7月30日夜、日本は推計約8兆4500億円の円買い介入に踏み切った。翌31日にはアメリカも加わり、1998年以来28年ぶりの日米協調介入が実現。円相場は一時1ドル155円台まで戻り、ひとまず円安に歯止めがかかった。トランプ大統領は「日本のため」と語ったが、本当にそうなのか。海外メディアが日米協調介入に注目している――。
財務省、国税庁。(写真=Kakidai/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)

■夜の財務省に走った「ドル売り円買い号令」

7月30日の夜に行われた、為替介入。三村淳財務官はスピーカーフォンでつないだ財務省の為替市場課の職員に対し、ドル売り円買いの号令を発した。ロイターが報じた一幕だ。財務省は8月28日、この介入を含む月次ベースの介入額を公表する予定だ。アメリカを巻き込んだ介入は、いかにして実現したのか。

第27代財務官を務める三村淳氏(写真=The White House/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons)

このところ円安で輸入価格が押し上げられ、家計は打撃を受けてきた。高市早苗首相の支持率も下落傾向にある。この流れをここで止めるのが、財務省の狙いだった。

介入のタイミングは周到に設定された。日銀の金融政策決定会合のさなか、しかも東京市場の取引時間外。円は1ドル162円80銭前後から157円80銭へ、一気に約5円の円高に進んだ。

ほどなくして円安方向へ押し戻され始めた。ロイターによれば、職員がこの動きを伝えると、三村氏は「そうか。明日また集まろう」と応じたという。

翌31日、アメリカ財務省が加わり、日米の協調介入となった。ただし、この時点で両国は介入を公表していない。伝えられたのは、フィナンシャル・タイムズによるニューヨーク連銀のユーロ売り・円買い報道と、ロイターが捉えたスコット・ベッセント財務長官のメモだけだった。

沈黙が破られたのは週末だった。8月2日の日曜日、アメリカのドナルド・トランプ大統領が記者団に、日本は円安に苦しんで助けを求めていたとしたうえで、「我々はいつも日本のためにいる」と述べた。友好の証しであり、世界経済を支えるためだという説明だった。これを受けて翌3日朝、日本の財務省も財務大臣談話で協調介入を認め、「更なる協調介入を実施することも躊躇しない」との姿勢を示した。

もっとも、過度な円安はトランプ政権の看板政策である関税の貿易上の優位を削ぐうえ、日本国債が売られれば米国債利回りに波及しかねない。実態としては両者の思惑が一致した形だ。

■売られたのはドルではなくユーロ

協調介入後の週明け、円は一時1.4%高い1ドル155円20銭をつけた。カタール国営衛星テレビ局のアルジャジーラによれば、約3カ月ぶりの円高水準となる。

だが、この円高が今後どれだけ維持されるかは不透明だ。そればかりか、事前に通知されなかった欧州当局の不信を招いたとの指摘が上がっている。

円買いの注文は、まずウォール街に持ち込まれた。

英経済紙のフィナンシャル・タイムズによれば、ニューヨーク連邦準備銀行アメリカ財務省に代わり、ゴールドマン・サックスとモルガン・スタンレーを通じて円を買い入れた。日米が協調して円を買うのは、1998年以来だ。

今回の協調介入では、さらに異例の形がとられた。本来ならアメリカはドルを売って原資を調達すると見られていた。

第二次大戦後、西側諸国の中央銀行と財務当局は国家間の信頼関係を確保するため、事前協議を重んじ、為替介入もたいていは足並みをそろえて行ってきた。西側が歴史的に尊重してきたこの慣行が、今回は守られていない。

欧州との事前協議は一切なく、アメリカ側が欧州中央銀行(ECB)に連絡したのは、介入を終えたあとだ。クリスティーヌ・ラガルド総裁とベッセント氏が電話で言葉を交わしたのは、介入翌日の土曜日であったと、フィナンシャル・タイムズは報じる。

今回のケースではことさら、この事後連絡が問題になる。アメリカが円を買うために売ったのは、ドルではなくユーロだったからだ。この判断を、一部のECB高官は西側通貨当局間の協力をめぐる「長年の慣行に対する前例のない違反」と受け止めた。

■「こんなことは前例がない」と憤る関係者

欧州の反発は強かった。

欧州当局者の協議を知る関係者は、フィナンシャル・タイムズに、「非常に驚くべき」で「悲しい」ことだと語り、「こんなことは前例がない」と述べた。この関係者は、西側の中央銀行が数十年かけて築き、金融の安定と経済成長を育んできた協力関係が揺らぎかねないとも語った。

