公共交通機関では妊婦に席を譲るべきなのか。フランス在住14年で8人の子育てワーキングマザー、トレオレル美智子さんは「フランスではそんな議論はおきない。妊娠時に私が電車に乗ると、6人の乗客が同時に『自分が席を譲る』と主張し、15秒ほど議論していた」という――。

※本稿は、トレオレル美智子『フランス人の気楽な働き方全力の休み方』(フォレスト出版)の一部を再編集したものです。

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■日本では妊婦に席を譲らない理由がある

日本でよく目にする、妊婦さんに、席を譲るのかどうかという話題。ネット上の掲示板でもこの話題はよく上っており、私はこの話題を見かけるたびに、「実際にみんなはどう思っているのだろう」と、全コメントを読むようにしている。コメントは、毎回多岐にわたっている。

どうやら日本では、これに関する答えは出ないままのようである。

妊婦さんからの「なぜ譲ってくれないのか」と言う声に対しては、

妊婦だけでなく、会社で一日仕事してきてクタクタに疲れている人にも、座る権利がある」
「譲らないで座っている人だって、もしかすると目に見えない持病を抱えている人かもしれないのだから、譲らないことが悪いというわけではない」
「座っている人は、体調不良かもしれない」

といった、妊婦さん以外にも、席を必要としている人がたくさんいるのだからという声がある。

他にも、「妊婦は、譲ってもらって当たり前といった態度が気に障るから、譲りたくない」と言う声もよく見かける。

このようにネット掲示板では、毎回、妊婦に席を譲るか譲らないかについてさまざまな意見がやりとりされている。

フランス人は、妊婦に全力で席を譲る

一方、フランスでは、この点はまったく複雑化していない。

私がフランスで妊娠中、電車に乗ったときのこと。ドアが開いて車内に足を一歩踏み入れた瞬間、ドアの近くに座っていた人たちどさっと6人が、同時に立ち上がった。

そして、その場でその6人が、誰が実際に席を私に譲るのかという話し合いを15秒ほどし、「自分が譲る」と最後まで言い切った1人が私を呼び、座らせてくれた。

いつも、このように妊婦が電車に乗り込んだという時点で大注目になるので、電車に乗るのがちょっと恥ずかしかったほどだ。

またこんなときもあった。

ある日の電車は、いつもより混雑していた。そのため、立っている人が多く、妊娠中である私が乗り込んだことに、座っている人たちは気がつかなかった。私はそのまま立ち続けていようとしたのだが、私の隣にいた、私と同じく立っている人が、近くの座っている乗客に、

「すみません、妊婦さんが車内におられます。席を譲ってあげてくださいませんか?」

と声をかけてくれた。

その声をかけられた人は、飛び跳ねるかのように驚いて、

「あら! ごめんなさい。気がつきませんでした。すぐにお座りください。本当に、すみませんでした」

と言いながら私に席を譲ってくれた。

そんなに謝られると、ただ電車に乗っただけの私のほうが申し訳ない。声をかけてくれた人、席を譲ってくれた人、2人に何度もお礼を言いながら席に着いた。

電車の中だけではない。クリニック・役所・お店の待合室、どこへ行っても、椅子を譲られる。椅子がなければ、そこにいる誰かが椅子を探しに行ってくれ、椅子を運んできてまで私を座らせてくれる。

フランス人が徹底して妊婦に席を譲る理由

フランス人はどうしてここまで徹底して、妊婦さんに席を譲るのだろうか?

私は、日頃から日本での「妊婦に席を譲るか問題」を目にしているので、この違いが気になる。

フランス人は、日本人が感じている葛藤を持つことはないのだろうか。フランス人にも、疲れている人も、体調が悪い人もいる。そして、席を譲ってもらった妊婦さんが、「譲ってもらって当たり前」という態度を取るという点に関しては、フランスではそれはもう、譲るほうも譲られるほうも当たり前だという認識ができあがっている。

