引退を表明した近藤心音さん(本人の公式インスタグラムより)

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 今年2月のミラノ・コルティナ冬季五輪、フリースタイルスキーの日本代表だった近藤心音さんが、自身のインスタグラムで「代表チーム内でいじめや嫌がらせを受けた」「トレーナーからパワハラを受けた」などと告白し、複数のメディアがこれを報じた。【小林信也(作家・スポーツライター)】

【写真】引退表明、そして告発…ミラノ五輪代表「近藤心音さん」のこれまでの歩み

自分と向き合う日記

 近藤さんは、4年前の北京2022冬季五輪で代表に選ばれたが練習中にケガをし、競技に参加できなかった。雪辱を期してスロープスタイルとビッグエアに出場予定だった今年のミラノ五輪でも2日前の練習中にクラッシュし、競技することなく大会を去った。2003年生まれの23歳。次を期待する声もあったが、6月に引退を発表していた。

引退を表明した近藤心音さん(本人の公式インスタグラムより)

 近藤さんは、2018年の世界ジュニア選手権スロープスタイルで銅メダルを獲得。21年の世界選手権スロープスタイル9位。25年2月のW杯では4位に入り、表彰台まであと一歩まで近づいていた。

 棄権に終わった北京五輪から4年の日々は、近藤さんにとって明るい希望に満ちたものだけではなかった。あの悔しさを忘れない、二度と繰り返さないため、「自分と向き合う日記」を4年間、綴り続けてきたという。ミラノ五輪会場での練習初日、滑り終えた後にテレビ朝日の取材に応じて、近藤さんはこう話している。

「今回ミラノ・オリンピックは私にとってリベンジという形になるのですけど、いちばんの目標はとにかく楽しむこと。楽しむことで自分のやりたいような、理想の滑りができると思っていて、その滑りをしてちゃんとそこに結果がついてきて、12位の中に入って決勝に残れたらいちばんいい結果だなと思っています」

 さらに、明るい笑顔でフリースタイルスキーの魅力を語っている。

「私はスロープスタイルという種目が好きで、選手それぞれ自分のスタイルがあって、同じ技をやっていても別の技に見えたりする競技だなと思います。私はジャンプ台で人と違う技をするっていうのがすごい今まで意識して取り組んで来たので、それは最後まで見守っていただけたらいいなと思います。いま私が持っている中でいちばん最高難易度の技なんですけど、後ろ向きから入るスイッチブレンダー1080っていう技があって、その技は男女含めてあまり大会では使われていない技になるので、それをいちばん最後のキッカーでやれたらいいなと思います」

無念のケガ

 しかし無念にも、後日の公式練習でジャンプ台から飛び出して転倒、救急車で搬送された。医師の診断は「左膝前十字靱帯損傷、内側側副靱帯損傷」、予選に出場することはかなわなかった。五輪の舞台で披露する準備を重ねていた“スイッチブレンダー1080”は、幻のまま封印された。

 二大会連続で棄権を決めた近藤は、そのまま姿を消すのでなく、競技会場に足を運び、集まった報道陣に診断の結果と棄権の判断を、涙をこらえながら伝えた。

「本来であれば歩くことも不可能であったはずなんですけど、治療を受けて、昨日の公式トレーニングと今日の予選も出るつもりでトレーニングに最後まで取り組むことができて、私としては北京と同じではないと断言できる。自分のこの、すぐ事実を受け入れて次に取り組むことができた心の強さもそうですし、いま膝の内部で起こっていることを理解した上で、最後までこの場にいたいという気持ちが消えなかったので。私はこの場にいずに逃げることもできたけど、ちゃんとみなさんにお伝えする場がこの場にあるんだったら最後まで自分の言葉で表に出るべきだと思ったので、すごい、自分は強いなと感じています」

 それは“自分と向き合う日記”の成果かとインタビュアーに問われて答えた。

「今回もこのことが起きてから日記のようなものを書いて、自分の感情をまとめる時間を作りました」

 実はこの発言は当時、視聴者から賛否両論の反応があった。讃える声がある一方で、「言い訳するな」「自分をほめすぎ」といった心ない書き込みもSNSには散見された。近藤の棄権によって補欠選手が出場できるならまた反応も変わったかもしれないが、代替選手の出場はないという報道に落胆し、それで近藤を責める声もあった。

