説明の丁寧さでも手術件数でもない…麻酔科医が「この執刀医は危ない」と見抜く術前説明での決定的な一言
■脳腫瘍と思い込んで正常組織を摘出
日本を代表する名門の医学部附属病院で耳を疑いたくなるような事故が起きた。
京都大学医学部附属病院は8月7日、「40代のベテラン脳外科医師が7月下旬の脳腫瘍の約10時間に及ぶ手術で正常部位を誤って摘出」という医療ミスを公表した。
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テレ朝NEWS「ベテラン医師執刀も“慢心”か 患者は自ら呼吸できず…京大病院『想定外の医療事故』」
京都大学医学部附属病院「脳腫瘍摘出術中の誤認による摘出部位誤り事例について」

患者は50代女性で、術前は「めまいを訴えつつも通常の生活を送っていた」が、手術で脳幹部を損傷した結果、自力で呼吸のできない重篤な状態になったという。
記者会見では、「手術は脳の深部にある3cmの良性腫瘍の摘出を目的として行われた。術中には摘出対象の組織について2度の迅速病理診断が行われたが、腫瘍ではない可能性を示す結果が出たにもかかわらず、執刀医は自らの経験や肉眼所見を優先し、摘出を継続した」と説明された。
術後のMRI検査では、「本来摘出すべき腫瘍が残存している一方、呼吸など生命維持に関わる脳幹を含む正常組織の損傷」が判明しているという。朝日新聞(8月7日付)によれば、女性は人工呼吸器を装着され、呼びかけに目の開閉で反応しているという。「患者様の治療に最善を尽くす」と病院長と脳外科教授は記者会見で謝罪してはいるものの、脳幹部を損傷した場合の予後は医学的にも倫理的にも極めて厳しい。
※朝日新聞「京大病院で医療事故 脳腫瘍の手術で正常部位摘出、自発呼吸不能に」
■効かなかった迅速病理診断というブレーキ
手術中に確実に腫瘍を診断する方法として、「迅速病理診断」という検査がある。
手術中に組織の一部を採取して、病理検査室で凍結しスライスして顕微鏡で確認し、20〜30分程度で腫瘍か否かを診断して執刀医に連絡する方法である。大掛かりな設備と希少な病理専門医が必須なので、大学病院クラスの大病院でしか望めない検査手段でもある。
この報道を知った多くの医師が首を傾げたのは、この「迅速病理診断を2回も行って、否定的な検査結果にもかかわらず、手術を続行した」点である。
なぜ、そんな暴走をしたのか。
あくまでも一般論だが、日本の医療界には今なお「トップは外科、脳外科や心臓外科はその頂点、麻酔科や病理科は底辺」といった医師ヒエラルキーが一部に残っている。仮に今回、病理医からの苦言を脳外科医が聞き入れなかったとすると組織風土の弊害であるとも言える。
記者会見では「経験からくる慢心か」と質問された脳外科教授は、「だと思います」と答えている。
※京都大学医学部附属病院「脳腫瘍摘出術中の誤認による摘出部位誤り事例について」
■キャリアも実績もあり過去に問題はなかった
この事故の一報を聞いて、マンガ『脳外科医 竹田くん』を思い出した方もいるかもしれない。このマンガは「兵庫県の赤穂市民病院に複数の医療訴訟をもたらした実在の脳外科医」がモデルとされる内容で、「ヤバい脳外科医」が医療ミスを連発しているにもかかわらず、病院のガバナンス欠如のため阻止できないという様子を描いている。
2023年にWEB連載され評判となった当時は、「今は外科医不足で、地方の市民病院ならあり得る」という受け止めもあったが、今回のニュースを聞いて「日本屈指の名門である京大病院にも『竹田くん』系医師が潜んでいるのか」と驚愕した人も多かっただろう。
しかしながら、今回の執刀医は長いキャリアがあり、実績もあり、過去に問題があったわけではない。
ひとつ言えるのは、外科という診療科の医師に多い「ある傾向」である。「10時間の大手術の執刀に耐えうる集中力」を持ち合わせる有能な医師は自信家が多く、時に「他人の苦言を聞かない独善」と表裏一体な部分がある。あえてカジュアルな表現をすれば「俺様ドクター」のキャラが他の診療科より多い。それは筆者だけでなく、多くの医師が感じていることだ。
今回の執刀医の人間性がどんなものか、それはわからない。だが、「繊細な集中力」が要求される脳外科医は、そうしたプラスとマイナスの両方の特徴があるのは確かだ。患者心理としては、「手術は私に任せて」と言ってくれる医師は頼もしいが、すべての手術を常に無事故で100%成功に導けるかどうかは未知数だ。