これに対し、アメリカ財務省の報道官は、介入に使った為替安定化基金の準備資産の配分を他国の当局と調整することはない、と答えた。トランプ政権高官はさらに、「我々はECBとは違い、各国当局との非公開の議論の秘密は尊重する」と述べ、欧州側を暗に牽制した。

為替安定化基金とは、アメリカ財務省がドルや外貨などの準備資産を保有し、為替の安定のために自らの判断で動かせる資金である。つまり報道官の言い分は、基金がどの通貨をどれだけ持つかは財務省が決めることであり、今回はその中でユーロを円に入れ替えたにすぎない。だから他国と相談する筋合いはない、というものだ。

ベッセント氏も後に、ユーロ売却は準備資産の再配分にすぎないと欧州側に説明したと米ビジネスニュース専門局のCNBCで述べている。一部のECB高官が「長年の慣行に対する前例のない違反」と受け止めた行為を、アメリカは「自分の財布の中身の組み替え」だと弁明した。

2026年5月28日、ホワイトハウスでの記者会見に臨むスコット・ベッセント財務長官(写真=The White House/PD-USGov-POTUS/Wikimedia Commons)

■ドル売りは「強いドル」政策と矛盾する

アメリカはなぜ、自国通貨のドルではなくユーロを売ったのか。フィナンシャル・タイムズは、答えはベッセント氏が掲げる「強いドル」政策にあると分析する。

円を買う原資をドル売りで賄えば、市場にドルがあふれ、ドル安につながる。自ら通貨安を招いたと受け止められれば、ベッセント氏が掲げる「強いドル」の政策と矛盾しかねない。他国の通貨なら、政策との矛盾は生じず、痛みは代わりに欧州が負う。

アメリカとしては、こうした賭けに出てまで円安を止めたい動機があった。まずは対外的な理由づけとして、ベッセント氏はCNBCの番組で、円の安定はアジア全域にとって重要だと語った。円が急激に下落すれば、他国も自国通貨の切り下げを迫られかねないという論法だ。ベッセント氏は韓国ウォンの変動や、中国人民元が過小評価されているとの懸念を挙げた。

アジア経済の守護者かのように振る舞うベッセント氏だが、一方、フィナンシャル・タイムズによれば、エコノミストやアナリストの間では、さらに踏み込んだ見方も出ている。

それによると、日本が単独で介入を続ければ、保有する米国債の一部を売却して資金を賄うほかなくなりかねない。売られれば価格は下がり、金利は上がる。アメリカの長期金利が19年ぶりの高水準に迫るなか、日本の売却が重なれば、アメリカ自身の調達コストに跳ね返るという見方だ。

■ロイターが写真に捉えた「メモ」の中身

日本の財務省は8月3日の声明の末尾で、アメリカの中央銀行にあたる連邦準備制度理事会(FRB)が海外の通貨当局向けに設けた、米国債を担保にドル資金を調達できるFIMAレポ・ファシリティの活用方針を記している。

米国債とドル、その双方の価値を守るにはどうすべきか。アメリカとしては、ユーロの売却を通じて日本の円買いに加わる以外に、十分に強力な手札はなかった。

苦しい立場にあるのは、日本も同じだった。アメリカを円買いに引き入れるまでに、日本は単独で打てる手をほとんど使い切っていた。

4月28日から5月27日にかけて日本が円買いに投じた額は、財務省の公表で11兆7349億円。アルジャジーラが報じるように、6月には日銀が政策金利を31年ぶりの高水準となる1%に引き上げた。それでも円安は止まらなかった。

手詰まりのなかで踏み切ったのが、7月30日の円買い介入だった。フィナンシャル・タイムズは、公式データと証券会社の推計に基づくアナリストの見立てとして、約8兆4500億円との数字を伝えている。米ビジネス誌のフォーチュンも、日銀当座預金と短資会社の予測を比較したブルームバーグの集計として、同じ額を挙げており、1日あたりの介入としては過去最大となる可能性が高い。

これにアメリカが同調した。ベッセント氏がキャンプデービッドでの閣議に持ち込み、ロイター通信のカメラが捉えたメモには、「To Do」の見出しの下に、円買い50億〜100億ドル(約7950億〜1兆5900億円)という書き込みがあった。規模では日本の投入額に遠く及ばないが、アメリカが自国の財布で円を買った事実は、投機筋にとって大きな意味を持つ。

写真提供=ロイター/共同
米東部時間2026年7月31日午前11時半過ぎに撮影された、日本円購入と書かれたベッセント財務長官の手元のメモ=ワシントン近郊(ロイター=共同) - 写真提供=ロイター/共同

フォーチュンによると、2日前の29日まで1986年以来の安値圏にあった円は、31日のニューヨーク市場で1ドル157円40銭と、終値としては5月初め以来の高値をつけた。

