【浜田 敬子】食品棚にアイスコーヒー20本以上…父の要介護支援を進めた母が月20万円も食費に使っていた理由
少子高齢化により、高齢者の割合・人数はさらに増える。介護や認知症はもはや社会全体の問題といえるだろう。
65歳以上の高齢者で認知症となる人の数は、2040年には584.2万人(14.9%)へ増加する見込みだという(「令和7年版高齢社会白書(全体版)」)。65歳以上の高齢者で子どもがいる場合は、30〜40代が多いはず。つまり、まさに働き盛りの世代が介護に直面することとなる。だからこそ、介護離職せずに仕事もできる仕組みが重要だ。
ジャーナリストの浜田敬子さんは両親が1年の間にふたりとも入院し、突然介護に直面することになった。しかも母の「要支援」から「要介護」、父は「要介護3」まであっという間の変化も体感したという。どのように乗り越えていったのかをドキュメントでお伝えする連載第3回は、父が倒れたときに自ら地域包括支援センターに連絡し、家の中のバリアフリーも整えたしっかり者の母が、要支援2からさらに認知の変化を起こしたことを伝えている。
食料の宅配サービスでも膨大にお金を使ってしまっていたという現状を受けて浜田さんがやったことは。
「要介護認定」を受けて一人で暮らすということ
父母とともに入院したあと、食品は宅配購入サービスに頼っていたが、月に20万円も使っている月もあった。通帳を見て愕然とした。
母の金銭感覚はもう1年以上、破綻していたのに私は全く気づかなかった。生活の表面をさっとなぞるようにしか見ていないと、隣に住んでいてもこんなにも気づかないものなのか。一方で親にもプライバシーはある。いくら貯金があるのかなどそうそう聞けるものではないし、冷蔵庫を漁るわけにもいかない。ちょっとした部屋の様子の変化などから察知するのは、ひとつ屋根の下に暮らしていないと難しい。いや、暮らしていたとしてもわからないこともあるだろう。
要介護認定を受けて地域で「自立」して暮らす高齢者の約3割が、自分の預貯金の出し入れや家賃、公共料金の支払いを1人でできないーー。慶應大学と大阪府和泉市が共同で要支援1、2と要介護1の市民約3000人を調査したところ、上記のような結果がわかったと朝日新聞が伝えている。
要介護1になれば自分のお金の管理ができない人は約6割にも上るというから、当時要支援2の母のケースも特別なケースではないのだろう。
通帳印や暗証番号の懸念
今回のことを機に、母と父と通帳などを私が全て預かり、今は私が両親の家計を管理している。父の施設費用や母の訪問医療の代金など基本必要な費用は全て引き落としにする手続きをして、母には毎月決まった額しか渡していない。母が自分で払うのはヘルパーさんに頼む買い物代金ぐらいだ。使っていないな、無駄だなと思ったサブスク型の通販も全て私と弟で手分けして止めた。
だが一人暮らしの人はどうやって支払いなど家計管理をしているのだろうか。上記の調査では調査対象の約3000人のうち約3割は一人暮らしだとある。母のケースでは家事よりも書類を書く、お金の支払いや管理をする、スケジュールを管理する、そういう「段取り」「手続き」的なことからできなくなったのだが、理想を言えば、そうなる前から親と話し合って、通帳の保管場所や暗証番号などを共有しておいたほうがいい。いざ認知機能がおぼつかなくなってから聞き出そうとするのは困難だし、そもそも覚えていないから。
だが理想は理想。現実はそう甘くない。
私は母が入院した2年前にエンディングノートを購入して、母に渡していた。
「お母さんに万が一のことがあったら、私は口座からお金を引き出して入院代など支払いの手続きもできないから元気なうちに記入しておいて」
と言って。
だが母は何も記入していなかった。ノートは真っ白。親も自分がどんな状態になるのか想像がつかないのかもしれない。だが、親も子もまだ先だと思っていたことは、予想以上のスピードでやってくる。とにかく元気なうちに、記憶がしっかりしているうちに準備しておくに越したことはない。
銀行の届出印がわからない
それでもうちは暗証番号を母が手帳にメモしていたから、私がなんとかお金を引き出せた。そうした記録もなく、両親の記憶も曖昧になってしまった場合は、資産保護の観点から口座が凍結され、本人や家族でもお金の引き出しも口座の解約すらできなくなる。そうなると成年後見制度の利用を申し立てることになるが、選任まで時間がかかるほか、今この制度自体の課題も様々指摘されている。
お金はなんとか引き出せたのだが、困ったのは、通帳印をすっかり母が忘れていたことだった。様々な引き落とし手続きには銀行への届出印の押印が必要だ。だが今は安全の面から通帳に届出印を押していない。母から渡された印鑑は5本。どの印鑑か全くわからないという。私は「これかな」と当てずっぽうで押して郵送しては送り返されるという作業を延々とする羽目になった。印鑑を持って銀行の窓口へ行くことも考えたが、、口座は実家近くの銀行で、都内ではなかった。もちろん都内の別の支店に行く方法も考えたが、父は施設で、母も記憶が曖昧な上に足元がおぼつかなくて連れ出すにも苦労する。結局、押しては戻されるという作業をすることになった。
母の訪問医療や薬局の契約、父の施設・訪問医療との契約など記入する書類はいくつもあり、その都度「印鑑が違います」と送り返されてくる。個人的にはこの作業がしんどかった。不毛な作業を延々と繰り返すたびに、「もー!!!」と叫び出したくなった。なぜ印鑑も忘れてしまうのよ!!だからメモしておいてって言ったじゃない!!母親を責めてもしょうがないと思いつつ、何度も母親にやつあたりした。母のうちの大捜索して、印鑑が押してある古い通帳を見つけた時には、「あったー!!」と歓声を上げた。これであの作業から解放されるとホッとした。
家で生活できるのはあとどのぐらいなのか
母の認知はそれからも少しずつ衰えている。父が施設に移ってもしばらくは病院に行こうとしたり、自身のヘルパーや訪問診療の日程もなかなか覚えられず、何度も確認したりする日々が続いた。口頭で伝えても混乱するので、家族LINEで送り家のカレンダーに自分で大きく書いてもらうようにした。だがこの1カ月はLINEの返事も滞るようになった。家での生活はいつまでできるのか。あと数ヵ月か数年か。
笑い話のようなこともあった。母の認知機能の衰えを心配したケアマネさんが、母を要支援から要介護へ変更を申請してくれた時のこと。認定を変えるには、区の職員の訪問調査で簡単な認知機能のテストを受ける。バナナなど3枚の絵のカードを見せられ、何分か経った後、カードの絵を当てるというものだ。
ここで当ててしまうと要介護にならないから(認定が上がらないと受けられるサービスが増えない)、普段通りに頼むよと祈るような気持ちで私とケアマネさんは見守っていたのだが、母は見事に3枚の絵を言い当てた。その時の得意げな顔と言ったら……。いつも直前に話したことすらすぐに忘れるのに、なぜ……。という話を介護中の友人にしたら、「あるあるだよね」と言われた。高齢者なりにプライドもあるのだろう。ただケアマネさんの懸命の説明もあり、幸いにもうちの母は要介護1と認定された。
次回は父の施設探しと老後にはお金がかかるという話を。老後はお金次第だと私と弟は痛感し、自分たちの老後にも不安が漂っている。
【次回の連載は9月5日(土)公開予定です】
