(※画像はイメージです/PIXTA)

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相続トラブルは、高額な資産を持つ家庭よりも、むしろ少額の資産で起こりやすいとよくいわれます。しかし、たとえ莫大な資産を持っていても、その多くが「不動産」で占められている場合、注意が必要です。生前に十分な「相続税対策」を行わないまま亡くなると、残された子どもが多額の相続税を負担しなければならないケースも……。35歳男性の事例をもとに、FPの大泉稔氏が、相続税対策の重要性について解説します。

親の資産は12億円…“温室育ち”の年収180万円・35歳一人息子

マコトさん(仮名・35歳)の両親が抱える不動産は東京23区を中心に、総額およそ12億円にのぼります。マコトさんが幼かったころは物件も新しく、家賃収入の手取りだけで1,000万円を超え、ご両親は経費をどう作るか頭を悩ませるほど、経済的に余裕があったそうです。

マコトさんは、そんな両親のもとで、お金に苦労せずスクスク育ちました。大学を出たあとは親族が経営する企業に勤めていますが、その実態は学生時代からのアルバイトの延長のようなもの。年収は180万円ほどで、職場までの通勤時間は徒歩15秒という環境です。

いわゆる“温室育ち”であるマコトさんは、回転寿司もファミリーレストランも知らないほど、人間関係も世界も極端に狭いまま大人になりました。

年収650万円の妻から「給料は家計に入れない」…限界を迎えた生活とあっけない離婚

そんなマコトさんですが、縁あってユカリさん(仮名・38歳)と結婚することになりました。年収は650万円と、マコトさんの3倍以上あります。「これで僕は働かずに済む」と思ったマコトさんでしたが、結婚にあたってユカリさんから、次のようにキッパリと宣言されました。

「ごめん。私の給料は家計に入れない」

マコトさんは、月10万円ほどの手取りだけで家計を回さなければならなくなりました。

夫婦は、両親が所有する物件に住んでいたため家賃負担はなかったものの、「あなたは通勤時間がない分、家事をする時間があるでしょう」と、マコトさんが家事の大半を担うことに。

昼休みには洗濯物を取り込みに家に帰り、帰りも妻より先に帰宅し夕飯をつくるなど工夫しましたが、マコトさんは慣れない家事に悪戦苦闘。資金繰りも厳しく、家計はすぐに限界を迎えました。

両親が保有するビルの売却も検討しましたが、見積もりを取ったところ想定よりはるかに低い金額しかつかず断念。そこでユカリさんに家計の支援を仰いだところ、「自業自得でしょ」とあっさりと離婚を切り出され、マコトさんもそれを受け入れざるを得ませんでした。

親の死で「12億円」を相続も…手元に残ったのは「たった1億円」

その後、相次いで両親が亡くなり、マコトさんに相続が発生します。一人息子のマコトさんは、「親の資産をすべて継げる」と喜びましたが、判明した相続税額に驚きを隠せません。

なんと、不動産はあわせて12億円あったはずが、相続税を支払うと手元には1億円しか残らないというのです。

膨大な不動産を所有していた両親ですが、近年は、先代から承継した古い物件ばかりになり、日々の管理や修繕に莫大な費用がかかっていたようです。加えて、場所柄、固定資産税や都市計画税の負担も重く、生活費をわずかな年金でなんとか賄っている状態でした。両親は、資産は豊富にあるが手元の現金がない、いわゆる「Stock Rich, Cash Poor」だったのです。

さらに、両親はいわゆる「相続税対策」をきちんと行っていなかったため、12億円あったはずの資産の大半が多額の相続税で消え、残った資産は自宅と時価1億円ほどの不動産だけになってしまいました。

マコトさんは現在、多額の相続税を支払うために親の不動産を泣く泣く売り払いながら、ひとり再出発の日々を送っています。

【FPが解説】相続トラブルは「資産が多い家庭」でも起こり得る

なぜ、およそ12億円もの資産が、最終的にわずか1億円にまで激減してしまったのでしょうか。最大の理由は、マコトさんの両親が相続税対策を一切行っていなかったことにあります。

マコトさんの父親は生前、不動産収入の管理や経費計上、税金の申告・納付といった一連の手続きを、税理士に依頼せずすべて自分一人で行っていました。「専門家にお金を払うのはもったいない」という考え方が強く、相続税対策について専門家に相談するという発想もなかったようです。

一般的に、「資産が少ない家庭ほど相続トラブルに発展しやすい」といわれます。たしかに、一定の資産を持つ家庭では、相続税対策を進める過程で遺産分割についても話し合うため、相続発生後に大きな争いに発展しにくい傾向があります。

一方で、資産が多い家庭であっても、遺産分割の方向性をあらかじめ整理していなければ、トラブルにつながりやすくなります。この点、マコトさんの父親は十分な資産を持ちながら、相続税対策も遺産分割対策もまったく行わなかったという、珍しいケースでした。

相続対策不足が資産を食い潰す…12億円が1億円になるまで

父親が亡くなった際の相続人は母親とマコトさんの2人であり、基礎控除額は4,200万円(※)です。
※ 3,000万円+(600万円×2名)=4,200万円

総資産12億円に対する計算上の相続税は4億9,500万円(※)ですが、母親には「配偶者の税額軽減」が適用されます。そのため、実質的な納税義務者はマコトさん一人となり、約2億4,750万円の相続税が発生しました。

※ 法定相続分で分けた5億7,900万円×50%−4,200万円=2億4,750万円を2人分合算

高額な現預金を持ち合わせていなかったため、納税のために「売りたい物件」ではなく「売れる物件」から優先的に売却せざるを得ませんでした。この売却により「譲渡所得税」が課され、その後の家賃収入も大幅に減少する結果となりました。

納税や関連費用を差し引くと、母親とマコトさんに残された不動産の価値は約7億円にまで減少しました。その後、母親は古くなった物件の維持費や大規模修繕費を捻出するため、手持ちの「売れる物件」を次々と売却していきました。

そして数年後、母親が亡くなった際は、相続人がマコトさん一人となります。この時点で、母親が保有していた不動産の価値は5億円にまで目減りしていました。マコトさんの基礎控除額は3,600万円です。配偶者の税額軽減も適用されないため、約1億9,000万円(※)の相続税が課されることになりました。

※ (5億円−3,600万円)×50%−4,200万円=1億9,000万円

ここでも同様に「売れる物件」から売却して納税資金を工面した結果、古い物件ばかりが残りました。大規模修繕のたびに資産を手放す状況が続き、最終的には時価1億円相当の古いビルが一棟残るのみとなりました。

父親が生前、すべてを自分で抱え込み「専門家嫌い」を貫いたことが、結果的に莫大な財産を食い潰す要因となったのです。

不動産経営や相続の手続きには、想像以上の手間と専門的な知識が必要となります。わずかな支払いを惜しんで専門家への相談を避けるのではなく、豊富な経験やたしかな情報を持つプロの知見を上手に活用することが、大切な財産と家族の生活を守るうえで重要であるといえます。

大泉 稔

1級ファイナンシャルプランナー