そろそろ我慢の限界なので

 自分と向き合い、競技を通して自分を高める努力を重ねた近藤さんの懸命な日々を思えば、告発が事実であれば、やるせないし、深い憤りにかられる。今後事実が明らかになると願いたいが、近藤の告発を日刊スポーツはこう報じている(2026年8月24日)。

「真っ黒な背景に白い文字で『ごめんなさい、そろそろ我慢の限界なので話します』と書き出し、長文で訴えた。

 最近、行われた脳振盪(しんとう)に関する研修会で選手の取り組みを否定するような言動をしていた関係者がいたという。その関係者らに対し、近藤さんは「どこの誰だか私ははっきり知っているし、私の目の前で同じこと言ってみろよという感情」と怒りを見せた。

 世界選手権や五輪を欠場した際には誹謗(ひぼう)中傷の被害にもあった。しかし、加害者には『元々友達だと思っていた選手、コーチ、トレーナー』がいたことも明かす。近藤さんは被害の実態をこう振り返る。

『世界選手権が終わってからの海外遠征中、私は複数人の選手から嫌がらせやいじめを受けていました。話しかけても無視・集団での省り(原文ママ)行為・私の名前とアカウントを載せてSNSへの誹謗中傷等。ミラノオリンピック期間中は、フリースタイルスキーSSBAHP(※スロープスタイル、ビッグエア、ハーフパイプの総称)の帯同トレーナーからパワハラを受けていました』」

 近藤さんの告発内容が真実だったとして、なぜこのような、選手を苦しめる行為や環境が放置され続けるのか。

 いまだに上から目線の支配的人物が幅を利かせるスポーツ界には本当に失望する。彼らの意識改革を求め、変われない人間には退場を促すのが急務だ。さらに、そこには、パワハラを誘発する構造的な体制があることを今回は指摘したい。

 オリンピックのように、限られた人数の代表が選ばれ出場する大会で起こりがちな嫉妬と裏工作、地位や権力を利用した不公正な人事はいまも存在しうるのだ。

 多くの競技が「選考」によってでなく、国際大会のポイントやランキングによって代表が決まる方式に変わっている。そうなれば、情実や裏の力が働く道は少なくなるが、従来は「選ぶのは誰かわかっているか?」といった無言の圧力で、中心的な指導者が選手を支配するような体質が複数の競技で見られた。

トップ選手が選手村に入らないという選択も

 トレーナーなどは、選手が普段帯同している人を連れていけば問題ないが、オリンピックのように選手村に入れるスタッフの数が厳しく制限されている大会ではそうもいかない。競技団体が指名したトレーナーが代表スタッフに入る場合も少なくない。その場合、選手たちの要望ではなく、競技団体の大人の事情で決まる場合もある。

 かつて私は国際的なトレーナーのマネジメントを担当し、オリンピックにも帯同した経験がある。彼はフリーランスのトレーナーだから、企業の後ろ盾はない。選手村に入れるのはJOCのオフィシャルサプライヤーである大手スポーツメーカーに所属するトレーナーだった。1988年のソウル1988夏季五輪の時、私がサポートしていた白石宏トレーナーは、競泳の鈴木大地選手、柔道の斉藤仁選手、ふたりからケガの治療を依頼されていた。IDパスのない我々は、ソウル市内にホテルを取り、選手村から彼らが通ってくる形で直前まで治療を続けた。その二人がそれぞれ金メダルに輝いた。

 時代は変わり、選手をサポートするチームの必要性はさらに高まっている。コーチのほかに、フィジカル、コンディショニングそれぞれのトレーナー、メンタル、栄養などの専門家ら、プロフェッショナルとして世界をサーキットするアスリートにとって彼らは日常的なブレーンだ。オリンピックであっても、いやオリンピックという舞台だからこそ、彼らとともに臨みたいのは当然だ。

 そこで、トップ選手が選手村に入らない選択をする例も増えている。冬の五輪の場合は、厳しい気象条件や山間の環境のため、会場近くに独自の宿舎を用意することが難しい場合も多いだろう。JOCがすべきことは、上から目線で競技団体本位のチームづくりをするのでなく、各選手のパーソナルスタッフをできるかぎり帯同できる環境整備なのではなかろうか。

 近藤選手の訴えを、根本的に反映する行動をスポーツ界が取るかどうか、相当な決意と覚悟を求めたい。

スポーツライター・小林信也

デイリー新潮編集部