど遠い」「この国の女性への扱いは言葉にできない」と、日本のテレビ文化や日本社会そのものへの批判にまで広がっている。
転載を重ねるほど、「2013年に放送されたものであること」「加藤が頑固オヤジというキャラクターを演じていること」「前後を含めた一連のコントであること」といった情報は抜け落ちていく。
十数年前のバラエティー映像が、ある日突然、数千万人のタイムラインに現れ、当時の文脈を失ったまま“現在の問題映像”として炎上する。
今回の騒動で考えたいのは、この点だ。
そもそも「爆烈お父さん」とはどんな企画だったのか。テレビウォッチャーの飲用てれび氏はこう解説する。
当時から批判されていたのは事実
「『爆烈お父さん』は、『めちゃイケ』で『狂犬』と呼ばれた加藤浩次が理不尽なことで怒る頑固オヤジを演じる、家族コントをベースにしたコーナーでした。
Xで流布している切り抜き動画にはありませんが、ジャイアントスイングを何度も繰り返したお父さんが体力を使い果たして倒れ込み、家族からぞんざいに扱われる、という展開まで含めて“お約束”でした。加藤演じるお父さんのそんな『ダメさ』を含め、視聴者は笑っていたように思います」
つまり、現在拡散している映像だけを見ると、加藤が一方的にゲストへ乱暴な行為をしているように映るが、最後には父親自身が力尽き、立場が逆転するところまでが一連のコントだった。
とはいえ、「コントだった」「昔のテレビだった」の一言ですべてを正当化できるわけでもない。
今回拡散された回は、2013年の『FNS27時間テレビ』で放送された「生爆烈お父さん27時間テレビスペシャル!!」。放送後、BPOには多数の視聴者意見が寄せられ、同機構の青少年委員会でも審議された。
飲用氏もこう指摘する。
「当時から批判されていたし、当時の基準で見ても問題だった点も考慮すべきです。そうでないと、当時の文脈を無視して一部だけを抜粋し批判するという点で、『切り抜き』と同じくバランスを欠くように思います。実際、同番組には熱心な視聴者であっても違和感を覚えるシーンは、当時からしばしばありました」
加藤自身も、過去の「爆烈お父さん」を無条件に肯定しているわけではない。
2020年に佐久間宣行氏のラジオ番組へ出演した際には、企画が次第にエスカレートし、「もっと! もっと!」と過激になって感覚が麻痺していったと回顧。SNSによって不満に思う人の多さを知ったうえで、「昔はよかったとはあんまり思わない」と振り返っている。
つまり、「平成だからみんな許していた」わけではない。当時から違和感を抱いていた視聴者はいたし、出演者自身も後になって、その過激さを省みている。
だからこそ、現在の感覚から昔のテレビを見直し、「これは過激だったのではないか」と考えること自体には意味があるだろう。
ただし、過去の映像を改めて取り上げるなら、その後まで含めて見る必要もある。
過去のテレビ番組を批判するときに考えたいこと
2013年にはBPOで審議され、フジテレビ側も作り手の意図と視聴者の受け止め方に「乖離が生じてしまったことは事実」と認めた。そして加藤自身も、後年この企画について振り返っている。
問題となった瞬間だけを現在に取り出し、その後どう受け止められてきたのかを省いたまま、まるで出演者が当時から何も省みることなく、現在まで活動を続けてきたかのように断罪する。それもまた、別の意味で“切り抜き”になりかねない。
また、『めちゃイケ』について飲用氏は、「バラエティー番組にドキュメンタリーの見せ方を持ち込み武器にした番組」だったと話す。
「長期密着のドッキリなど、笑いが出演者の人生と結びつけられていました。視聴者が出演者同士の強い関係性や信頼を感じていたとしたら、それは『めちゃイケ』がメンバーの人生を交錯させる演出を長年繰り返してきたからでしょう。過激なシーンも、こうした信頼関係の中での笑いとして受け止められていた面があるように思います」
一方で、出演者が追い込まれ、傷つき、ときに人生そのものまで笑いの対象にする。そうした刺激もまた、『めちゃイケ』という番組の一面であり、飲用氏はそこに「残酷ショー」としての側面もあったのではないかと問いかける。
そして現在、皮肉にもその構図は反転している。
「過去の切り抜き映像をもとに出演者が批判され『二度と表舞台に出るな』とまで言われる流れは、かつて『めちゃイケ』が発信してきた残酷ショー的なまなざしが、今度は『めちゃイケ』自体に反転して向けられているようにも感じます」
過去のテレビを見直し、当時の笑いについて語ることまで否定する必要はない。
ただ、いまは少し調べれば、その映像がいつ放送され、当時どんな批判があり、その後、番組や出演者がどう向き合ってきたのかまで知ることができる。そうした少しの手間すらかけず、十数秒の映像だけを見て、現在を生きる出演者にまで石を投げる。
それは果たして、過去のテレビをきちんと批判することと同じなのだろうか。
取材・文/集英社オンライン編集部
