火災現場、ビルを覆うビニール製の広告が黒く焼け焦げている(総務省消防庁・国土交通省住宅局「新宿区歌舞伎町ビル火災を踏まえた対応について(令和4年2月8日)」より)

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今から25年前。2001年9月1日未明、東京都新宿区歌舞伎町の雑居ビルで火災が発生し、44人が死亡、3人が負傷した。

地下2階地上5階建て、延べ床面積500平方メートル程度のさして大きくもない建物で起きた、戦後日本で5番目の被害規模となった火災である。出火原因は放火とみられているが、実行犯はいまも捕まっていない。(島崎敢(近畿大学教授・安全心理学))

地上へ繋がる“唯一の階段”で火災発生

間口約5メートル、奥行き約16メートル。細長い敷地に建つこのビルには、風俗店や麻雀店など、業種の異なる店が階ごとに入っていた。火が出たのは3階にあった麻雀店のエレベーターホール付近で、被害はその3階と4階のキャバクラ店に集中した。

深夜1時、そこにいたのは店の従業員と、その日たまたま来ていた客である。3階にいた20人のうち17人が、4階にいた27人は全員が死亡した。助かった3人も、3階の窓から飛び降りるなどして怪我を負った。

被害者の死因の大半は、煙による一酸化炭素中毒だった。各店へ直通する屋内階段は1本しかなく、その階段自体が出火場所のエレベーターホールと繋がっていたため、唯一の避難経路が最初から使えなくなっていた。

しかもこの階段は、各階の店舗が物置きや従業員の着替え場所、ゴミの仮置き場として利用しており、可燃物が大量に置かれていた。

当時の建築基準法は、デパートなどの販売店や客席を持つ劇場などのほか、キャバレー・カフェー・ナイトクラブ・バーという特定の4業態には「2方向避難」つまり、地上までの直通階段を2つ以上設置するよう義務づけていた。

国は後に、4階で営業していたキャバクラがこの4業態に該当する可能性が高く、避難階段は2本必要だったとの見方を示した。

だが、当時は風俗営業のあり方そのものが多様化し、法律が名指しした4業態のどれにも収まりきらない新しい形態が生まれていた。国は火災後、こうした4業態以外の新しい形態の風俗店にも2方向避難できる階段の設置を義務づける改正を行っている。

問題はこれ以外にもあった。たとえ階段が使えずとも、防火戸で店内への煙や火の侵入を防ぎ、消防隊員の到着を待つこともできたはずだった。

しかし、防火戸は階段に置かれた物に阻まれ正常に閉まらなかった。そもそも3階では火災を検知する煙・熱感知器が店内の二重天井に隠れ、作動しなかった。排煙窓も設置されていたが、3階・4階ともに多くの窓が店内・店外の設備や装飾で塞がれ、あるいは開閉不能となっていた。

さらに、煙感知器と連動して防火戸を自動で閉め、全館に火災を知らせる火災受信機も、こうした各機能のスイッチが操作盤上で「停止」の位置にあって埃をかぶっていた。

総務省消防庁ポスター「ビル火災が、あなたの命を奪います!!」
「まさか」の出来事ではなかった…?

実は歌舞伎町では、これとよく似た火災が1973年にも起きている。タバコの不始末が原因で雑居ビルから火が出て、1人が死亡。内装が燃えやすい素材だったことと、防火管理がずさんだったことが被害を広げた。東京消防庁はこの時すでに、歌舞伎町の雑居ビルにおける違法な内装と防火管理の不備を把握し、警告していた。

つまり2001年の火災は、「まさか」の出来事ではなかった。同じ町ですでに指摘されていた欠陥が、28年間くすぶり続け、最悪の形で火の手を上げた。

放火である可能性が高いことから、東京地裁は「火災の発生そのものを予見するのは難しかった」としつつ、火災が広がったのは防火管理の問題だとして、ビルの所有会社の経営者や、テナントの経営者ら6人のうち5人を業務上過失致死傷罪で有罪とした。いずれも執行猶予のついた禁錮刑である。