■介入の手がかりを消した三村財務官

異例の協調は、一朝一夕に実現したわけではない。日本側は効果の乏しい単独介入を続ける一方、次の一手の布石をすでに打っていた。

ロイター通信は、三村氏が戦術を転換したと分析する。連日の口先介入をやめ、公の場に出る回数を減らすことで、介入の可能性について読みづらくしたという見立てだ。

警告を繰り返せば、市場はそのうち当局の出方を読む。だが、何も語らなければ読みようがない。三村氏が口をつぐんだことで、介入のタイミングを見極める手がかりが消えた。リスクを避けたい投機筋としては、積極的な円売りを仕掛けにくい状況が生まれた。

就任以来、水面下でベッセント氏との協議を重ねてきた片山さつき財務相もまた、介入の有無については語らなかった。

2026年5月、ウズベキスタンのサマルカンドで、単独介入はあったのかと問われた片山氏は、「現段階ではコメントできる立場にない」と明言を避けている。ブルームバーグが伝えた。

市場に対して口を閉ざした片山氏は、アメリカ政府の取り込みに動いていた。ロイター通信によれば、8月3日に日米の協調介入を発表した際、片山氏はベッセント氏との協議がオンラインを含め約10回に上ったと説明し、5月の来日時には夕食を挟んで3時間半議論したと明かした。

アメリカ側が動き始めたのは、さらに前だ。今年1月、ニューヨーク連銀が異例のレートチェックに乗り出している。当局が銀行に相場の水準を照会する行為で、介入の準備段階と受け止められる。円相場をめぐる照会は本来、日本の当局が担うが、それをアメリカが自ら行った。

日米はこうして、7月31日の協調介入のはるか前から、地ならしを進めていた。

アメリカの報告書に記された「利上げ要求」

今後、円安に歯止めはかかるのか。

為替介入は、当局が市場で円を買い上げて相場を押し戻す行為にすぎない。その効果は、円売りの勢いを一時的にそぐところまでに限られる。

そもそも円が売られる大きな要因は、現在金利の低い円より高いドルへ資金が向かうことにある。金利差が縮まらないかぎり、投機筋はいずれまた円を売る。円安を根本的に是正するには、日銀が利上げして日米の金利差を詰めることが有効だ。

そこでアメリカは、円買いに加わるのと並行して、日銀に利上げを促してきた。7月24日の為替報告書には「金融政策の正常化は、為替レートの過度な変動を抑える上で有益である」と明記されている。

ベッセント氏はCNBCの番組で、介入は市場にシグナルを送るうえで有用だとしつつ、最終的に決め手となるのは経済政策だと語った。介入の効果は短期的に変動を抑えるにとどまり、その後に日本側の政策対応が必要になる、との立場だ。

片山さつき財務大臣とベッセント米財務長官(写真=The White House/CC-PD-Mark/Wikimedia Commons)

■金利差が縮んでも円安は止まらない

日銀はこれに応えつつある。

ロイター通信は、7月の会合では政策金利を1%に据え置いたものの、これまでで最もタカ派的な発言を行ったと報じる。植田和男総裁は、基調的な物価が2%目標に近づいているとして「これまで以上に上振れリスクに注意を払う必要がある」と述べた。

市場の注目は9月の次回会合に集まっているが、とはいえ、現時点で投機筋が利上げを確信しているわけではない。フィナンシャル・タイムズによれば、デリバティブ市場が示す9月利上げの確率は7月末で約40%、8月上旬でも50%程度だ。

仮に利上げが実現したとしても、それで円安が止まるとは限らないのが実情だ。金利差はあくまで円安要因の一つにすぎない。日米の金利差はこの数年で縮んでおり、それでも円安は止まっていない。米財務省は今回の報告書で、金利差の縮小にもかかわらず円安が続いていると指摘している。

市場がより重く見ているのは、日本の財政状況だ。債務残高は対GDP比で先進国最悪の水準にあり、そこに高市早苗首相の積極財政が加わった。原油高に加え、積極財政の財源として国債の増発に向かうのではないかという投資家の警戒が、円を1ドル164円近辺の40年ぶり安値付近まで押し下げたとフィナンシャル・タイムズは伝えている。

片山氏も7月28日、来年度予算編成に向けた国債発行について、現時点で上限を設けない考えを示している。同時に「異常な、投機的な相場を国債市場において招くことがないということは非常に重要」とも述べ、金利上昇を避けられる範囲に発行額を抑える余地を残した。介入のわずか2日前のことである。

一時的に円高方向へ戻した円だが、28年ぶりとなる円買いの日米協調介入を経て、新たな局面の到来となるか。欧州の信頼を犠牲にして行った協調介入をもってなお、円相場の行く末に不安が残る。

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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)