三浦しおんさん“カリスマ”をテーマにした短編集『夜の恩寵』インタビュー「何かを物語化するのは、複雑な出来事を陳腐化するということだが、一方でそれに抗わなくてはいけない」
【著者インタビュー】三浦しをんさん/『夜の恩寵』/集英社/2145円
【本の内容】
継母に「ヌチガミさま」が憑いたと父から相談を受け帰省した「俺」は聞いたこともない男のような声で話す継母の姿を目撃する(「神馬に乗る女」)。「夢見」の血を祖母から引き継いだらしい私は、夢の中で子どもを産み育てることになる(「胡蝶」)。見た夢を母親にくわしく報告させられる「夢見る家族」のほか、「金の糸」「夢の子ども」と、収録された5編の中で、人が見る夢のかたちがさまざまに描かれる。夢は時に現実を浸食し、夢と現実の境界はいつのまにか破られ、あいまいになる。信じるとはどういうことか、心のゆらぎを描いた短編集。
「信じるってなんだろうということを書きたかった」
「カリスマ」をテーマにした短編集である。
「信じるってなんだろうということを書いてみたいと思ったんです。愛でもお金の価値でも、人は何かを信じて生活していて、信じるっていうのはいいことでもあるけど、人を縛ったり振り回したりとか悪いほうに作用することもあります。宗教になる以前のうごめきみたいなものや、外から見たらおかしなことを家の中で信じてる家族など、どちらかといえば悪いほうの『信じる』にとらわれる人を、この小説では書いてみたい。信じる気持ちを発動させるきっかけとして夢を使ってみようと思いました」
ちなみに三浦さん自身は「予知夢」や「お告げ」は「そんなの偶然でしょって思う派」だが、ちょっとした偶然やタイミング次第で、「あの人にはそういう力がある」と信じてしまうことは誰にも起こりうる、と思っているそう。
本に収録されているのは、2014年から2024年までに小説誌に発表された5編。2編、3編と読み進めるうちに、それぞれの小説がゆるやかにかかわりを持っていることがわかる仕掛けになっている。3つめの「夢見る家族」を中心に線対称になる、計算された構成だ。
最初の「神馬に乗る女」を書いたときに、最後の「夢の子ども」がどのような話になるかは大体わかっていたそうだが、帯の紹介では「連作」とは謳っていない。
「連作短編ってだいたい同じ場所にかかわる人を描くことが多いですけど、そうでない書き方ももちろんあって、今回はそうでない書き方をしています。それぞれの作品を独立した短編として楽しんでもらったうえで、読んだ人が『あれ? これとこれってつながってない?』と気づいてもらえたらと、あえて『連作』とは謳っていません」
さらに、「神馬に乗る女」で、「俺」が継母の喜久美と乗る自転車のイメージは、「金の糸」でバンドを組むムツミとゴンゾーが自転車に乗る姿にくり返されるが、それぞれから受けるイメージはまったく違っている。
ムツミとゴンゾーは、「夢見る家族」の千夜太と夜音次の兄弟の転生した姿を重ねているという、自分が読んでいて気づかなかった裏設定を三浦さんに聞いて、なるほどと感じ入った。
「胡蝶」の一編は実際に私が見た夢がもとになっています
『夜の恩寵』というタイトルはすなわち「夢」のことで、さまざまな「夢」のありようが短編集の中で変奏される。
たとえば2つめの「胡蝶」は、蝶になる夢から覚めたあと、自分が夢で蝶となったのか、いまの自分が蝶の見た夢なのか疑ったという中国の故事にちなんだものだ。
「私、寝るのがすごく好きで(笑い)、夢をよく見るんですよ。ほとんど忘れちゃうんですけど、たまに覚えている夢もあって、そういうときは『これ小説に使えるかも』と思うし、実際に使ったこともあります。今回の本で言うと、『胡蝶』の、夢の中で妊娠する話は、実際に私が見た夢がもとになっています」
夢の中で妊娠してウキウキし、つわりのしんどさも味わい、仕事を調整しなきゃ、と思ったら目が覚めて、夢とわかってしょんぼりしたことがあるそうだ。
夢の中で出産した子どもを現実に連れてくることはできないか。夢をもとにして書いた小説から、続く短編の、小説にしか表現できなさそうなアイディアは生まれたそうだ。
夢と物語には、どこか似たところがある。三浦さんの中で、そのふたつはどういう関係にあるのだろう。
「夜見る夢と将来の夢、どちらも同じ夢という言葉が使われます。こうありたいという願望が色濃く反映されるものでもあるし、自分の力で制御しにくいものだというところも共通していますよね。その人を駆り立てる原動力にもなるし、縛るものにもなりうる。夢が現実に浸食してくることもあります。
もうひとつ、夜に見る夢って、奔放なようで、実は陳腐なんじゃないかと。所詮は自分の脳が紡ぎ出したもので、自分が会った人や経験したことに影響されるし、そのあたりも小説と似てるなって思います。何かを物語化するっていうのは、複雑な出来事を単純化する、陳腐化することでもあり、一方でその陳腐化に抗わなくてはいけない。物語と夢はそこも似ていると思います」
神がかりになる「神馬に乗る女」「夢の子ども」の喜久美、「夢見る家族」の千夜太と夜音次など、登場人物の、音に漢字をあてた名前も印象に残る。
「私自身が変な名前で、いまでいうキラキラネームというか、『○○子』という友達が多いなか、すごく嫌だったんですよ。それで人の名前に興味を持つようになって、どうしてこの名前になったのか、考えるのも好きになりました。
小説の『喜久美』はこの世ならぬものを聞く力があるから『きく』という音にしていて、『夜音次』もそうですけど、異世界と通じる手段って音からなんじゃないかと思っているところがあって、それでこういう名前にしたんだと思います」
【プロフィール】
三浦しをん(みうら・しをん)/1976年東京都生まれ。早稲田大学卒。2000年に『格闘する者に○』で作家デビュー。2006年『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞を、2012年『舟を編む』で本屋大賞を、2015年『あの家に暮らす四人の女』で織田作之助賞を受賞。『ののはな通信』で2018年に島清恋愛文学賞と2019年に河合隼雄物語賞を、2019年に『愛なき世界』で日本植物学会賞特別賞を受賞。2026年6月より日本文芸家協会理事長に就任した。
取材・構成/佐久間文子
※女性セブン2026年9月3日号
