なぜ日本には「基礎年金番号」と「マイナンバー」があるのか? 番号制度の迷走をたどる
区役所の窓口で基礎年金番号を尋ねられ、マイナンバーカードを提示しても、それだけでは代用できなかった――。そんな経験から見えてくるのが、日本の「番号制度」の複雑さです。日本では、税務、年金、社会保障などの分野で、それぞれ異なる番号制度が整備されてきました。なぜ基礎年金番号があるのに、マイナンバーも必要なのでしょうか。かつてのグリーンカード制度から、消えた年金問題、そして現在のマイナンバー制度まで、日本の番号制度がたどってきた道のりを振り返ります。
区役所で感じた「番号制度」の不思議
筆者の個人的な体験ですが、先日、必要があって区役所に書類を受け取りに出向きました。その際、係員から基礎年金番号を尋ねられました。
マイナンバーカードは持参して提示していたものの、基礎年金番号は持参していない旨を伝えると、係員は氏名と生年月日からパソコンを操作し、10桁の基礎年金番号を示してくれました。
この経験から、日本では個人に関する基本的な番号制度が、必ずしも一元化されていないことに気付きました。
米国では、1930年代以降、年金制度に利用するための社会保障番号(SSN)が整備され、その後、預金や納税申告書など、さまざまな分野で利用されるようになっています。
一方、日本では、マイナンバーとは別に基礎年金番号が存在しています。さらに、窓口の係員に聞いたところでは、区役所内でも基礎年金番号が一律に使用されているわけではないとのことでした。
では、日本の番号制度は、なぜこのような形になったのでしょうか。
税務では「納税者番号」が検討されていた
日本でも、個人を番号で把握するという考え方が、以前から存在していました。
税務の分野では、国税庁内部に納税者を識別するための番号が存在していましたが、昭和63年には政府税制調査会に納税者番号等検討小委員会が設置され、納税者番号制度の導入を提言する報告書が公表されました。
さらに、平成4年11月には第2次報告書が取りまとめられています。
つまり、日本では現在のマイナンバー制度が登場するはるか以前から、税務を中心として「個人を番号で把握する仕組み」をどう構築するかが議論されていたのです。
「グリーンカード制度」が残した教訓
こうした番号制度を考えるうえで、忘れてはならないのが、かつて導入が検討された「グリーンカード制度」です。
政府税制調査会は、昭和55年度の税制改正において、利子・配当の総合課税への移行と、少額貯蓄等利用者カード、いわゆる「グリーンカード」の導入を答申しました。
その後、昭和55年度の税制改正でグリーンカード制度は立法化され、昭和59年1月1日以降に預け入れられる預貯金を対象として適用されることになりました。
しかし、制度はその後廃止されました。個人の預貯金をカードによって管理し、所得を正確に把握するという構想は、結果として実現しなかったのです。
この経験は、日本における「個人を番号で把握すること」の難しさを象徴する出来事だったともいえます。
基礎年金番号が登場、しかし「消えた年金問題」が発生
年金分野では、平成9年から基礎年金番号の使用が開始されました。
基礎年金番号は、年金制度における個人の記録を一つの番号で管理するための仕組みです。これによって、複数の年金制度に加入した場合でも、個人の年金記録を一つの番号に結び付けて管理することが目指されました。
ところが、その10年後の平成19年、「消えた年金問題」が大きな社会問題となります。社会保険庁が管理していた年金記録に大量の不備があることが明らかになり、約5,000万件の年金記録が基礎年金番号に適切に結び付けられていないことが問題となりました。
その結果、年金記録の管理に対する国民の信頼は大きく損なわれました。その後、社会保険庁は改組され、平成22年には日本年金機構が発足しています。
「税と社会保障を共通の番号で」という発想
こうした年金問題を経験する一方で、税と社会保障を共通の番号で管理するという考え方も強まっていきました。
平成21年(2009年)には、民主党の「政権政策Manifesto 2009」において、「所得把握を確実に行うために、税と社会保障制度共通の番号制度を導入する」という方針が明記されました。税と社会保障を共通の番号で管理するという考え方は、その後のマイナンバー制度につながっていくことになります。
ただし、基礎年金番号の利用範囲が限定的である理由について、「消えた年金問題」が直接影響したのかどうかは定かではありません。
もっとも、年金記録の管理で大規模な問題が発生したことは、基礎年金番号を社会保障や税務など幅広い行政分野で共通して利用するうえで、信頼性という課題を残したと考えることはできます。
そして「マイナンバー」が登場
その後、平成25年には、現在のマイナンバー制度の根拠法である「行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律」が制定されました。
そして、令和3年にはデジタル庁が発足しました。マイナンバー制度は、当初からデジタル庁が所管していたわけではありません。制度の運用や関連する行政事務については、内閣府や総務省などが担ってきました。その後、デジタル庁の発足によって、行政のデジタル化を推進する体制が整えられ、現在に至っています。
こうしてみると、日本では税務、年金、社会保障など、それぞれの行政分野で個人を識別するための番号制度が発展してきたことが分かります。
現在の私たちには、基礎年金番号とマイナンバーという異なる番号が付されています。
「番号を一つにする」ことは可能か
冒頭の区役所での出来事は、一つの窓口での個人的な体験にすぎません。
しかし、そこから見えてくるのは、日本の番号制度が、長い年月をかけて行政分野ごとに整備されてきたという事実です。
米国の社会保障番号(SSN)のように、一つの番号を幅広い分野で利用する仕組みと比べると、日本の制度は複数の番号が併存する形になっています。
もちろん、個人情報保護やセキュリティーの観点から、すべての情報を一つの番号で管理すればよいという単純な話ではありません。
一方で、行政のデジタル化を進めるのであれば、既存の番号制度をどのように整理し、国民にとって分かりやすく、かつ安全な仕組みにしていくのかは、今後も重要な課題になりそうです。
矢内 一好
国際課税研究所
首席研究員