私は、この点に関しては何年も、そして何人ものフランス人に質問をし続けてきた。

だが、誰一人として、核心を突く答えを持った人はいなかった。誰もが、

「え? だって、当たり前じゃない」
「いや、ルールだから」

と最初に言った後、なんとかそこに理由をつけようと、

「みんなママから生まれてきたのだから、妊婦は尊重すべきだ」
「妊娠中は身体に負担がかかるのだから、助けるべきだ」

と、何かを言おうとはしてくれた。確かにそうだろうが、あそこまで徹底して席を譲るには、本人たちも気づいていない、他の理由がありそうだ。

■赤信号で止まるのと同じ

なぜフランス人は、あんなにも全力で、誰もが妊婦に席を譲るのか。この疑問について、質問と探求を繰り返してきた私はついに、ある答えにたどり着いた。そもそも、どうしてフランス人は、妊婦に席を譲る理由を答えられないのか。彼らはもう答えてくれていた。

「いや、ルールだから」

そう、単純に理由など持たず、ただ本当にルールとして譲っているのだ。

私たちは日々、いくつものルールを守りながら生活している。

例えば、私たちは、車の運転中、赤信号になると止まっている。すると私が止まったことにより、別方向の道路で止まって待っていた車が進むことができる。その車たちは、私が止まらなければ、道が空かず、進むことはできなかったのだ。

だけど、私に感謝などすることなく、当たり前の顔をして進んでいく。

一方、私も、何も考えることなく止まっている。向こう側の車を通してあげようと思って、止まったのではない。何も考えることなく、ただ、「赤信号は止まるもの」というルールに従った行動をとっただけだ。私が止まることにより、向こう側の車は進むことができた。もしもここで「どうして赤信号で止まるの?」と尋ねられれば、私は「だって、ルールだから」と答えるだろう。

フランス人に「どうして妊婦に席を譲るの?」と尋ねれば、「だって、ルールだから」という答えが返ってきた。フランスでは、「妊婦に席を譲る」というルールが、「赤信号で止まる」と同じくらいのルールとして認識されている。赤信号を見れば、何も考えずに止まる。妊婦を見れば、何も考えずに席を譲る。

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■ルールが解決してくれる

何が正しいのか、どうすべきなのか、議論し、一人ひとりが考えることは、大切である。そこから新たなアイデアが生まれたり、新たに助けを必要とすることが発覚したりと、得られることが多い。

トレオレル美智子『フランス人の気楽な働き方全力の休み方』(フォレスト出版)

しかし、あまりに複雑化し、人々が良い関係を保てなくなったり、心地よく共存できないような事態になる場合には、単純に「ルール」として定めてしまうことが救いになる場合がある。

赤信号で止まるとき、「今日は急いでいるのに!」「私のほうが先に信号に着いてずっと待っているのに、まだ進めない」などという気持ちが生まれても、「赤信号」というルールが、個人個人の感情や事情は片づけてくれる。不満を持つ人も、ルールという存在により、一瞬は「急いでいるのに!」と不満に思ったとしても「まぁ、ルールだからな」とあきらめ、それ以上思い続けることもない。

個人が日本全体へ、いきなりルールを定めることはできないにしても、会社内、家庭内などで、この「ルールを定める」という方法が解決策になる場面は多々ある。

実はフランス人は日頃から、ルールを定めることを生活に活かしている。

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トレオレル美智子(とれおれる・みちこ)
フランス在住14年の8人子育てワーキングマザー。1986年滋賀県生まれ。一度目の結婚で二児を設けるが、良き妻、良き母でいようと尽くした結果、夫がモラハラDV化し、親族らにより強制離婚。東京でシングルマザー生活を送る。後にフランス人と再婚して渡仏。5人を出産し、7人の母として暮らしていたところ、フランス語が話せないまま突然またもやシングルマザーとなる。職なし、貯金ゼロ、公共料金の払い方も知らないところから、日仏辞書を片手に訪ね歩き生活を立て直す。子どもには不自由な思いをさせないようにと、働きながらも家事の手を抜かず、自分のことを後回しにしていたが、それを知ったフランス人マダムから「どうして自分の人生を楽しまないの!」と怒られる。「休む」ことを目的に働くのではなく、「楽しむ」ことを目的に一日中行動するようになる。その結果、仕事もプライベートもペースを崩すことなく両方が充実し、フランス人と三度目の結婚。その中で出会ったフランス人たちの些細な一言や行動に対してインタビューを重ね、「フランス人の楽に幸せに成功し続ける生き方」をメソッド化。オンライン・リアル(日本)での講演やセミナーを多数実施している。
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(トレオレル美智子)