出生前診断「異常なし」も自閉症に…息子のパニック、自傷に苦しんだ母が「過去の自分」に伝えたい言葉
私には知的障害がある自閉症の25歳息子がいます。
【画像】「えっ…?そうだったの……?」 これが「発達障害児」にみられることのある行動です(5つ)
「もしおなかの赤ちゃんに障害があると分かったら、どうしますか」
私が講演で出生前診断について話をすると、必ずと言っていいほどこの問いに行き着きます。そして私が障害のある息子を育てていることを知ると、「立石さんは出生前診断に反対なんですよね」と言われることがあります。
しかし、出生前診断に反対ではありません。なぜなら私自身が診断を受けたからです。
不妊治療を経て38歳の時に妊娠
私は38歳で妊娠しました。不妊治療を経て、ようやく授かった子どもでした。当時は今のようなNIPT(新型出生前診断)ではなく、トリプルマーカーテストという検査がありました。高齢出産だったこともあり、私は迷わず検査を受けました。
正直に言えば、「障害があっても産み育てます」という覚悟があったわけではありません。むしろ逆でした。「もし障害のある子どもだったらどうしよう」「私に育てられるだろうか」などと不安でいっぱいでした。だから検査を受けたのです。
トリプルマーカーテストの結果は衝撃的なものでした。
「ダウン症候群の可能性80%」
医師からそう告げられた瞬間、頭が真っ白になりました。それまで幸せだった妊娠生活は、一気に不安に覆われました。
その後、確定診断のため羊水検査を受けることになりました。おなかに針を刺し、羊水を採取する検査です。検査中、私は涙が止まりませんでした。
すると医師からこう言われました。
「何をそんなに泣いているんですか」
そして続けて、「どんな子どもでも産むつもりなら、最初からこの検査は受けないでしょう」と言われたのです。
その通りの厳しい言葉でした。
結果が出るまでの約1カ月、生きた心地がしませんでした。そして最終的な結果は異常なし。ダウン症候群ではありませんでした。染色体異常症の一種である18トリソミーも13トリソミーもありませんでした。
「これで大丈夫」
私は心の底から安心しました。
しかし、その考えは間違っていました。息子は後に知的障害を伴う自閉症と診断されたからです。
出生前診断で分かる障害はごく一部
出生前診断で分かるのは、星の数ほどある障害の中のほんの一部です。自閉症は分かりません。注意欠陥多動性障害(ADHD)も分かりません。学習障害も分かりません。出産時の事故による障害も分かりません。
つまり、出生前診断で異常がなかったとしても、「障害のない人生」が保証されるわけではありません。私はそのことを身をもって知りました。
そして、自閉症の息子を育てる人生が始まりました。
今だから言えますが、私は息子をかわいいと思えない時期がありました。世の中には「わが子は無条件にかわいい」と言う人がいます。もちろんそう感じる人もいるでしょう。でも私は違いました。
息子は幼い頃から強いこだわりがありました。それが崩れるとささいなことでもパニックになりました。
障害のある子どもや発達に課題を抱える子どもの自立を支援する「放課後等デイサービス」に通っていた頃のことです。普通なら、親がお迎えに来ると喜びます。「ママ!」と駆け寄る子どもたちをたくさん見てきました。特にダウン症のお子さんの中には、お母さんを見つけると満面の笑みで抱きつく子もいました。
しかし、息子は迎えの時間より1分早く着いただけでパニックになりました。時計が読めるわけではありません。それでも何かを感じ取るのでしょう。私の姿を見つけると泣き叫び、自分の頭をたたくこともありました。全裸になることもありました。逆に1分遅れても同じです。
だから私は、帰りの会が終わるまで物陰に隠れて待つようになりました。他の子がお母さんに抱きついている横で、私は息を潜めていました。「自閉症は嫌だ、ダウン症の方がよかった」とまで思い、うらやましく感じることもあったのです。そして、「ダウン症を排除しようとあの検査を受けた私は何だったんだろう」と思いました。
私は息子のために一生懸命でした。療育の鬼にもなりました。病院にも連れて行きました。それでも息子の自傷やパニックは収まらず将来を悲観しました。
「二度と見つからなければいい」と願った日も
さらにこんな出来事がありました。放課後等デイサービスで保護者ボランティアを募集したことがありました。私は喜んで応募しました。息子がどんな風に過ごしているのか見たかったからです。
ところが、私を見つけた瞬間、息子は激しく拒否しました。この空間は、親はいないというこだわり、パターンを崩されたと感じていたのでしょう。
結局、ボランティア活動には入れませんでした。
通っていた障害児専門のスイミングスクールでもコーチのちょっとした言葉でパニックを起こし、息子はロッカーをボコボコにして窓ガラスを割って退会しました。
ある日、息子が迷子になった際、必死で探しながら心のどこかで「二度と見つからなければいいのに…」と思ったこともありました。
だから私は、「障害があっても大丈夫ですよ」と軽々しく言うことはできません。障害児の子育てには現実の苦労があります。きれいごとだけでは済みません。
一方で、私は今、息子が生まれてきたことを後悔しているわけではありません。もう一度産むとしたら「この子でもいいかも」とも思えるようになりました。
息子を育てたからこそ出会えた人たちがいます。知ることができた福祉の世界があります。そして何より、息子自身の成長があります。健常の子に比べたら小さなことですらできなかったことができるようになった日。少しずつ社会性が育ち、こだわりを自分自身で緩められるようになった日。親として喜びを感じる瞬間もたくさんありました。
人生は予測不能です。健常児として生まれても、不登校になるかもしれません。大きな病気になるかもしれません。事故に遭うかもしれません。誰も未来を完全に予測することはできません。
だから私は、出生前診断を受ける人に伝えたいのです。
受けることが悪いわけではありません。受けないことが正しいわけでもありません。ただ、知っておいてほしいのです。出生前診断で分かることはほんの一部だということを。
私の息子は出生前診断では「異常なし」でした。それでも自閉症でした。そして先述の通り、そんな息子をかわいいと思えない時期がありました。
けれど今振り返ると、それも含めて親子の歴史だったのだと思います。
親になるということは、思い描いた子どもを育てることではありません。生まれてきたその子を前にして、悩み、迷い、ときには涙を流しながらも、その子自身を受け入れていくことなのだと思います。
そして今、不安いっぱいだったあの頃の私に声をかけられるなら、こう伝えたいです。
「大丈夫。その検査を受けても受けなくても、子育ては思い通りにはならない。でも何とかなる。あなたはちゃんと母親になっていくから」