判決では「利潤追求を優先するあまり、必要最低限な防火管理業務さえ行っていなかった」と経営者らを断罪し、以下のように付言した。

「(…)被害者らが覚えた苦痛と恐怖は想像を絶するものがある。まだ若く前途のある者や、日々の仕事に勤しむ傍ら一時の安らぎと楽しみを求めて来店していた者らの命を無惨にも奪い、その遺族らにも深く大きな悲しみを残した本件の結果は、極めて重大である」

雑居ビルめぐる防火管理は“改善”されたのか

複数の店が入る雑居ビルでは、誰が建物全体の防火管理を担うのか。実は2001年の時点で、すでにこれを定める法律があった。

各テナントの管理者が複数に分かれる建物は、ビルオーナー含む関係者らが協議して代表者となる「統括防火管理者」を選び、建物全体の消防計画を作る。さらに、廊下や階段、避難口といった共用部分の管理や、消火・通報・避難の訓練も行う。店ごとにばらばらに防火管理をするのではなく、ビル全体で足並みをそろえようというルールである。

ただ、このルールは“名ばかり”になりやすかった。テナントはビルを借りているだけの立場である。特に繁華街では家賃も高く、テナントの入れ替わりも激しい。いずれ退去するかもしれない建物の防火管理に、時間と手間をかけて取り組むインセンティブは生まれにくい。

加えて従業員の入れ替わりも激しい業態が多く、せっかく訓練をしても、参加した従業員が火災時にその場にいるとは限らない。まして、日々来店する不特定多数の客を避難訓練に参加させることはできない。制度として「関係者が協力して防火管理をする」と定めるだけでは、実際の火災に備えることは難しい。

もちろん、歌舞伎町ビル火災発生後、何も変わらなかったわけではない。

この火災のあと、全国の同種のビルを消防庁が緊急に点検したところ、対象となった約8400棟のうち9割以上で何らかの違反が見つかった。

法律や規則は一通り見直された。避難経路をふさぐ行為への取り締まりが強化され、罰則も大幅に引き上げられた。この見直しで、設備や建物の構造といったハード面の対策は一定程度進んだといえる。

一方で、「関係者が協力して防火管理をする」という、人と組織に頼る防火管理には、いまだ課題が残っているようだ。

そのことを象徴するように、東京消防庁はいまも、歌舞伎町に対して特別な体制を維持し続けている。2006年には新宿消防署内に専門部署を設置し、2019年には夜間査察専従の「機動査察隊」を新設、2025年にも街区一斉の立入検査を実施している。ハード面が見直されても、関係者の入れ替わりが激しい繁華街で、防火管理を継続的に機能させるには、外部からの継続的なチェックが必要だということだろう。

「費用を払う側」と「リスクを負う側」のズレ

設備の改善は、ビルオーナーが義務を負い、第三者的な機関が点検すれば済む。一方、各テナントでも防火管理者の選任は義務化されているものの、ビル全体での避難訓練の実施や火災時の役割分担は、頻繁に入れ替わるテナントに対し統括防火管理者やオーナーが協力を求めるものだ。

ビルオーナーは不動産の資産価値を維持するために、防火管理にコストを払う必要もモチベーションもある。一方テナントにとって、いつ起きるかわからない火災に対し、従業員の時間や労力を割くことは負担になる。

しかし、実際に火が出たときに危険にさらされるのは、その場にいるテナントの従業員や客だ。費用を払う側とリスクを負う側が一致しないまま、雑居ビルは今日も営業を続けている。そしてこの状況を打開する決定版の対策は、まだ存在していない。

営業形態も客層もばらばらな店が何店舗も入り、階段や通路や消火設備だけを共有している--こうした雑居ビルは、歌舞伎町に限らず、全国の繁華街に無数にある。25年前の火災が突きつけた課題は、いまも決して過去のものではない。 

■島崎敢
1976年東京都生まれ。早稲田大学大学院にて博士(人間科学)取得。同大助手、助教、防災科学技術研究所特別研究員、名古屋大学特任准教授、近畿大学准教授を経て、近畿大学教授。元トラックドライバー。全ての一種免許と大型二種免許、クレーンや重機など、多くの資格を持つ。心理学による事故防止や災害リスク軽減を目指す研究者。著書に「心配学~本当の確率となぜずれる~」(光文社)等があり、学術的知見を現場へ還元する実践の場として、トラックドライバー応援Podcast「プロフェッショナルドライブ」を配信中。