■暴走しかねない「俺様ドクター」の見分け方
では、名門病院に潜む可能性がある暴走しかねない「俺様ドクター」を見抜く方法はあるのか。
事前に見極めることは非常に困難だが、機会はある。生命に関わるような手術をする場合、通常、外科医から時間をかけて(30〜60分程度)事前の説明がある。その時間は患者側から外科医をジャッジする最大のチャンスでもある。
まず、説明の前に患者側はAIで基本情報を入手しておくことをお勧めする。AIに「小脳橋角部の3cmの髄膜腫の治療方法」と入力すれば「手術療法」の他にも「放射線」「手術と放射線の組み合わせ」「経過観察」などの選択肢を挙げてくれるはずだ。
その後、外科医の説明を聞いてみて、手術のみならずAI同様に他の選択肢も提示する外科医ならば安心である。逆に「手術しかありません」といった断言調の説明ならば、要注意かもしれない。その場合、勇気を出して「手術以外の方法はありませんか」と訊ねてみるといい。「腫瘍と聴神経が近いので手術がベストでしょう」など根拠を示すならまだしも、「嫌なら退院してください」などと不快感を露骨に顔に出すようなタイプなら、転院を検討すべきかもしれない。
また、手術前説明には執刀医のみならず、若手脳外科医や看護師が立ち会う事が多い。執刀医に「手術しかありません」とアピールされたような場合、メインの医師のアシスタントをする若手医師や看護師などの反応を観察することをお勧めしたい。
手術には執刀医のスキルのみならず、チームワークも大切である。もし、執刀医の発言を同僚がやや冷めた目やウンザリした表情で見ているならば、それは何かのサインかもしれない。患者本人もしくは、説明を一緒に聞いた家族などが、後で若手外科医や看護師を捕まえて、「本当に手術すべきだと思いますか? 秘密は守りますから教えてください」と聞くべきだ。「口下手だけど腕は確かです」などフォローされるなら、いいかもしれないが、「私からは何も言えません」などと濁されたらこれは明らかに注意信号だ。「私の親なら勧めない」など断言された場合も即転院を検討すべきだろう。
■再発防止策を「公表します」と明記せず
今回の医療事故に関して京大ホームページでは「院内に事故調査委員会(外部有識者を含む)を設置し、公正・中立な立場から原因究明にあたります。調査結果を踏まえ、実効性のある再発防止策を策定し、速やかに実行します」としている。

筆者が引っかかるのは「公表します」とは明記していないことだ。
なぜなら、京大のガバナンスに疑いを抱いているからだ。同大に在籍する女性教授が2021年に発表した論文においてデータ捏造が強く疑われたことへの検証結果を、今春になってようやく発表した。
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京都大学「京都大学における研究活動上の不正行為に係る調査結果について(概要)」
SlowNews「【スクープ】京大教授“出世論文”改ざんの舞台裏 告発した研究員は3カ月後に雇い止めを告げられた」
ずいぶん長い検証時間をかけたにもかかわらず、大学は捏造の背景要因として「育児による多忙」を挙げた。これが研究界やSNS上で大きな議論と批判を呼んだ。今回の医療事故も、この「育児で多忙」のような重大な結果と完全に不釣り合いな言い訳でウヤムヤにするのではないか。そんな懸念がぬぐえないのだ。
「事故調査」は「責任追及」ではなく、「原因解明と再発防止」のために行うべきものである。調査結果は速やかに公表し、世界中の医療関係者の参考にしてもらうことこそが、最も優れた再発防止策になるはずだ。
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筒井 冨美(つつい・ふみ)
フリーランス麻酔科医、医学博士
地方の非医師家庭に生まれ、国立大学を卒業。米国留学、医大講師を経て、2007年より「特定の職場を持たないフリーランス医師」に転身。本業の傍ら、12年から「ドクターX〜外科医・大門未知子〜」など医療ドラマの制作協力や執筆活動も行う。近著に「フリーランス女医が教える「名医」と「迷医」の見分け方」(宝島社)、「フリーランス女医は見た 医者の稼ぎ方」(光文社新書)
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(フリーランス麻酔科医、医学博士 筒井 冨美)
